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[レポート]京北「工藝の森」を訪ねて

以前から、いろいろな人たちからお話をきき、きっとニュートラプロジェクトの参考になるだろうと思い、一度訪れてみたかった、「工藝の森」。
「モノづくりの起点が自然にあることに着目し、『行為循環型のモノづくり』を通して、人と自然の健やかな関係性が再構築されることを目指す」取り組みとして、一般社団法人パースペクティブが運営をしています。
7月13日に、工藝の森の創立者であり、共同代表、そして漆精製業を営む堤 卓也さんにご案内していただき、スタッフの藤井克英、森下静香、プロジェクトスタッフの廣内菜帆で訪問しました。

※「工藝の森」は、この京北の森だけを指すのではなく、この理念のもとに日本中にこのような場所を増やしたいという理念のもと作られたものです。

京北の森を歩く

はじめに、堤さんに森を案内していただきました。

この日は1日中雨が降っていた。
「合併記念の森」とある。京都市が所有している合併記念の森の一部を、堤さん、そして同じく代表の高室幸子さん主催の一般社団法人パースペクティブが管理している。

工藝の森では、様々な工藝の材料となる植物が育てられています。漆はその代表格で、この森にはこれまで、140本近い漆が植樹されてきました。
漆は樹液が採れるようになるまで10〜15年くらいで、比較的成長が早い植物。ですが、1本の木から、200ml、牛乳瓶一本分くらいしか樹液が採れません。また、生育条件もかなり厳しく、水はけの維持や他の樹木との間隔維持など、こまめに手入れする必要があります。

そのため、人が定期的に山に入りながら、植樹、発育管理、樹液採取を回していくことが漆育成には欠かせません。

漆の木。これは二年目のもの。


背の高い獣害対策のネット。

現在、京北のような山に囲まれた地域では獣害による被害が深刻化しています。鹿などの野生動物たちはこれから育っていく樹木たちの苗を根こそぎ食べてしまうため、植樹と合わせた柵やネットの設置が欠かせません。しかし、堤さん曰く、この柵ですら鹿はジャンプして飛び越えてしまうのだとか。かわいい動物たちですが、なかなかに苦労されているようです。

森に自生していた桐の木。

桐や栗の木など、この山に自生していた木もいくつかあります。

<こぼれ話>
この日は前の日から雨降りだったせいか、雨粒と共に大量のヒルがスタッフを襲いました。ヒルは人や動物の熱を感知すると、地面から登ってくるそうです。尺取り虫のような見た目で、衣服や皮膚をいつの間にか這い上がっているヒル。血を吸うとナメクジくらいの太さに赤黒く膨れ上がるところもまた、恐ろしく・・スタッフも堤さんも、もれなく全員血を吸われました。
ちなみにヒルには、野山の吸血鬼という異名があるそう。大変納得です。

サーフボード工房

続いて、堤さんたちの工房にもお邪魔しました。


味わいのある「木と漆」の看板


工房の床は地元の杉をDIYで貼って漆を塗ったもの。


シェイプルーム 木製のサーフボードを作る場所
治具や収納もすべて自分たちで作っているそう。


工房の窓から見えるネギ畑


手作りの真空バッグ

サーフボードのコンケーブ(水の流れを作るためのくぼみ)に合わせて木を貼りつけるために、バキューム製法というものが存在する。この真空バッグも、自分たちで作ったのだそう。

つぎはぎのスタイロフォーム

一般的に、サーフボードの内部はポリウレタンや発砲スチロールを材料としていますが、堤さんたちはスタイロフォームを使用。捨てられるスタイロ畳などの材を活用して作れないかと考えているそうです。暮らしの中で生まれた活用できるものを最大限活用していくことも、工芸の一つの特徴です。

工房二階の茶室

工房の二階にある茶室にて、お話を伺いました。

堤さん:
「僕たち漆屋はウルシの山と塗り手の間の仕事。実際に使われている漆の量など業界全体が見やすい立場なんです。漆はウルシの木を育てるから始まるモノづくり。漆産業は後継者不足や漆や材料の不足など、様々な問題を抱えている状況なんです。それぞれの立場が抱えている問題を知り始めた時、問題の大きさに自分たち漆屋にできることはないと落ち込む日々でした。 なんとかしたいけどできないまま過ぎる日々に自分の代まではとりあえずやっていけば食べていけるかなという甘い思いもありました。
だけど、自分に子どもが生まれて、一緒に海や山で遊ぶ中、「原発で汚れた海は入るところじゃないんだよ」「パウダー(スノー)降らなくなったね」とか言えないなって。たくさん遊ばせてもらっていろんなことを教えてくれた海や山。自分たちを育ててくれた自然に対して何もできていないこと。子供たちの未来を壊してしまっていること。なんもしないのは無責任すぎるかなって。
自然から頂きモノを作る漆や工芸、海を通して美しさや楽しさ、自然への畏敬の念を教えてくれるサーフィン。海や山で遊ぶ人たちに漆や工芸の価値観って通じると思って。豊かな自然を残したい気持ちから、僕の中で漆とサーフィンがリンクしだしたときに、「自分にもできることがすごいあるな」と気づいたんです。
一個の大きな環境問題に対して、対症療法的に向き合うのでは上手くいかない。
けど、「人の価値観が変わった結果、その全体の輪が良くなる」っていう変化は、それが小さい規模だからこそ、確実に起こせるのかなと思ったんです。
 サスティナブルな世の中を日本全体でいきなり実現しようと思っても無理があるじゃないですか。大きくやるのは無理がある。でも、人が昔からやってきた「工藝」っていう、地域で素材を育てて、そこで物を作って、使い繋ぐという小さな輪っかならもう一度回るような気がしたんです。
現代だからこそ生きる漆や工藝の価値。それを多くの人が改めて知った時、回らなくなった小さな輪を、日本中、世界中の人にバックアップしてもらいながら回せるんじゃないかな。それなら僕にもできることがあるなと思えた瞬間でした。
そして、今の漆産業が抱える問題へのアプローチの仕方が、漆の木をたくさん植えるとか、漆の良いプロダクトをつくるとかだけではなくて漆の持つ価値を伝えることでもあるんだと思えるようになりました。
なので、植えるから始まるモノづくりの象徴として作っている漆塗り木製サーフボード『Siita』は植樹して、地元の材を使って作るとかだけでなく、Siitaの試乗会や想いを載せた映画の上映会を開催しています。一緒に海に入ったり、お酒を飲みながら映画を見て、想いを伝え合う。次の日には一緒に海に入ったり漆塗りのワークショップを行ったりしてます。例え波が小さくても海の中で漆のウッドボードにまたがっているのはとても気持ちいいって言葉をもらいます。ウッドボードの上の海の水、空の色、そんな景色が最高なんです。
そういう、趣味につながることを続けていくのって自分にも負担が少なくて楽しいし、だからこそ続けていけるのかなと思います。漆の木を植える、とかだけだとやっぱりボランティアになっちゃう。ボランティアってやっぱり続かないし、かといって僕はお金を生み出すのは得意じゃないから、どうやって自分が続けていけるのかな?っていうのは考えていて。
ちゃんとプロダクトばんばん作れて、ちゃんとお金が回せて、それが森に還元できたら、もちろんそれは目指すべきかたちなんだけど、なかなかむずかしいし、自分が持つものとはまた違うスキルだと思うので…。漆の可能性を広げて、伝えて、つながったその先の人たちと漆の世界をさらに広げていく。
そういうことを含めて、漆産業の間口を広げたいとは思っていて、漆の使い方とかも、一般的ではないことをやったり、何にでも塗ったり、塗る事も使う事も含めて漆がもっと気軽に生活の中に入ってくることを目指しています。」

森下:
「障害のある人の中にも、ものを作ることが好きな人がいたり、自然と触れ合うのが好きな人がいたりとさまざまな人がいます。だけど今、障害のある人達の仕事というと、下請けの仕事(部品組み立てや百均製品の包装など)が多いというイメージがあったり、ものづくりをしていても安く販売しているものが多かったり。もちろん、お菓子づくりとか清掃とか、あとは企業から依頼を受けているパソコンの仕事などもそれを好きで没頭して作業できる人もいるけど、みんながみんな、そうでもない。やはり、ものをつくったり、自然と触れ合ったりすることが好きな人がいるので、何か福祉の分野でも工藝と関わって、福祉施設が地域の工房の一つとして機能できたらいいなと思い、福祉と伝統のものづくりというテーマでいろいろと、試してみているところです。

たとえば、Good Job!センターで取り組んでいるお蚕さんプロジェクト*でつくられる繭たちは、現状では、まだまだ織りもののような商品にはできていない。もともとは、お蚕さんを育ててみたら?という提案を染織家の方にいただいたことをきっかけに始めました。育てることは、もちろんはじめてなので試行錯誤し、糸を挽くことももちろん難しく、できるようになるまで時間がかかりました。なので、作品や商品への展開は少しずつはじめていますが、まだまだなんです。」

*Good Job!センター香芝のプロジェクトの一つ。お蚕さんを育て、その育成日記をメンバーやスタッフでかわるがわる綴っている。

堤:「まぁ、いきなり全部をやろうとしなくてもいいですよね。」

森下:「はい。餌として育てはじめた桑の葉はお蚕さんにあげるだけではなく、お茶を作ったり、マルベリーをパウンドケーキに入れてみたりして、自分たちも活用しながら、育てること自体も楽しいですし。育てながら養蚕やシルクの持つ長い文化と歴史に触れたりするのも楽しくて、そこから何になっていくのか分からないけど、まずやってみているところなんです。」

堤:「営みが一番大事なので、プロダクトを一個作るという行為そのものには正直あまり意味がないような気がしていて。お茶やマルベリーみたいな、桑を育てる中で得た恵みからものを作る課程を見せる方が一番価値があると思いますよ。当たり前の営みが見えなくなって、プロダクト化されたものだけが画面上でクリックすれば手に入ってしまう世の中になっちゃってるから、本当はものというのは生きる営みから全部できてるんだってことを体験できてることが一番重要な気がします。工藝ってその延長ですよね。生活の中で、自分に必要なものを自然物を使って手で作りだしてきたわけなので。

僕もkaienさんっていう就業支援施設で拭き漆を教えにいったことがあって、以来みんな拭き漆してるんですよ。
企業が障害のある人を雇用するとき、やりがいがあり、そこに居場所が持てる仕事としてどんなことを割り当てたらいいか考えないといけないですけど、工芸だったら自分たちの誇りになるんじゃないかということではじまって、今は社内のノベルティとして拭き漆の箸を作っているそうです。

漆って塗りすぎた部分が残るとしわが寄る感じでざらざらとした感じになるんですが、その作業所の人達はいきなり上手に塗るのが難しくて、ざらざらが残ってしまう。でも、お箸の場合は良い感じに滑り止めみたいな役割になってくれるので、「ぜんぜんそれでいいじゃん!」という感じで、いい具合を探りながら福祉と伝統工芸の取り組みをしていましたよ。
ただ漆にはかぶれるリスクがあるので、それを承諾したうえで取り組んで貰う感じですけど。」

ファブビレッジ京北へ

FabLab、 FabCafeなど、皆さんも一度はFabという単語を聞いたことがあるのではないでしょうか。

Fabとは、「Fabrication=ものづくり」と「Fabulous=楽しい、愉快な」の2つの意味が含まれた造語で、あらゆるものづくり行為の総称です。(Fabについて)
Fabカルチャーという、ものづくりの民主化を目指して生まれた世界的なムーブメントがあり、ファブビレッジ京北はそこをインスピレーションとして生まれたそう。

(Fabカルチャーとは)大量生産によってブラックボックス化してしまったモノづくりを解放し、デジタルテクノロジーと地域の資源を活用して、モノづくりにより多くの人が関わることで、資源が小さく循環するサイクルを生み出そうとする、草の根の活動です。ファブビレッジ京北は、都を作った工藝文化の伝統的な知恵と、森の資源とを活用し、循環社会へ向けたモノづくりへの市民参加を促進します。

ファブビレッジ京北 HPより

一般社団法人パースペクティブの共同代表の高室幸子さんに、施設を案内していただきました。

広い作業場。給食調理室だった名残で、ところどころがタイル張りになっている。


入り口わきの資材置き場

ファブビレッジ京北の大きな特徴は、木材の産地に隣接しているという点。一般のDIYではホームセンターで材料を購入することが多いですが、ここではお願いすれば地域の木材の調達からサポートしてもらえます。
また、伝統工芸の若い職人が常駐していることも、ここの特徴といえるでしょう。
職人として個人で木工の仕事を引き受けたり、規模の大きな仕事はファブビレッジ京北が受注カウンターとなり、チームを構成して協業や分業で制作を行うなど、技術を研鑽し合う仕組みがあります。

糸鋸、穴あけ加工機などの木工機材が並ぶ。

ファブビレッジ京北にある機材のほとんどは廃業となった木工所から譲り受けたものだそう。本格的な木材加工機械が充実しています。


旧京北第三小学校の校舎から校庭を望む。突き当り奥にフリースクールが見える。

旧京北第三小学校舎は、ファブビレッジ京北の他にフリースクールもテナントとして入っています。
多様な学びの形を模索する、地域の方々によって今年の夏に、この廃校での活動がスタートしました。


窓越しに見える山並みが絵画のよう。

ファブビレッジ京北もミーティング用の教室を持っていて、ワークショップやミーティングの際はここで行われるそうです。

まとめ

サステナビリティという概念が広まった昨今では、多くの人々が資源(resources)の限界に近づきつつあるということを理解していると思います。

しかし、百聞は一見に如かずというように、森に行き自然の営みに触れることで初めて、都市と自然とで流れる時間の早さに違いがあるということを身体的に感じることができると思います。実際に筆者は、見学のあとで普段の生産・消費の流れが、木々の育つスピードに対して圧倒的に早く感じられました。この経験があるかどうかは、環境問題を知っていること以上に人々の消費やものづくりの価値観に大きな影響を与えるのではと思います。

また、資源(resources)という記述を敢えてしましたが、これは、”resource”という言葉の持つ「扶け、手立て、いざというときの寄りどころ」といった部分においても、考え直していく必要があると感じているためです。
誰もが120%で頑張らないと成り立たないような社会では、人をケアする余裕も生まれにくいのではと思うのです。

今回、Perspectiveの堤さん、高室さんとお話しながら、「地に足がついている」、「無理がなく自然体」というような印象を一番に受けました。
自分にも他人にも自然にも、無理がなくのびのびしていられる状態。それこそが、広い意味で持続可能な社会を実現するために重要なことなのではないでしょうか。

今後も、ニュートラの活動を通して、つくる営みから人ともの・社会の関係性について考えていきたいと思います!

あらためて、取材を受けてくださった堤さん、高室さん、ファブビレッジ京北の皆さま、ありがとうございました!

写真・文章 廣内菜帆


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