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A老人とシェルパの石の積み方<山小屋の思い出>

若い頃四シーズン山小屋にいたころの楽しかった思い出のお話シリーズです。
今回はA老人とシェルパさん。

A老人は、小柄な、信州なまりのきついおじいちゃん。最初、僕が山小屋に行った時の支配人をしていた人である。
老人なので、口数が少ない上に、たまにしゃべっても声が小さくて、活舌が悪い上に、信州なまりが強くて、何を言っているんだかよく聞き取れない。それで、指示がよく聞き取れなくて、ちょくちょく怒られた。
山小屋の仕事は過酷だ。日々の生活がストイックだし、病院もない。力仕事もある。
そんな仕事、老人が出来るのか?
そう思う人も多いだろう。
だけど、A老人はいつも、外の力仕事ばかりしていた。

A老人はいつもシェルパさんを連れて外の仕事に出かけた。
山にはネパールからシェルパさんが働きに来る。シェルパさんは、ネパールのヒマラヤの高地に住む少数民族で、現地では登山ガイドやポーターなんかの仕事をしている人が多い。
ヒマラヤの仕事は冬がシーズンで、夏はオフシーズン。それで、仕事を求めて、シェルパさんたちは外国で仕事をする。
外観は、インド人というよりは、ベトナム人なんかの方が近い気がする。
みんな苗字はシェルパさん。
シェルパさんは、素朴で真面目な人が多い。そして、何よりも山の事をよく知っている。

毎日、A老人とシェルパさんは外で何をしているのかというと、登山道を整備している。
登山道の整備というのは、やらなくても人が歩いている限りは、踏み跡があり、ひとまず困ることは無いのだが、綺麗にしようと思うといくらでも出来て果てしない。
登山道整備にもいろいろな方法がある。ヘリで上げた梯子を設置したり、木で橋を作ったり、ジャカゴ(鉄の網のカゴのようなもの)に石を詰めて、土留にしたり。
いろいろな方法があるのだが、一番、上手い下手が問われるのが、石を敷き詰めて、歩きやすくすることだ。
山というのは、人が歩かないと草が茂って、道がなくなっていく。
逆に人が歩き過ぎると、そこの部分だけ掘れてしまって、地面がむき出しになると、雨水がたまってぬかるんだり、崩れたりする。
槍ヶ岳の場合は、ハイシーズン時には、人が行列を作るから、道が削れていく方の問題があった。
それで、登山道を整備しないといけない。
山なので、重機もないし、コンクリートで舗装するわけにもいかないので、山に転がっている石を上手く組み合わせて道を作る。
適当に石を並べれば良いかと言うとそういうわけじゃない。
適当に並べた石はぐらぐらする。浮石と呼ばれるものだ。登山者が気付かずに踏んで、捻挫したりする原因になる。ぐらぐらしなくても、固定が上手くないと雨ですぐに流れてしまう。ある程度固定が出来ても、踏み面が綺麗になっていないと、歩きにくい。
簡単に動いてしまわない大きな石を絶妙な角度で組み合わせて行く。
大きな石が近くに転がっているとは限らない。随分下から運ばないといけないこともあったし、おおよそ人力じゃ動かせるとは思えないような大きな岩をバールでてこの原理で転がしていくこともある。
そして、何よりも、石と石とのかみ合わせで、かっちりと固まるツボを押さえないといけない。
つまり、石と道の声が聞こえる、そういう能力が必要だった。
A老人とシェルパさんの整備する登山道は絶妙だった。

山小屋の仕事の大半は中の仕事だ。
基本的には、宿泊業なので、朝昼晩の食事がメインで、あとは掃除、受付、小屋の維持管理、ヘリコプターでの物資の荷受けなんかがメインの業務になる。
極端な話だが、外の仕事は、必要最低限だけやっておけば、小屋の経営としては、さほど差し支えない。

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