見出し画像

周りに流されてふくしま行ってみた

 友人からのすすめで、”ふるさと愛”プロジェクトin J-VILLAGEあなたに会わせたい「ふくしま」な人~72時間スケッチ旅行~に参加した。なにするプロジェクトなのかよくわからないまま、交通費も宿泊費も全部主催者側が出してくれるみたいだったから、とにかく申し込んでみることにした。僕は草舟。流されるままに。されるがままに。

0日目

 移動日。16時過ぎに前泊のため郡山にやってきた。郡山に来た記憶はないので、たぶん初。
 福島県の交通の要所ということもあって、人もそれなりにいて、町並みも明るくいいところだなーとか思いながら駅前の信号を待っていたら、隣にいた女性が何やら缶に入った飲料を飲んでいた。もしやとは思ったが、やはりお酒であった。
 え怖いよ?

 見なかったことにしてホテルへ直行。アーケード街みたいな、商店街みたいな道をテッテコ歩いていたら、ワゴン車が目に止まった。ワゴン車。黒いワゴン車。その中に乗り込む黒い影。サングラスおじさん。人さらいとか空き巣とかやってそうな雰囲気を醸し出す真っ黒。
 怖い。

 忍者のごとく素早くホテルへ。存在感をなくすことに必死に。無事、ワルモノさんにさらわれることなくたどり着けました。

 めでたし。めでたし。めでたし。

1日目

 朝6時に起きて準備開始。朝シャンプーしたり、洗顔したり、歯磨きしたり、穢れを清めるがごとく。6時30分に友人2人と集合して朝食を食べに行く予定だったので、えっさほいさと準備した。時間になったから外出ようか迷ったけど、とりあえず電話してみることにした。友人Aに電話。
 トゥルルルルルルル・・・・・・・・・・

 電話にでんわ。
 困った。2回目。
 トゥルルルルルルル・・・・・・・・・

 電話にでんわ。

 これは寝てるかな。
 友人Bに電話。

 トゥルルル・・・もしもし?あ、もうこんな時間。今起きた。

 衝撃的。
 結局6時30分に支度を終えていたのは僕だけだった。え、なんで?


 気をとり直しまして、朝食を食べ、チェックアウトをすませ、集合場所へレッツゴー!
 バスに乗り込んで、さっそくプロジェクトスタート。まず僕を待ち受けていた試練は1分間の自己紹介であった。4月、新しい学期が始まると、最初に必ずやることといえば自己紹介であるが、これまで僕は「○○です。趣味は読書です」くらいのことしかしゃべったためしがなかった。
 ひとまずバスに乗って目的地まで寝てればいいや、とか思っていた自分の考えの甘さにビンタしてから、何を話すか考えた。
 テーマは「ふるさと」。以下が僕が話そうとした内容である。
 僕にとって「ふるさと」とは、「誰かに自慢したくなる点の思いつく地」である(いつも通り変なこと言い出したぞ、とか友人に言われそうだが)。どこか自分のゆかりのある地についてはなすとき、「ここは○○がすごいんだよ」とか「ここは△△が面白いんだよ」とか、地域自慢したくなるのは人間の性である。しかし、埼玉は何もないとか言い出す人がどのコミュニティにもひとりはいるようで、今回のイベントでも埼玉何もないよアピールしているものがいた。たしかに自慢というとかっこいいところ、かわいいところをイメージしやすいのかもしれないが、ここでは個々人の思い出さえも「自慢」に含まれるとすると、この道高校時代の通学路だったんだよねとか、ここ旅行したときに迷ったところなんだよねとか、そのすべてが「ふるさと」のように思われるのである。
 このプロジェクトを通して、福島の過去と現状を知るとともに、福島のこれからを考えていく上で、自慢したくなる福島のいいところをひとつでも多く見つけられれば良いと思う。

 こんなことを1分のうちに話そうとしたのだから、もちろん参加者の人たちに伝わったとはちっとも思っていないし、時間をかけて書いた「ふるさと」に関する文章も、どれだけ読者に伝わっているのか。


 最初に訪れた、とみおかワインドメーヌ、小浜栽培圃場から1枚。

とみおかワインドメーヌ、小浜栽培圃場 



 「ふるさと」について自分がもつイメージを言語化するために行われた「トークフォークダンス」では、新たな視点からの「ふるさと」という言葉のイメージが生まれた。 「ふるさと」は、自らが生まれ育った場所、両親の実家、そして といったイメージを持っていた僕にとって、「ふるさと」に対して、「田舎」や「地方」といったイメージを持っている人が多くいて驚いた。それは僕の感覚がおかしいのではないかと思わせた。

 ディスカッションを繰り返す中で、神戸出身の大学教員と話す機会があった。開口一番「阪神ファンですか」である。僕は特大の阪神タイガース愛にあふれる人間であるため、仲間を見つけたと大はしゃぎ。こういうときは例外的によく話すし、声も大きかったりする。去年(2023年)は阪神タイガースの18年ぶりのセ界制覇、そして85年以来の日本一の年であった。タイガースファンにとってはたまらなく面白く楽しく喜びに満ちた1年であり、タイガースファンがこのようにひとつになるきっかけとなる大変大きな出来事でもあった。

 僕はまったく大阪神戸に縁もゆかりもなのになんで阪神ファンなのか、時々聞かれる質問である。僕からすれば愚問なのだが。

 ずばり、阪神は類を見ない面白い球団であるからである。

 0ゲーム差で優勝逃したり、開幕9連敗からシーズン終盤ギリギリで3位に滑り込んだり。語り出したら止まらないのでこの辺にしとこうかと。

 阪神が優勝することをよく思わない人がいることは去年よくわかった。日本シリーズで阪神ではなくオリックスを応援していた友達は、阪神が勝つ度に嫌な態度を示していた。
 その理由は単純で、阪神が優勝するといろいろ怖いかららしい。僕にも思い当たる節がある。道頓堀に飛び込んだり、カーネルサンダースを投げ込んだり、などなど。

 だがしかしこれによって阪神ファンの民度が下がるのは面白くないので弁解しておくが、世間を賑わせていた様々なニュースの犯人は、阪神ファンではない。
 優勝当日道頓堀に行ったりしている暇はないのだ。阪神ファンなのであれば。なぜなら優勝特番をみるから。

 ビールかけの様子を見ない阪神ファンはいないし、選手たちのインタビューを楽しみにしていない阪神ファンはいない。

 その辺はき違えないでいただきたい。騒いでいるのは、大阪人であり、関西人であり、日本人なのである。

 日本人の民度なんて、その程度である。

 批評批判コメントで待ってます!


このプロジェクトで最も楽しみにしていたことは、「大浴場」。久々のお風呂である。いつもシャワーだけなのでワクワクである。

 やっぱり大浴場の楽しみといえば、体重計である。風呂に入る前と後でどのくらい体重が変化するか、今回も見物である。

 きれいに体を洗っていざ、湯船へ。

 よきかなーーーー。

 良い温度!ぽかぽかしてきて良い気分!

 まず湯船につかる。体がぽかぽかしてきたら、一度湯船からあがって、体操する。前ならえのポーズからそのまま腕を上にあげ、真横に下ろしてTのポーズ。そのポーズのまま肘をくるくる回す。そしたら、肩をゆっくり回す。何セットか繰り返して深呼吸しておしまい。そしたらもう一度湯船に入ってポカポカしてきたら上がり、冷たいシャワーを浴びてタオルで水気を取る。これが僕の大浴場での過ごし方である。

 そんなことしていたら、一緒にお風呂に入っていた友人ふたりから、上腕より前腕の方が太いことを指摘された。

 普通と逆だからかっこよくね?笑
 僕の自慢!

 体重に関しては、お風呂に入る前後で1キロ減った。中3からほぼ変わらない僕の体重。いい加減増えないかな。期待していた割にあんまり面白くなかった。申し訳ない。

2日目

 2日目は、参加者25名が4つのグループに分けられ、それぞれグループごとに異なる事業者を巡った。私は2日目に3人の事業者を伺ったが、その中からひとり紹介したい。

 一般社団法人AFWの代表理事を務める吉川さんは、福島第一・第二原子力発電所で東京電力社員として働いていた経験や、AFW設立と復興再生に関わる事業の取り組みを通して、お話しいただいた。
 お話を聞いていくうちに、「この人なら新しい角度からの回答をしてくれそうだな」と思い、この頃私が考えていたことについて質問してみた。

 「新聞やテレビの報道が感情的で、印象操作が優位に働き、どの情報が真実なのかわかりにくくなっている。この社会の中で、どのようにすれば正しい情報を得られるだろうか。方法やツールを知りたい」
 と尋ねたら、
 「新聞からネットニュースまで様々なツールで情報を得ている。その記事のひとつをとれば、中には間違いも含まれているだろうが、必ず真実の断片がある。その断片をいくつもの記事を重ね合わせていくことで正確な情報を見つけ出す。それから、自分よりも知識を持っている人に頼る。頼られた人も、自分よりも知識を持っている人に頼る。こうして生まれる連鎖も大事にしていくと良い」
 と答えてくださった。

 参考になったので、実践していきたい。

トータルサポートセンターとみおか、ホトケノザ


 この日最も大変だったことは、バス移動である。はっきり言って、僕は自転車以上に速い乗り物はすべて苦手である。
 頭痛くなるのさ。

 あんまり乗り物での移動が多いと、頭痛くてためになる話にも集中して聞けなくなってしまうので、もっとゆっくりした移動が良かったな。

 J-VILLAGEに帰ってきてすぐに夕飯であった。疲労感半端なく、頭もクラクラ。ビュッフェ形式だったので、いつもよりさらに量を少なめにしたが、食べようとしたとき異変に気がついた。
 左腕の震えが止まらないのである。みそ汁を飲もうとしても腕がぷるぷる震えてなかなか飲むことができず、箸を持っている右手をお椀に添えて、動かないように固定しながら飲んでいた。
 量は少ないので15分程度ですべて食べ終えたが、左腕がこのように振戦を起こしたのはなぜなのか、単なる疲労からであれば良いが。


3日目

 2日目に訪れた事業者からのお話を各班ポスターにまとめて発表する日だった。

 パソコンを用いて作るか手書きで作るか選べたが、大概の人がパソコンを使うだろうとか思って手書きを選んだ。作り終えて感じたのは、

 パソコンっていいなー

 間違えても簡単に直せるし、文字のサイズも簡単に調整できる。写真も簡単に加工でき、デザインも数多くあるものの中から選ぶことができる。その方法さえ知って入れば、の話だが。

 パソコンのお勉強しようかなと思った。


 3日目は、昨日の移動の疲労がとれず、頭はぼーっとしていた。適度に休憩してなんとか乗り切ったが、かなりきつかった。
 しかしこのあとには、はやぶさとやまびこが残っている。新幹線移動。最も僕の体力と精神を効率的に削る乗り物である。

 新幹線という最後の山を乗り切り、自宅へ帰ってきた。ひとまず寝よう。


まとめ

 3日間通して、学んだこと感じたこと様々あったが、これから大事にしたいと思ったことは、
 旅行は移動少なめのものにする。なるべく徒歩で移動する。

 僕が中2の冬に行った修善寺は良いところであった。朝早く起きて野鳥観察に行き、ホテルに帰ってきたら、朝風呂へ。日中は北条氏や源氏と修善寺との関わりを学びながら伊豆の町を歩く。
気持ちよかった。こんな旅行をしたい。

 3日目がなぜこんなに短いのか。頭クラクラであんまり覚えていないからである。発表終了後に話聞いてくれたお兄さんから、クリエイターになりたいのかと聞かれ、笑った覚えはある。クリエイターぽいといわれてうれしかったから。いや、単に変人をクリエイターという言葉に置き換えただけかもしれない。

 ただ最後にいいたいことは、
 またこのようなプロジェクトに参加したいと思った。

 そんだけーーーーーー!


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?