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KさんとUFOの話<山小屋の思い出>

 昔、山小屋で四シーズン働いていた中での楽しかった思い出を掘り起こすシリーズ。
 今回はKさんとUFOの話。

 山小屋の人で楽しかった人と聞かれると、天才Kさんがまず上がる。
 他にも素敵な人はたくさんいたけれど、楽しい、面白かったというとKさんがダントツ。
 Kさんは当時、もう四十歳くらいのおじさんで小屋番三シーズン目だった。山小屋のメンバーの中で四十歳くらいっていうと、そもそも少ないし、いたとしても昔からいる重鎮っていう場合が多いので、Kさんは珍しい。

 Kさんがある日、
「ハカセ、お前にだけすごいこと教えてやる。絶対に誰にも言うなよ」
 と真剣な顔をして言ってきた。
(山小屋では僕はハカセと呼ばれていた)
 僕はぷかーと煙草を吸いながら、
「え、こんな夜に突然、何ですか?! だれかヤッてる秘密の部屋とかあるんですか?」
「そんなんじゃないよ。でも、絶対に誰にも言うなよ」
 マンガじゃあるまいし、他の誰にも内緒の話なんて、みんなに言ってくれってことなのか。
 でも、Kさんは真剣な表情で言う。
 誰にも絶対に言いませんと真顔で答えると、じゃあ、九時にヘリポートに来いと言う。
 九時というと、山小屋では深夜だ。八時半には発電機を止めるので、九時というと、お酒も飲み終わって、さあ、寝ようかなんて時間。

 九時に、大五郎(会社支給の四リットルの安い焼酎、飲み放題)をコップに注いで、ヘッドランプ片手に、小屋のわきのヘリポートに言った。
「で、面白いことって何ですか?」
「ハカセ、お前は良いやつだし、多分、こういうの分かってくれると思うから教えてやる。でも、他の奴には絶対に言うなよ。約束できるか?」
 明日、お茶の時間にみんなに教えてやろう、と思いながらも、「絶対約束します」と答えると、一息飲んで言うのだった。
「UFOが来るんだよ」
 なんだ、そんなことかと思った。
「いやいや、星でしょ」
「いや、信じなくても良いけど、あれは絶対に本物のUFOだ」
 Kさんが面白いのは、何事も本気で大真面目なのだ。
「毎日、このくらいの時間に赤岩の方から、横尾尾根に向かって飛んでいくんだ。スーッと動いていく」
「それ、飛行機ですよ」
「いや、オレも最初はそうかなって思ったんだけど、飛行機くらいはさすがに分かるよ。まあ、黙って見とけって。もうすぐ来るはずだから」

 Kさんと二人で並んでごろんと横になり、星がいっぱいに光る空を眺めながら、時々、起き上がって、大五郎をちびちび飲む。
 標高1800m、発電機が落ちて、消灯後の山小屋の夜空は星がいっぱいで眺めていて飽きない。
 そうしていたら、本当に、UFOが来た。
 一等星よりは明るくないくらいの光が、すーっと直線状に動いていく。
 そんなに速くはないけれど、明確に動いている。点滅などはしない。
 トリッキーにかくかく飛んでくれたりしたら、「UFOだ!!」と叫んでいただろうけれど、何だかとても自然に当たり前のことのようにUFOは動いて、横尾尾根の方に消えた。
「な、UFOだっただろ}
 Kさんは興奮を抑えるような口調で言う。
「え、いや、UFOなんですか? でも、確かに飛行機のような感じじゃなかったですけど」
「いや、もう絶対UFOしかないよ。もちろん、信じるか信じないかは自由だけど」
「はあ、やっぱりUFOなんですかね」

 それから、何度かKさんと一緒にUFOを見た。
 毎日来るとは限らなかったけれど、Kさんとゴロンとヘリポートで横になって大五郎を飲みながら星を眺めているのは楽しかった。
「せっかく山小屋にいるんだから、星座とか覚えたら面白いですかね」
「ああ、星座盤、本棚にあるよ。オレも昔やろうとした」
「じゃあ、星座分かるんですか? Kさんすげー!!」
「いや、分からない。結構真面目に本読んで勉強したけど、星がいっぱいあり過ぎて、どの星がどれだか全く分からない」
「なんだ、やっぱりそうですか」
 そんな具合で30分ほど時間を過ごしているのは楽しかった。
 UFOが現れる時は、毎回、すーっと横に動いていくだけで、カクカク飛んでくれたりはしなかった。それを見ると、僕らは何かに安心して部屋に戻った。

 謎のUFOのことについて、仕事中もずーっと考えた。
 他の誰かに相談したかったけれど、さすがに、本物のUFOのようなものを本当に見てしまうと、Kさんの内緒っていうのは、確かに、重大な秘密で、他の人にはしゃべっちゃいけないことのような気がした。
 それでも、ある日、
「あれは人口衛星なんじゃないか」
 と思い付く。
 人工衛星なんて見たことはないけれど。まっすぐ同じ速度で飛んでいくし、地球から離れたところを飛んでいるなら、月みたいに太陽の光を反射して、一等星より少し小さいくらいの光の点に見えてもおかしくない。
 そうだ、人工衛星だ。
 でも、Kさんにはそのことは言えなかった。
 真面目に信じているKさんに、そんなことを言ってしまうと申し訳ない気がしたし、山小屋の単調でハードな労働の日々の癒しを壊してしまうようなことは出来ないと思った。
 それで、僕は段々とヘリポートには行かなくなった。
 夜、煙草を吸いに出ると、Kさんは一人でも相変わらずUFOを待っていた。

 そんなことを思い出しながら、この文を書いていたんだけれど、改めて、人工衛星について調べたら、夜には人工衛星は地球の影になって見えないということが書かれていた。
 そんじゃ、あれは何だったんだろう。
 Kさんの言う通り、本当にUFOだったんだろうか。

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