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喫茶おじさん(原田ひ香)


概要

 原田ひ香さんといえば、定年前後の残念な旦那さん、いろんなことに疲れてる旦那さんと同世代の奥さん、冷静で頭が良く、マネーリテラシーが高い子供たちを中心とした作品が多いです。
「三千円の使い方」は、大ブレイクして映画化もされました。

👆近くの図書館では予約ランキング第一位でした(゚Д゚)

 本書「喫茶おじさん」も、「三千円の使い方」と似たような登場人物たちですので、従来の原田さん的な世界観が好きな方には大変おすすめできる作品です。

👆こんな可愛らしいデザインですが内容はいつもとおりドロドロです


大企業勘違いおじさん:退職金で店を開いて半年で潰す

 本作品の主人公こと大企業を早期退職した松尾純一郎さん(57)は、大企業にお勤めでした。

 大企業的な年功序列制度のお陰で、無能ながらも管理監督職には昇格していた純一郎。年齢だけの管理職ですから、役員クラスへ出世できる見込みもなく、割増の早期退職金をもらい無事に退職。流石、大企業ですね。

 定年の六十まで働いたら退職金は三千万くらいになると純一郎は胸算用していた。それに二千万のプラス。五千万が今すぐに入ってくることになる。

喫茶おじさん、原田ひ香、49ページ

 これ以上出世の見込みがないこともよくわかっていた(中略)たぶん、次の異動あたりで適当な閑職を与えられ、定年を待つことになるのだろう。

喫茶おじさん、原田ひ香、51ページ

 ――そこで辞めておけば、良かったのに。早期退職金だけを目標にして仕事をしている若い世代がどれだけ居ることか……

👆少し勉強しろと指導したい気分になります

――米国株の投信にぶち込めば、年最低でも二百万の収入になる。働けるうちは別のところで働いて、年金もらえるようになったら悠々自適。俺なら一瞬で辞めるね

喫茶おじさん、原田ひ香、49ページ

「ネットには『無責任な』言葉があふれかえった」という表現で、純一郎としては面白くないというニュアンスで表現されていますが、かなり現実的で良いアドバイスだと思います。

 まあ、五千万あれば様々な選択肢が取れますね……と思い読んでいると、何をトチ狂いだしたか純一郎さん、人生の終盤で大博打を始めてしまいます。

 とくに経験もない喫茶店経営を始めてしまいました。

 奥さんからは絶対に辞めておけ、あなたは大企業しか知らない世間知らずなんだから勘違いしてはいけない。
「絶対に許さない」と強い口調で釘を刺されますが、頭がお花畑の純一郎には届きません。

 大企業だからこそ、あなたのような性格のいい、おっとりした人でも成果を上げられるの。店をやるなんて、無理。

喫茶おじさん、原田ひ香、50ページ

 当然の如く半年で店は潰れ、退職金の半分を溶かしたところで奥さんは愛想を尽かし、別居生活が始まります。

 思い返せば、私も周囲にもいました。長らく勤めた大企業や役所を早期退職して、経験はないけど酒が好きだからという理由で焼鳥屋を始めたおじさん、経験はないけど蕎麦が好きだからという理由で蕎麦屋を始めたおじさん……ああ、どこも高いわりに美味しくなかったよなあ。

 みなさん飲食業界舐めてるよなあ。


原田節炸裂:ドライな奥さん

 原田さんの作品にドライな奥さんは欠かせません。長らく専業主婦だとしても、従来の人間力やコミュ力を活かして自立する展開が十八番です。
 
 もちろん、本作品でも期待を裏切りません。別居して久しぶりの会話、自分のところに戻ってくるのかどうしたいのかと純一郎が考えていたら、先に攻撃されてしまいます。

「私、仕事が決まったのよね」
「え」
「仕事。昔の友達が自宅で服飾の通販の会社をしてて、手伝って欲しいって言われてる」
――中略――
「じゃあ、認めてくれるでしょ? 離婚(中略)もう卒業したいの。妻という役割や人生から」

喫茶おじさん、原田ひ香、117~119ページ

 かっこいいです。さすがです。


喫茶シーンは長すぎる

 タイトルに「喫茶」とあるとおり、内容の3割位は喫茶店と食事に関する表現となります。本全体がとても読みやすい文体なのでスラスラ読めますが、私は途中で少し飽きてしまいました( ;∀;)ゴメンナサイ

 喫茶店のメニュー自体が何らかの伏線ということもほとんどないです。ナポリタンくらい? 実在する店舗を取材して書かれているそうですので、気になる方は付箋でも貼付して、何かの拍子に読み返してみるという程度の読み方でも、内容は十分理解できると思います。


何もわかっていない純一郎(57)

 本作で一番面白いと思うところであり、原田さんのすごさがわかる部分です。簡単なようで、これを言葉にして表現するのは難しいです。
 純一郎が登場人物たちから「あなたという人は何もわかってないのですね」と叱責され、嘲笑され、ときに羨望される掛け合いの部分です。


「お父さんって、本当に何もわかってない」 

 主人公の娘である亜里砂は大学2年生で、実母の亜希子と半年前から同居しています。つまり、純一郎と妻の亜希子は半年前から居中です。
 純一郎は数ヵ月ぶりに亜里砂から呼び出されて、池袋の喫茶店でコーヒーを飲みながら雑談をしている最中、「お父さんって、本当に何もわかってない」と言われ困惑します。

自分から呼び出しておきながら、彼女はほとんど話さなかった。(中略)
――あれは本当に……まるで意味がわからなかった。別にあいつの気にさわるようなことを言ったわけでもないのに。

喫茶おじさん(原田ひ香)P.10

「あいつの気にさわるようなことを言ったわけでもない」という思考自体が大企業勤めして余されてた無能なおじさんだよなあ、と思ってしまいます。自分が悪いかもしれないという考えには至らないのです。

――自分の置かれた立場、ちゃんとわかってる?(中略)
それから亜里砂は何を話しかけても不機嫌で、そのまま帰ってしまった。

喫茶おじさん(原田ひ香)P.24

 読者も忘れてはいけません。
 このおじさんは無職で、せっかくの早期退職金を半年で溶かして、再就職もままならず、奥さんに愛想を尽かされている方です。
 娘に「社会人とは~~」みたいに語ろうとしても響かないでしょう。まっとうな大人じゃないから。

娘が多少機嫌が悪くたって、妻が出て行ってしまっていたって、その両方の理由があまりよくわからなくたって。(中略)――俺、そんなに悪い父親でも、夫でもないと思うんだけどなあ。

喫茶おじさん(原田ひ香)P.24~25

 同じ男性として思いますが、この人は結婚不適合者だと思います。一人居た方が世のため人のためです。


まとめ

 旦那さんは人生のどん底に叩き落され、始終悪口を言われて、世間一般的には不幸な部類の人間となります。持ち前のお気楽さ、能天気さで不幸を不幸としないところがせめてもの救いかもしれません。
 そんな暗闇の中でも一筋の光を見つけて、ダメ人間としておじ様は生きていく——みたいな結末になりますので、あんまり自分の人生が上手に運べていないおじ様は読まない方がいいと思います。涙が止まらなくなるかも……

 一方の奥さんは専業主婦から自立して、第二の人生に突入です。相変わらずの老後おひとり様主義ですね。夫の墓には入らなくてすみますよ!
 垣谷美雨さん、中園ミホさん、田嶋陽子先生あたりとクラスタリング('ω')ジョセイノジンケン


おススメ層

 図書館のランキング上位にいつも食い込んでいるところを見ると、主婦層に大変人気があるのだろうと予想しています。まずは主婦におススメ。

 大手企業やお役所にお勤めの30代、40代男性にも読んでいただきたいです。能力もスキルもないのにプライドだけ高いおじさんの人生失敗事例がここにあります。
 マネーリテラシーの重要性は元より、会社や結婚、子供、老後について、少し考えてみるきっかけになるかもしれません。

 50代女性や60代女性で純一郎と似たような旦那をお持ちであれば、ストレス発散代わりに読むのもお薦めです。「家の旦那もホントもーどうしようもないのよー」と言いながら。

 

 



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