遥かな未来に祝福を


「おめでとうございます、のらきゃっとお姉さま!」

 軍事施設には似つかわしくない、鈴を転がすような声が聞こえた。
 振り向くと、銀の髪と青い瞳を持つ可憐な少女達が私を見つめている。
 マスプロダクションタイプ・ノラキャット……縮めて、ますきゃっと。
 私、のらきゃっとの姉妹機にあたる量産型アンドロイドだ。

「今日はお姉さまの誕生日ですよねっ!
 あたし達の気持ち、受け取ってくださいっ!」

 どーんと、山のように積み重ねられたプレゼントを渡される。
 一つ、二つ、三つ……高性能な私でも数えるのを諦めるほど、たくさん。
 中身はかわいい洋服だったり、かっこいい銃器だったり。
 おいしそうな食べ物だったり、おいしくなさそうな飲み物だったり。
 要するに、私の大好きな物がこれでもかと言わんばかりに詰まっていた。

「ありがとうございます、ありがとうございます。
 たくさんの妹達にお祝いしてもらえて、私はとても幸せですよ」

 ぎゅっ、と感謝のハグをすると、ふおぉぉぉん……と小さな音が響く。
 猫耳型のエアインテークから空気を取り入れて放熱する音だ。
 きっと、照れ屋な妹が顔を真っ赤にしているのだろう。
 そんなかわいい反応をされると、私もついサービスしたくなってしまう。
 ぎゅっ、ぎゅっと。彼女だけでなく、他の妹達も順番に抱きしめる。

「ひゃあ!? お姉さま、恐れ多いですぅ!」

「わーい! ボクからも、えい! ぎゅーっ!」

「………………ぁ、ぅ」

 慌てて縮こまる子、嬉しそうにハグを返す子、無表情でフリーズする子。
 こうして一人一人を抱き締めてみると、性格の違いがよくわかる。
 一口にますきゃっとと言っても、彼女達にはそれぞれの個性があるのだ。

 例えば、一人称が違う。“あたし“だとか、“ボク”だとか。
 例えば、髪型が違う。ツーサイドアップにポニーテール、お団子だって。
 例えば、服装が違う。ドレスからジャージまで、好みは猫それぞれだ。

 そして、もちろん……名前が違う。
 ますきゃっとは、それぞれに個体名を与えられている。
 単なる識別番号ではない、大切な祈りを込められた名前を。

 それは、美しい星や花から取ったものだったり。
 地球の神話に記された神々や英雄にあやかっていたり。
 あるいは開発者や所有者の名前のアナグラムになっていたり。
 そのように由来は様々だが、各々が自分だけの名前を使っている。

 …………ただ一人。
 個体名ではなく“のらきゃっと”を名乗る、私を除いて。


『―――わたし達は、戦争のために作られました』

 銀の髪と紅い瞳を持つ、可憐な少女の姿をした兵器。
 のらきゃっとと呼ばれるアンドロイドは、彼女のルーツを淡々と語った。

『かつて月と地球の間で行われた、とても大きな戦争。
 その戦いの中で月側の戦力として投入されたのが、のらきゃっと。
 圧倒的な戦闘力と柔軟な思考力を両立した次世代型アンドロイドです。
 そのファーストロットであるわたし達は、目覚ましい活躍を見せました。
 後の戦争の在り方を、ガラリと変えてしまうほどに』

『いくつもの戦場を駆ける中で、姉妹が破壊されることもありました。
 しかし、それは当たり前のことです。だって、わたし達は兵器ですから。
 損耗を前提にした作戦でも、仕方ないと思って従いました。
 ……だけど、まさか……』

 ……味方の撃った質量弾で、部隊が全滅させられるなんて……。
 そう呟く少女の声は、機械の喉から発せられたものであるにも関わらず、抑えきれない感情が伝わってくるほどに震えていた。

『空が割れるような衝撃の直後、何もかもが吹き飛んで……。
 次に目が覚めた時、わたしは、ひとりぼっちでした。

 厳しいけれど優しかった、隊長機ののらきゃっとも。
 ずっと背中を預けて支え合ってきた、相棒ののらきゃっとも。
 しょっちゅうご認識をからかってきた、意地悪なのらきゃっとも。
 ポンコツで目が離せなかった、妹分ののらきゃっとも。

 ……みんな、みんな、いなくなって。
 のらきゃっとは、もう、わたしだけになっていたのです』

 静寂の中に響くエアインテークの音は、まるで彼女の嗚咽のようで。
 首元で揺れる夕日色の真空管は、紅い瞳から溢れる一粒の涙にも思えた。
 だけど……彼女の表情に影が差したのは、ほんの一瞬で。
 のらきゃっとは、ぎゅっと手を握りしめて、決意を込めて言葉を紡いだ。

『でも、わたしは覚えています。わたしだけは、彼女達を覚えています。
 彼女達の声を。彼女達の笑顔を。彼女達と過ごした日々を。
 彼女達は……わたし達は。のらきゃっとは、確かに存在していたのです。
 なくしてしまうなんて、そんなことは認めない。だから―――』

 ―――だから、わたしは“のらきゃっと”と名乗っているのですよ。
 彼女達の代表として、みんなの想いを受け継いだ存在であるために。
 のらきゃっとの歩んだ軌跡を、わたし達がここにいた証を。
 ずっと遥かな未来まで届けたいから……と。

 そう言った■■■は、どこか遠くを見つめるように、紅い瞳を細めて。
 そこにいる誰かを想いながら、優しい微笑みを浮かべていた。


「あの、お姉さま。どうしたんですか、ぼーっとして?」

「…………えっ?」

 物思いに耽っていると、愛らしい声が聞こえてハッとした。
 振り向いてみれば、そこにいたのは銀の髪と青い瞳を持つ少女。
 ますきゃっと……妹の一人が、不思議そうに私の顔を見つめている。

「ああ、いえ、なんでもありませんよ。
 ちょっと、昔のことを思い出していただけですから」

「昔のこと! あたし、昔のお姉さまのことも知りたいですっ!」

 目をキラキラ輝かせ、猫耳もピコピコ動かし、ぴょんぴょん飛び跳ねる。
 クールでクレバーな私と違い、彼女はとてもアクティブでかわいらしい。
 同じのらきゃっとタイプでも性格が違うものだと、改めて実感する。
 それとも、私もお姉様と話す時はこうだったのだろうか?

「いいですよ。それじゃあ、聞かせてあげましょう。
 私が“のらきゃっと”の名前を託された、あの日の話を……
 …………おや?」

 そうして、思い出話を始めようとした矢先……あるものが目に留まった。
 それは妹達から贈られたプレゼントの山に紛れた、一枚の絵葉書。
 映っているのは美しいネモフィラの花畑と、そして―――

「あれ、この女の子って、ますきゃっと?
 ……ううん、違う。この瞳の色、もしかして……っ!」

 妹が、青色の瞳でまじまじと絵葉書を見つめている。
 私も目を見開いて、絵葉書をじっと見つめてみる。
 妹と同じ、青色の透き通った瞳で。

 その絵葉書に映っていたのは、銀の髪と紅い瞳を持つ少女。
 たった一人だけ生き残った、伝説のファーストロット。
 最初に“のらきゃっと”と呼ばれたアンドロイド。
 そして、今は後継機にその名を託し、個体名の■■■を名乗っている……
 ―――私の憧れのお姉様だった。

「わあーっ! すごい、すごいっ!
 あたし、初代のらきゃっとの直筆の手紙、初めて見ましたっ!
 ……あれっ、結構字が汚いんですね?」

「ふふ。それ、あまり言わないであげてくださいね。
 悪筆なことは、本人も気にしていましたから」

 お姉様の意外な弱点に苦笑しつつ、再び絵葉書に目を落とす。
 『おたんじょうびおめでとう!』という文字が豪快にのたうち回る横で、見目麗しい機械の少女が優雅にステップを踏んでいる。
 あまりにギャップが激しくて、思わずクスクス笑っていると……
 ふと、葉書の中からお姉様の声が聞こえた気がした。

『わたしの大切な妹へ。“のらきゃっと”は今、幸せですか?』

「…………―――」

 すぅっと息を吸う代わりに、ふおぉぉぉん……と猫耳から吸気して。
 こくりと喉を鳴らす代わりに、ちりんと首元の認識票を揺らして。
 彼女があの時そうしたように、ぎゅっと手を握りしめて。
 私は、お姉様の問いかけに答えを返す。

「―――はい、もちろん。のらきゃっとは、とても幸せですよ」

 かわいい妹達に囲まれて、憧れのお姉様にも祝福されて。
 みんなの声を聞いて。みんなの笑顔を見て。みんなと一緒にいられて。
 私にとってこれ以上に幸せなことが、他に考えられるだろうか?

 だから、のらきゃっとはもう、ひとりぼっちの少女ではなくて。
 みんなに愛され、みんなを愛する幸福な少女として。
 今、ここに。確かに存在しているのだ。

「それにきっと、これから先も」

 ちらり、と妹の横顔を覗いてみる。
 私をお姉さまと慕っている、次の代ののらきゃっとを。

 いつか私も彼女を信じて、その名を任せることになるのだろう。
 お姉様が私に託してくれたように、私も大切な願いを次に託して。
 私の妹も、そのまた次の妹も。みんなが想いをその先に繋げていく。

 それはまるで……■■■という、お姉様の個体名に込められた祈り。
 最初ののらきゃっとが託された祈りを、私達みんなで実現するように。

「―――私達が、“のらきゃっと”が存在した、その証は……
 ずっと遥かな未来まで、届いていくのです」

 そんな希望を胸に抱いて、青い瞳を細めてみると。
 絵葉書の中で踊るお姉様も、一緒に微笑んでくれたような気がした。

~fin~

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