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子育てほど楽しい仕事はない

「このままではいつか、危ない目に遭いますよ」
開口一番、先生の言葉。
また小学校に呼び出されたのだ。

今回は、前を見ずに走っていて、ガラスに顔面から激突したらしい。
あいにく怪我はないらしく、本人はいたって元気だそうだ。

ホッとして笑う私に、先生が言った
「お母さん、笑い事じゃないですよ、このままじゃゲン君、大変なことになりますよ。周りを見て注意することなんて全くないし、床にはプリントがいつも散乱しているし、机の中はゴミだらけ、なんとかしてください」

私「ははは、確かに!授業参観の時、ゲンの椅子の下にプリントがいっぱい落ちてました。なんとかしたいけど、それもゲンの個性ですから」

先生「個性じゃないです!!!短所です!!短所!!!」

私「いーえ、個性です!立派な個性です!!!」

短所だ、個性だの応酬が続き、折れない私に先生がついに折れてしまう。
この親にしてこの子あり、と。

これは長男のゲンが小学5年生の時の話。
嘘のような全く本当の話だ。

ゲンは小さい頃から、個性が際立っていた。
初めての子で、何にも知らないままの育児は、それはもう大変な日々。
ずっと泣いている、朝も夜も関係なくただ泣いている。
2才まで全く喋らず、この子は大丈夫かなと本気で思うことが何度もあった。
初めての子供なので、どうしていいかわからないし、戸惑うことばかりだった。

2才になった途端、ダムが決壊するかの様に、言葉を一気に喋り始めた。
テレビを観ては、ダンスをする。ずっとテレビの前で踊っている。
面白いなーこの子、と思って眺めていた。
とにかくやること、喋ること、動き、全てが面白かった。
そう感じられ始めた時、2人目が生まれる。

下の子「ショウ」は速かった。
歩く、喋る、なんでもが、兄より速くて、驚いた。

同じ親から生まれてこうも違ってくるのかと、人間の個性の違いを実践(子育て)で学んだ。面白かった。
次男は、人当たりも良く、誰からも好かれる「普通の子」だった。

長男は、全く違う。
マイペースで自分の世界があり、人のことは好きだが、興味があると他が目に入らなくなってしまう子だった。

それぞれ個性の違う、2才差の子どもを懸命に育てているうちに、「あれ、ゲンは普通の子と違うぞ」と気づくようになる。

保育園でも、先生に注意されることが多かったゲン。
同じ保育園に通う次男ショウは、その頃からすでにリーダーとして慕われていた。
先生の評価も高い。
何が違うのだろう、おんなじ様に育てているのに?

ゲンを「普通の子」にしようと物凄く頑張ってみた。
ショウにできることはできるはず、と、嫌がるゲンを、一生懸命「普通の子」にしようと試みた。

が、全く効果なし。
頑張っても努力してもゲンはゲンのまま、ちっとも変わらない。
たくさんの時間と労力をかけてみたけれど、全く効果はない。

もう、これはあきらめるしかない、ゲンは「個性のかたまり」だと認めてしまおう
と、夫婦で話し、普通を目指すことをあきらめることにした。

そうしたら、すごく楽になった。
普通の枠に無理矢理入れるのをやめて、ゲンの個性を伸ばそうとしたら
親の方も楽になってしまったのだ。

これまでの頑張りはなんだったんだろう。
枠に収まらない、個性いっぱいのゲンを、普通と言われる枠に入れることになんの意味があったのだろう。

普通じゃないことはゲンの個性だ、と受け入れた。
正確には、個性と認めることでしか、対処法がなかったのだ。

しかし、それが吉と出る時がやってくる。
順調に個性を伸ばしまくったゲンは、東大に現役合格してしまう。
子育ては天職だ!と感じた瞬間だ。

「この子、東大に行くわ、きっと」と、ゲン3才の時の予感が的中したのだ。
そう、「ゲンは東大に行くからね、大丈夫」と言い続けていたことが、現実になる。
この子みたいに個性だらけの子は、東大に行かないと、世の中からあぶれてしまうと感じたのだ。

溢れる個性をつぶしてしまっていたら、ゲンは今頃どうなっていただろう。
先生の言葉を信じなくてよかった、言い返せる母になれていてよかった。

子育ては天職だった、と間違いなく思う。
大変だったけれど、終わってしまえば、楽しい思い出ばかりだ。
子育て、これほど楽しい仕事はない。
個性を見つけ、伸ばすことができる、なんてすばらしい仕事なんだろう。
これほどまでに楽しい仕事に、まだ私は出会えていない。

おまけ
次男ショウも個性を伸ばし、夢を叶え、医者になりました。
息子たちの話は、続きます。

新堂きりこ

#天職だと感じた瞬間


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