リレー小説 合宿2024(仮題) vol.1

先日の春合宿の際に、会員八名によるリレー小説を作成しました。3/28から4/4にわたっての八日間での連載を予定しています。



 怪獣というのはあまりにも巨大なものだから、ごく小さい人間どもの都合など知ったことではない。
 なるほどわざわざこちらを狙って殺してくることはないけれども、しかし、大都会の真ん中を決戦の舞台に選びやがったおかげで何千人が踏み潰されることになるか、連中が考えることもまた、ないらしい。

「先輩! 先ぱぁい! 離れないでくださいよ!」
 いま、僕と先輩は逃げ遅れた多くの民衆でごった返す東京駅丸の内駅前広場にいて、あっちこっちと押されながら、怪獣たちが戦うのを眺めている。恐怖に慄く民衆はきゃあきゃあ叫びまくりながら我先にと駅舎へ殺到し、僕と先輩とは互いに手を握り合って、人の流れに揉まれつつ、ぎりぎりのところではぐれずに済んでいる。
 殴り合う怪獣たちの一方は、甲殻類のような鋭い八本の脚、真上へと伸びる長大な尻尾、イグアナのような胴体と魚の鱗、そして髭鯨の顔をもったキメラ状の巨大怪獣──暴食大怪獣『ガルガンチュア』。そしてもう一方は、ステゴサウルスを思わせる四本足と巨大な二列の背鰭、そして二本の首を持つ化け物──双頭怪獣『ヒドラザウルス』。いずれも政府公式による命名だ。こいつらの同時襲来により、東京は大混乱状態にある。
 何の故か引き合ったこの二大怪獣は遂に東京に至り、古い友と抱き合おうとするかのようにして互いに走り寄り、そのまま国会議事堂を巻き込んで正面衝突した。瓦礫と煙を撒き散らしながらゆっくりと倒壊してゆく白亜の中央尖塔を目眩しにしつつ、ガルガンチュアは鋭利な先端を持つ脚をばたつかせてヒドラザウルスの首筋に突き刺しにかかる。双頭竜は長い首を器用に蠢かしてそれを回避しながらじりじりと後退してゆく。と思えば身体を振って尻尾を薙ぎ払うように振り回す。今まで地球上に存在した全てよりも太い棍棒によってぎらぎらと鱗の輝く胴体を強かに打たれた暴食大怪獣は体勢を崩し、ガチャガチャと多脚を交差させつつ、国土交通省、総務省、警視庁あたりの庁舎を弾き飛ばしながら、茶色い煙を伴って、桜田門を踏み抜き皇居外苑へと侵入する。
 怪獣たちがさらに大きく見えてくる。ヒドラザウルスの虹色の巨体が、ガルガンチュアの八脚を引きずって、皇居外苑の地盤をバキバキと叩き割りながら、行幸通りの高層ビル群の間、額縁のようにぽっかり空いた領域へとフレーム・イン。
 もはや、視界の半分は彼らの大喧嘩に占められている。
 いよいよ強硬状態に陥った避難民の悲鳴。すかさずそれを打ち消す、二大超怪獣の絶叫。
 彼らの口から発せられる空気圧は音であることを超えた物理的な衝撃波となって広がり、ビルたちは窓ガラスをまとめて剥ぎ取られ、神なる怪獣たちの前に平伏すかの如くガタガタと揺れる。日本中の楽器を全部集めて一斉に鳴らしたって、こんなことにはなるまい。
「ちょっ……」
 その音圧に怯んだ刹那、先輩の手が僕の手から離れた。支えを失った彼女は殺到する人々でもみくちゃにされてゆらゆらと移動しながら、しかし視線は一点、怪獣たちを見つめている。その表情は恐怖に歪むでもなく、かといって笑っているでもなく、ずっと朗らかだった彼女が今まで見せたことがないほど純粋な、凍てつくような真顔である。さらにどういうわけか、人流の間を器用にすり抜け、東京駅舎を背にし、怪獣たちの組み合う皇居の方へとふらふら進んでゆく。口元をブツブツと動かしながら、右腕をまっすぐ上へと伸ばす。
 何事かも把握できぬまま、とにかく先輩をこのままにしてはおけぬと、人の波をかきわけかきわけ、追い縋ろうとするけれども、しかし彼女ほど器用にはいかず、足を踏まれ、肩がぶつかり、真正面から押し戻され、距離をぐんぐん離されてしまう。
「どうしたんですか! 戻ってきてください! 早く────」
 そう言いかけたとき突然、世界から光が消えた。
 いや、違う、何かが僕らの頭上に躍り出て、太陽が遮られたのだ。一体…………。

 ガルガンチュアに背負い投げの要領で放り投げられたヒドラザウルスが、行幸通りのビル群を削り取ってなお勢い衰えず、僕らの頭上へと真っ直ぐに落下しようとしていた。
 推定七万八千トンを数える超巨体が、僕らをまとめて押し潰そうとしている。
 有無を言わさぬ質量の暴力。耐えられるものは、誰一人としておるまい。
 周囲の全てがスローモーションになり、人々の声が聞こえなくなり、視界がモノクロになる。その中で、なおも真っ直ぐ腕を天へと伸ばす先輩の姿だけが、浮き上がって見える。

 先輩────────。
 一体全体、何がどうしてこんなことになってしまったのか。

 全てはちょうど一ヶ月前、二〇二四年二月二〇日に遡る。

(牛の眼)

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