リレー小説 合宿2024(仮題) vol.2

先日の春合宿の際に、会員八名によるリレー小説を作成しました。3/28から4/4にわたっての八日間での連載を予定しています。

 とは言っても、途中までは特に変わりのない日だったのだ。少なくともその時は、そう思っていた。
 心地の良い惰眠から目覚め、冷凍しておいたパンをおざなりに焼いて食べる。引き伸ばされたような時間の中、日に透かされてワタボコリが舞っている。二月にしては暖かい日。
 パンくずが不意に口からこぼれ落ち、毛布に落ちそうになってとっさに吸い込んだ。半年以上畳んでいない折りたたみベッドに腰掛けていると眠気がまた襲ってくる。倒れ込むと心地よいスプリングの振動が背中から伝わってきた。視界の端の小さな鉢植えから出たつるが蠢いている。目を閉じて睡魔に身を任せた。そういえばイチゴに水をやっていないが、まあ、いいか……。

ピンポーン

――身体が持ち上がらない。

ピンポーン

――瞼の裏の虹色に魅入っている。

ピンポーン

――なにかを思い出しそうだ。

ピンポーンピンポンピンポンピンポン
「いやうるさいな!」
 そう叫ぶと、僕は金縛りから解放された。
 ドアの向こうの某は、今どき小学生でもやらないほど執拗にチャイムを押し続けている。完璧に目覚めてしまった。僕はもたつく足どりで玄関のサンダルを引っ掛ける。

 覗き穴から覗き込むと、そこには先輩がいた。

 先輩は、先輩である。どこで出会ったかは覚えていない。こうして歪んだレンズごしに見ると初対面のようにも思えるが先輩だ。同じ学校や習い事に所属していたこともないが、しかし先輩は先に産まれ先をゆく者だったから、先輩になった。
 先輩は、左手でドンドンとドアを叩きつつ、右手では玄関チャイムを連打している。大げさな動きのはずなのに、柔らかく背中に流れる長髪も白いその顔色も1ミリもブレず、変わらない。胴体と腕が分離しているかのようだ。
 起きてから着替えてもないのでためらうが、剣幕に気圧されて寝巻きのままドアを開く。
 ドアチェーンごしに視線が交錯した。周囲が静寂に包まれる。
「……先輩」
「まさかと思って来てよかった。ほら、部屋に入れて」
「……何、言ってるんですか先輩」
「もしかしてギリギリのタイミング? なかなか運がいいのね」
 そのままドアチェーンを引き上げて外そうとするので、思わず手を掴んで止める。
 冷たい。
 怯んだすきに先輩はドアの隙間に革靴を差し込んできた。
「いいから部屋に入れなさい! 何かおかしいとは思わないの?」
「ええ? なんですか突然、おかしいのは先輩だけですよ」
 そもそも彼女に住所を知らせたことがあっただろうか?
「……本当に気づいていないの?」
「はい」
 色褪せた室内を見渡すまでもなく、自信を持って言った僕を、先輩はねめつけた。
 じゃあそれは、と顔面に人差し指を突きつけられる。
「な、なんです?」
 顔に手をやると、さっきのワタボコリのように細い繊維が口元に付いていた。つまみ上げると後から後から長い繊維が口から出てくる。
 僕が、蜘蛛か蚕になったようだった。
「前言撤回。もう手遅れみたい」

(ブレミエス)


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