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第1回 自殺は犯罪?

※おことわり:本稿は自殺行為の法的評価について論じた文章であって,自殺行為の是非を表明するものではありません。

1 犯罪とは

 警察庁の発表によれば,令和2年の日本国における自殺者の人数は21,077名でした。かなり前から自殺の防止策についての議論が進められてはいますが,一定の効果を挙げるには至っていないのが現状でしょう。さて,自殺行為は犯罪となるでしょうか。この疑問に答えるには,「犯罪」とはなにかをしっかりと確認しておかなければなりません。刑法の世界では,とりあえず悪そうなことを「犯罪」として認定する,というようなずさんなことはしないのです。犯罪とは,ひとまず「刑罰を科されるべき行為」であると思ってください。では,どのような行為に刑罰を科すべきなのでしょうか。たとえば,「こども相手にゲームで本気を出して勝利した結果,こどもを泣かせた」という事例において,「こども相手に本気でゲームをプレイする」行為は刑罰を科すべき行為でしょうか。たしかに,まわりから非難されそうな「よくない行為」といえるかもしれませんが,これを犯罪とすることには違和感を感じますよね。刑罰を科すべき行為であるためには,まず最低限法律上保護される利益(これを法益といいます)を侵害したり,侵害する危険をもたらす行為でなければなりません。さきほど挙げた「こどもを泣かせる」例で考えてみると,「ゲームで本気を出す」行為は被害者であるこどもあるいはその他の誰かの利益を侵害したり利益を侵害する危険を生じさせてはいないので,刑罰が科されるべき行為とはいえないのです。あるいは「ゲームに勝ってよろこぶ権利」というこどもの利益を侵害していると考えたとしても,その利益は法律という大げさなものによって保護されるべきとはいえないでしょう。 
 それでは,すべての法益侵害行為またその危険がある行為は犯罪として処罰されるべきなのでしょうか。処罰とは,国が被処罰者(処罰される人)の生命や自由,財産を奪うという厳しいものですから,簡単に実行されてよいものではありません。他にも法益を保護する方法(たとえば損害賠償とか,行政処分とか)があるならば,そちらを使うべきであるというのが刑法学の考え方です(これを刑法の補充性・謙抑性といいます)。
 ここまでは予選です。最終的に刑法は,一部の「これやった奴はマジで刑罰によって処罰しなきゃだめなやばい行為だよね」という限られた法益侵害行為やその危険がある行為(例えば殺人や窃盗,放火,詐欺など)についてのみ,処罰します(これを刑法の断片性といいます)。刑法では,第2編の条文でこの一線を超えた「やばい行為」をリストアップしています。また一部の刑法以外の法律(たとえば道路交通法,覚せい剤取締法など。刑法以外で処罰規定を有する法律を特別刑法といいます。)にも同じように列挙されています。ここに列挙された(選び抜かれた)行為が,最終的に処罰の対象となる犯罪行為となります。逆にいえば,刑法や特別刑法の条文に書かれていない行為は,道徳的にいくら悪いことでも犯罪行為とはなりません。
 まとめると,ある行為が犯罪行為(処罰されるべき行為)となるには少なくとも次の条件をすべて満たす必要があるわけです。

①法益を侵害する,またはその危険がある行為である
②その行為を、刑罰を科すことで禁止しなければその法益の保護が不十分である
③刑法、特別刑法に犯罪として規定されている行為である

2 自殺行為の犯罪性

 それでは「自殺」という行為が犯罪といえるかどうかを検討しましょう。まず,刑法の条文に書かれた行為でなければ犯罪とはならないのですから,「自殺」という行為が触れそうな条文を探します。199条はどうでしょう。

刑法199条(殺人)
人を殺した者は,死刑又は無期若しくは五年以上の懲役に処する。

 自殺とはまさに読んで字のごとく「自らを殺す」ことですから,「人を殺す」という行為に該当しそうですね。しかし,刑法199条における「人」には自分は含まれないのだというのが通説です。このように,刑法の解釈は辞書通りの意味では行われません(これが法律の厄介なところです)。その条文の目的(守ろうとする法益など)に応じて辞書の意味より小さく解釈されることもあるし(今回のようなケース),多少辞書の意味より広く解釈されることもあります。さて,自殺が殺人罪に該当しない行為だとすると,他に自殺行為が抵触しそうな条文もありません。つまり,自殺は刑法が処罰する行為にはあたらず,犯罪ではないという結論が得られます。
 学者の間で対立はありますが「自己の生命であっても大切な生命を処分する『自殺』という行為は,法律が許した行為ではない(違法)が,自殺行為を罰することは憲法13条から導かれる自己決定権を侵害することから,自殺を犯罪として罰することはできない」(大谷實「刑法講義各論」新版第4版補訂版 p.17より要約)から自殺を犯罪としていないのだという説が有力に主張されています。

3 まとめと次回予告

 以上で見てきたように,自殺という行為は犯罪として罰せられることはありません。「どちらにせよ亡くなってしまった方を処罰することなんてできないじゃないか」と思われるかもしれませんが,よく考えてみてください。自殺が殺人にあたるとされた場合には,自殺未遂者は殺人未遂罪に問われることとなるのです。「結論は変わらないんだからどうでもいいじゃん」として思考を停止すると,いずれどこかで妥当でない結論がうまれたり,迷いが生じることになるのです。このような理由から刑法(に限らずあらゆる法律)の研究では,結論ではなくプロセスを相当重視します。適切なプロセスから得られた結論は正しい,ともいえるでしょう。
 さて,次回は自殺に関連して,自殺という犯罪でない行為に関与した人がどのような法的評価を受けるかをお話ししたいと思います。お楽しみに!


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