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/ (スラント)~クライフの空間詩学~(2)

2. 現代サッカーにおける集散と空間とボールの軌跡

ブルデューは、現代建築の空間を、「外部化された内部」とみなし、社会的な空間は人の軌跡で表出されると言った。この言葉は、クライフ以降の現代フットボールの「空間」にもそのまま通用する。外部の空間を戦略的に使う事によって、内部化する-この戦略的な空間の使い方を観戦すること、これがサッカーの魅力のひとつではないか。

本論考での空間とは堅固な建築物で囲まれた静態的な空間ではなく、選手=人と人を仮想的に結ぶラインにかたどられた、時々刻々と動態的に変わる「空間」である。ピッチ上にあるのは、勝つため、相手のゴールにシュートを決めるため、ただその一点の目的に収束される規律をもった集団同士がただひとつのボールを競う「空間」であった。
11人同士の集団が織り成す競技を観戦者は読解していく。
 遠くからはケイオス=混沌としか見えないその人の流れ=ダイナミズムを、あるときは、選手のスタート・ポジションを文字(WMスタイル)、あるいは数字(1-4-3-3 , 1-4-4-2など)に置き直して理解しようとした。
 さて、その文脈のなかで「集散」、「空間」、「軌跡」の3要素でサッカーを読み直してみよう。

ケース1
チャンピオンズ・リーグ 2016-2017 マンチェスター・シティ vs バルセロナ
欧州チャンピオンズ・リーグは、欧州各国の前年度リーグの優勝チームや上位チームが1年をかけて最強チームを選ぶリーグ戦である。そこで繰り広げられるサッカーはまさに時代の最高度のサッカーと言えよう。
数ある名勝負のなかでこの試合を対象に選んだのには理由がある。バルセロナは、レアル・マドリード、アトレチコ・マドリード、バイエルン、ユベントス、とともにベスト8の常連であり、一時代を画した「最強クラブ」の一角である。対するマンチェスター・シティは、欧州チャンピオンズ・リーグでの戦績は目立ったものはなくとも、世界トップレベルを誇るイングランド・プレミアリーグで常に優勝争いをしているビッグクラブであるだけでなく、監督のグアルディオラこそ最強バルセロナを作り上げた人物であるからだ。いわばこのマッチは、最強バルセロナに元バルセロナ監督が率いるシティがどう挑むか、というサッカーファンが待ち望んでいた試合だからである。

マッチレポート
2016年11月2日
マンチェスター・シティ(4-2-3-1) vs バルセロナ(4-3-3)
前半
 ・15” マンチェスター・シティ、アグエロのドリブル突破
 ・ボールホルダーへの寄せが速い両チーム ⇒ 集散が非常に活発
 ・25” バルサのカウンター攻撃から、メッシ先制点。左からのネイマールのパスをシュート。
 ・シティ、DFから中盤までビルドアップできず。
 ・バルサ、自陣ゴール前からショートパスをつなぐだけで真ん中からシティのゴール前に殺到、
 ・シティ、左サイドバック サワレタ、ボールを前にフィードできず。
 ・35” バルサ、FK。徐々にシティを押し込んでいく。
 ・攻撃時のバルサは選手間の距離が一定。バランスが良い。守備時の集散が速い。
 ・42” シティ、アグエロからのパスをスターリングがバルサPA内に折り返しギュンドアンが得点。
 ・44” シティ、バルサ・ゴール前で相手からボールを奪取。左から切り込んでアグエロのシュート。
 ・メッシ、シティPA内で倒されるもペナルティなし。
前半終了
監督の次の一手
 ・バルサは好調、いじる必要なし。シティも盛り返し、破綻している箇所はない。

後半開始
 ・シティ、スターリングにチャンス生まれるも余計なトラップで相手に阻まれる。
 ・シティ、前からプレッシングするが中盤からDFまで距離が生まれ、バルサにスペースを突かれる。
 ・50” シティ、シルバ倒されPK得る。デブルイネ2点目。
 ・バルサ、ブスケツがシティ、フェルナンジーニョを止めきれない。ファール増。
 ・60” フェルナンジーニョからフェルナンドに交代
     61” ラキティッチ⇒
  65” バルサ、中盤でパスカット。フリーでシュートもゴール枠外し、チャンス潰す。
 ・66” デブルイネ⇒スターリング、
 ・メッシが左サイドに張ってから、メッシ側には常にスペースが生まれる。
 ・70” シティ、カウンター攻撃から3点目。
後半終了

まとめ 
バルサはワイドに広がって攻撃した。一方でマンチェスター・シティは右サイドでボールを運んで、左で刺す(シュート)の戦い方。前半は両チームとも左右のスペースに偏りはなく、選手の距離も一定に保たれていたが、後半になると、図示したように、シティの右サイドは人が「渋滞」し、一方で左サイドはわりとオープンになっていく。バルサは左のメッシから攻撃が開始されるため、バルサ選手もメッシに近い距離をとるために集まるし、シティも当然守備に人をかけることにより、このサイドは「密」の状態になる。逆サイドは自ずとオープンなスペースが生まれる。バルサは密集のなかでの突破にこだわるため、逆サイドのスペースはシティが活用することになる。

この試合の分析にはもう少し補足が必要である。
チャンピオンズリーグはホームとアウェーの2試合を行うが、この試合は2試合目であって、この試合の一週間前、 2016/10/19に1試合目が行われている。
4-0でバルサが勝ったこの試合では、バルサは終始バランスよくスペースを埋め、シティに対し優位を保った。メッシの前方にスペースを与えたのも致命的であった。一方のシティは、絶対のFWアグエロを使えず、得点能力、キープ力に長けているデブルイネをワントップに置いて攻撃的布陣で望んだが、バルサ、シティとも両サイドともワイドに張り出し、ピッチを広く使う戦略であったが、選手間のスペースを使うのは、広くても狭くてもボールスキルで上回るバルサが一枚上手であった。結果として惨敗したシティ、ペップとすれば、ワイドなバルサの攻撃に対する対策、それもプランAだけでなく、B,Cと準備したに違いない。ペップのリベンジがなった試合であった。

ケース2
イングランドプレミアリーグ 2016-2017 チェルシーvs トッテナム
次の対象ゲームは、世界でもトップクラスのサッカーを堪能できるイングランド・プレミアリーグから、優勝を争う2チームの対戦を分析してみたい。

マッチレポート
2017年1月3日
トッテナム (3-4-3) vs チェルシー (3-4-3)
前半
 ・両チームとも同システム採用。後方からビルドアップ。コンパクトネス。ボールホルダーへの寄せが速い。⇒ 人の集散が速い。
 ・ハイプレッシングはトッテナムのみ。
 ・その他の違い: チェルシーはポゼッション、
            トッテナムはプレッシング&カウンター。
 ・集散は続くが、両チームとも相手のスペースを埋めて、相手に「組立て」をさせない。
 ・両チームともパスがつながらず、つぶしあいが続く。
 ・両チームともDFの裏のスペースを狙うプレイもなく、パスも選手の足元をめがけて。
 ・同じ3-4-3のため、相手のマークを外せず。マッチアップ=マンツーマンのデュエル(=闘い)が続く。

 ・チェルシー:カウンター、
 ・トッテナムのエリクセンがピッチを斜線の方向にドリブルからシュート、
 ・45” トッテナム先制 右からのクロスをアリがヘッドで合わせる、
前半終了、

ここで両監督の次の一手を予測。
 ・トッテナム: 勝っているチームは、原則、手を加えない。
 ・チェルシー:FWかMFの活性化必須。パッサーが欲しい。マティスをファブレガスに交代してはどうか。

後半開始、
 ・チェルシーは中盤でのチェックが甘く、トッテナムにスペースを与え始めた。
 ・チェルシーのDFラインとMFの間にスペース、DFが下がりすぎ、か?
 ・50''  トッテナム 2点目。 右クロスをアリがヘッドで2点目。
 ・チェルシーの左サイドバックの側でチェルシーのファールが増えてきた。
 ・トッテナム、ボール・ポゼッション率を上げ、ゲームを支配し始める。
 ・60”  チェルシー、ウィリアンを投入。
 ・チェルシー、DFラインを上げ過ぎ。トッテナムのポゼッションの圧力ゆえか。
 ・トッテナムDFはチェルシーにスペースを与えない。チェルシーはチャンスを作れず。
 ・トッテナムDFの守備ブロックの前でチェルシーはボールを回すだけ。
 ・70”- 85”、両チームとも選手交代を繰り返す、チェルシーは打開を求めて、トッテナムは時間を消費するため。
 ・75” チェルシーはファブレガスを投入。前線にパスが回るようになったが、とき既に遅し、か。
試合終了、

まとめ トッテナム 2:0 チェルシー
 両チームとも集散が速く、スペースを埋めて相手のチャンスを潰しあった。チェルシーはゴール前に「バスを停められなかった」
 ※「バスを停める」:マンU監督モウリーニョの言葉。「徹底して守る」の意。ここでは、守りきることができなかった、という意味で使用。

以上が試合を見ながら筆者が記したマッチレポートである。
見直してみよう。
レポートにも書いたとおり、前半を通して両チームともピッチ全体で1対1のデュエルを繰り返したといえる。図もいたるところで人の集散(=両軍の軋轢)が発生している。これではお互いボールを効果的に前に運べず、チャンスも生まれない。トッテナムの1点は、エリクセンの「斜線」の動きがピッチ空間を割いてチャンスが生まれた。エリクセンの個の発想が生んだチャンスだった。
後半は、先制され早く追いつきたいチェルシーのDFラインの背後に生まれたスペースをトッテナムが執拗に繰り返し狙ったことを図が物語る。チェルシーのDFの高めのラインはトッテナムの思うツボだったのである。

このゲームにも補足が必要である。
本試合はリーグ戦も後半のゲームで、トッテナム-チェルシーのマッチは本シーズンで2戦目であった。1試合目は2016/11/27 。試合結果は、チェルシー- トッテナムは、2-1でチェルシーに軍配があがっている。手元に有る筆者のマッチレポートのまとめをみると「ハイプレッシングのトッテナムに対してチェルシーは中盤のディフェンスでボールを奪うと左から運んで右から刺した」とある。
トッテナムのハイプレスから始まったゲームは徐々にチェルシーのボールの出口を遮断し、トッテナムは左のダイアからボールを運び、ロングボールでサイドを変え、FWケインに託す攻撃をする。チェルシーは、右ウイングバック、モーゼスや右インサイドハーフのウィリアンを活用し、右でボールを奪うと右を起点に、右→左→右とボールを回して、最後に右でシュート、「刺した」のである。中盤右のスペースを制したチェルシーの完勝であった。
このゲームを踏まえて2戦目に臨んだトッテナムは、中盤で真っ向からデュエル(闘い)を挑み、中盤をチェルシーに支配されないようにする一方、人の集散を乱す、エリクセンの「斜線」の動きでゲームを制したわけである。

「空間」と「集散」の様子は、図やレポートから明らかだろう。

「空間」と「集散」の2要素から生まれたボールの動きは、レポートでトッテナムの得点の場面での、アリへのクロスの言及が2回あるだけで、具体的には触れていない。「スペース」(=空間)、「集散」、この2点に注目することによって、自ずと「ボールの出口」(=「ボールの軌跡」)が浮かび上がる、ように表記を心がけたつもりである。
一般的なシステム論表記(3-4-3)を冒頭で使用し、図にも掲載したのは、理由がある。前述の「空間」と「集散」を生んだ理由を探るヒントになるからである。選手の(原則的な)ポジションとさらに選手の特定(名前や仕様)ができれば、どこで誰と誰の軋轢、あるいは集散で空間が粗密になるのかを把握することが可能となる。監督目線で「集散」と「空間」をみることはゲームをマクロで把握するということである。さらに個々の選手のスキル、コンディションを念頭においた監督が自軍の個々の局面に目を凝らせば、勝つための次の一手が見えてくるはずである。
観戦者とて同じである。とはいえ、観戦者には監督と同じ情報、個々の選手の属性、コンディションがわからない。しかし、マクロな視点で「集散」と「空間」をみれば、「ボール」の動きの必然、さらには「ボールの軌跡」がみえてくる。監督目線に近い感覚で次の一手が読めてくる。観戦者としての予測が、実際の監督の具体化と異なるのも、観戦の醍醐味である。監督の別の見方を推理する楽しみも生まれる。こうしてサッカーゲームそのものへの理解もさまざまな観点で深くなるとは言えまいか。

 チェルシーの戦略とトッテナムの戦略
 トッテナムのサッカーの源流 ⇒ゲーゲンプレスの歴史
 戦略化された集散、戦略化された空間

現代サッカーの到達点である2つのケースから、集散、空間、ボールの軌跡の3つの観点で見直す作業をしてきたが、ではこの現代サッカーはどのようにして生まれ、進化してきたか。
やはり3つの観点でサッカーの歴史をさかのぼってみたい。
フットボール史を現代から過去にさかのぼる。出発点はやはりバルセロナ・サッカーだろう。

以下次号に続く。


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