第2回 自殺関与罪って?
1 他人の自殺に関与すると・・・
第1回の記事「自殺は犯罪?」で,自殺行為は犯罪とならないことを確認しました。今回は,自殺を手伝うなど自殺に関与する行為がどのように評価されるかをお話ししたいと思います。「自殺が犯罪とはならない以上,それに関与しても犯罪にはならないだろう」と考える人が一定数いると思いますが,結論からいうとそれは誤りです。刑法202条をみてみましょう。
刑法202条(自殺関与及び同意殺人)
人を教唆し若しくは幇助して自殺させ、又は人をその嘱託を受け若しくはその承諾を得て殺した者は、六月以上七年以下の懲役又は禁錮に処する。
「教唆」「幇助」という言葉について,簡単に意味を確認しておきます。
教唆・・・ある行為を決心していない他人をそそのかして,それを行うことを決心させ,実行させること
幇助・・・ある行為をすでに決心している他人を補助してその実行を容易にして,実行させること
自殺を教唆したり,幇助したりすると刑法上の「自殺関与」をしたとみなされます。つまり,自殺を決心していない他人をそそのかして自殺に追い込んだり,自殺を決心した他人の自殺行為を手助けした場合には刑法202条の罪が成立する可能性があるのです。具体的には「お前は自殺するしかない」などと言って人を自殺させたり(教唆),自殺しようとする人にロープを渡したり(幇助)する行為が自殺関与行為にあたる可能性があります。
2 どうして罰せられるか(1)ー復習と掘り下げー
それでは,自殺行為自体が犯罪とならないのに,自殺行為に関与することが犯罪とされているのはなぜでしょうか。この答えは,そもそも自殺が犯罪とならない理由が大きくかかわっています。ここからは第1回の内容がからむ やや難しい話になりますので,第1回の内容とあわせてお読みいただくとよいかと思います。
さて,自殺が犯罪とならない理由は,「自殺は自己のものとはいえ生命という崇高な価値あるものを侵害する行為だから違法だけど,それを罰すると個人の自己決定権を害することになるから罰することはできないよね」というものでした。前回はくわしく立ち入りませんでしたが,刑法では法益を侵害したりその危険をもたらす行為は違法であると考えます(本来は非常に複雑な議論がありますが,一応の説明をしておきます)。しかし,法益侵害がただちに犯罪となるかというと,そうではなかったですね。法益侵害行為という違法な行為であっても,それを処罰してよいかどうかを別途検討します。犯罪とは処罰されるべき行為でした。「自殺」という行為は処罰してはならない行為だから,犯罪とはならないのです。処罰の可否は,その行為を非難できるかによって考えます。ある違法行為について,処罰に値するだけの非難可能性があれば,その行為には責任があるとみなされ犯罪となります。自殺行為は,違法だが責任がない(これを責任阻却といいます)ので,犯罪とはならないのです。通説によれば,すべての自殺は責任が阻却されるのだから,最初から刑法199条の「人」に自分は含む必要がないのだとしているようです。責任がなく犯罪とはならないから,もとより犯罪行為リストに載せておく必要がない(載せておいてはいけない)ということです。
原則として刑法に規定されている犯罪行為はすべて責任がある(有責)なものです。罰するだけの非難可能性があるから犯罪として刑法に登録されているのです。しかし,刑法上に書かれた原則的に有責(よく類型的に有責といわれます)な行為を行っても,個別の事情で「一般的には有責だがこの場合には責任がないよね」と判断されれば責任が阻却され無罪となりますし,「責任はあるけど少ないよね」となれば減刑されることがあります。たとえば,精神障がい者による犯行は責任が阻却されたり減少したりすることがあります。この辺について,詳しくはまた別の回で考えましょう。
3 どうして罰せられるか(2)ーあてはめー
それでは話をもとに戻しましょう。自殺関与が処罰される理由です。まず,自殺関与の違法性についてですが,自殺関与は生命という非常に高い価値があるものを侵害するもので,違法だといえます。ここに異論はないでしょう。では責任についてはどうでしょうか。自殺行為の責任が阻却されるのは,本人の自己決定権が尊重されるからです。「自己の生命を自己の意思で自己の手により処分する」ことがポイントです。一方自殺関与は「他人の生命の処分に関与する」ことですから、自己決定権を盾にはできません。AがBの自殺に関与した場合,AはBという他人の生命の処分に関与しているのです。このように考えると,自殺に関与する行為は,自殺行為とは違って責任が阻却されず,原則として有責であるということになります。違法で有責なので,刑法の条文に犯罪として登録されたのです。
4 まとめと次回予告
以上のような理由から,自殺関与は刑法に犯罪として規定されています。SNS上の発言が自殺の教唆や幇助ととらえられて立件されたケースもありますので,十分な注意が必要です。
ちなみに,作家太宰治は自殺関与罪(自殺幇助)の容疑で逮捕されたことがあります。1930年11月,鎌倉七里ガ浜の海岸で,カフェ女給の田部シメ子とともに催眠薬カルモチンを服用して心中を図ったところ,田部のみが死亡し太宰は生き残ったのです。結局太宰は起訴猶予処分となり,刑事裁判にかけられることはありませんでした。
次回は,実際に起きた事件の判例を参考にしながら,自殺関与罪とそれに関連する犯罪について検討します。お楽しみに!
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