まるで奇蹟。
息子の影響で漫画「チ。ー地球の運動についてー
第3集」を読んでいます。
文字が読めない漫画の中の登場人物が、
文字が読める女性に
「文字が読めるって、どんな感じなんですか?」
と尋ねると、女性が答えた「まるで奇蹟」と。
と、その女性は語る。
noteを始めた私がまさにそうだと思った。
1000年なんてそんな壮大な話ではないけれど。
私はある日、noteと出会った。
私には小学生の息子がいて、
学校の用事がある日以外は出かけなくなっていた。引きこもっている。
息子が帰ってきて、学校の話を聞かせてくれる、
私にはそれが外とのつながりだった。
家で家事を済ませたら、テレビを観たり、
ゴロゴロしたり、ネットをみたりしていた。
好きな有名人のTwitterをみていたら、
偶然noteを知ることになる。
noteに出会ったのは一年前くらいだと思う。
出会ったといっても、
初めは特定の方の記事を読むだけだった。
そして今年になって、ふと、
自分も記事を書いてみようと思い立った。
記事を書いてみた。
自分がひきこもりだと誰かに話すのは
初めてだった。
そして自分のことをこんなにも話すことも
初めてだった。
記事は中々うまく書けない。
自分の心の中を文章で表わそうとすると、
こんなにも大変なんだと気づく。
記事を書くと「好き」がもらえた。
こんな私のつたない記事に
「好き」をしてくれる方はどんな方なんだろう?
好奇心で記事を読んでみる。
そして私は、私の普段の生活の中で、
出会うことの無かった人たちに、noteで出会った。皆さんの記事を読んで、面白い話に笑ったり、
愚痴に共感したり、悲しい話に心を痛め、
楽しい話に心躍らせている。
漫画の女性の言葉に私は共感してしまう。
そう、まるで奇蹟みたい、と。
引きこもっていて忘れていた感情が、
記事を読んでいると湧き出てきて、
勝手に、本当に勝手だけれど、
人と「つながっている」と感じてしまう。
そしてその感情のせいなのか、
自分には無理だと、また傷つくんじゃないかと、
そうやって諦めていたことを、
また始めてみようかと、
今少しずつだけど思い始めている。
臆病で足踏みばかりだけど、
あげた足を一歩だけ出してみようか、
と迷い始めている。
もし歩き出して、何かに躓いて
「ほらやっぱり傷つくじゃないか」と
がっかりしても、それをnoteに書いて、
誰かに読んでもらおうかとさえ思うこともある。
私は今日もnoteを読んでみる。
皆さんの記事を純粋に楽しみながら、でもきっと私の中の糧になると期待して。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?