リレー小説 合宿2024(仮題) vol.5

先日の春合宿の際に、会員八名によるリレー小説を作成しました。3/28から4/4にわたっての八日間での連載を予定しています。

 蚕というのは蛾の一種であり、人々の生活に密着した存在だった。その繭から取れる生糸の生産、輸出が盛んだった頃にはお蚕様として大層な拝まれようだったそうだ。虫に対して様をつけるなんて、と僕なら思うし、そう思っている人も結構いるかもしれない。これまた僕の思っていることだが、お蚕様とは元々蚕ではない別のもののことを指していたのではないだろうか。少なくとも僕の育った村ではそうとされている。
 僕の地元は某県にある、四方を山に囲まれた村だった。人もそんなに多くなく、典型的な田舎の村である。生糸が特産品である地域に位置し、例に漏れず、僕の村も生糸の生産が盛んだった。普通と違うのは、僕の村には『お蚕様』がいたことだ。『お蚕様』はどう見たって大きな蛾にしか見えないが、村中から尊ばれ、崇拝されていた。そんなに崇めるのは、『お蚕様』が蚕を村の人々に与え、そのおかげで村が潤ったからだという。元々『大蚕様』だったのが時代を経て『お蚕様』と呼ばれるようになった、と言う話も伝わっている。何にせよ蚕が先にあって『お蚕様』の名前が付けられたのだろうに、この村では『お蚕様』の存在が先だと言うことになっている。物語ではこういう村には大概きな臭い風習があるものだが、さすがに生贄などの話は聞いたことはない。村の長老は『お蚕様』にお供物をしているが、それだって一般的な桑の葉だ。もちろん僕が生まれてから行方不明になった人はいないし、両親が知る限りでもそうだ。一応、お決まり通りに村が危機になった時には助けてくれるという話もあるが、助けてもらったこともない。『お蚕様』はただいるだけなのである。何もしない大きな蛾が常にいて、村人はそれを受け入れているどころかその蛾を崇めているのだ。僕が虫嫌いになるのも当たり前だろう。『お蚕様』も村も僕は大嫌いなのだ。
 実は村救済の話には続きがあって、その時に村の人間から『お蚕様』の使いとも呼べる存在が選ばれると言う。僕は生まれてこの方そのような存在に出会ったことはない。村の文献には誰が選ばれたとは書かれていても、どのように村を救っただとか、選ばれた人間がその後どうなったのかとかは書かれていない。どこかが腫れた、みたいなある特定の状態になった人を選ばれただなんだの騒いでいただけなのだろう。『お蚕様』はただの大きな蛾でしかないはずなのだ。村の救い主だったり、人間の味方だったり、そんなのはただの伝説なのである。そんなフィクションのようなことはないのだ。ないはずなのだがーー
 ピンポンピンポンピンポーン
 何度眠気に身を任せようとしても毎回ベルの音に中断させられる。睡眠、中断の繰り返し。嫌なことまで思い出してしまった。今度こそ安眠を得ようとするが、ピンポン、と再びベルの音。あまりに繰り返されるベルの音、いつまで経っても諦めぬ相手に痺れを切らした僕は、ついに扉を開けた。

(藤巴)

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