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プロはパーツから語る「世界一細かい楽器紹介」フルート編#1

演奏会によく来る人も音楽はもっぱらオーディオで聴くという人も、オーケストラの中の楽器については知っているようで知らないことも。学校の授業で習うような普通の知識にちょっとプラスして楽器に詳しくなれるお助けになることを目指して『世界一細かい楽器紹介』シリーズ、今回はフルート編の第一弾です。

第1回、第2回とトロンボーンを取り上げました。トロンボーンについては残すところベルを見る回とリードパイプ(マウスパイプ)を見る回と今の所の予定ではなっていますが、その深淵なる世界を紹介するにはまだ取材の時間が必要と言うことで、今回は一旦違う楽器、フルートに注目してみようと思います。

今回の主役はこちら

木管楽器をご紹介

今回楽器を紹介してくれるのは新日本フィルハーモニー交響楽団(以下新日本フィル)フルート·ピッコロ奏者の渡辺泰です。トロンボーン編の第一回から記事を読んでくれて、感想も聞かせてくれているこのシリーズの読者の1人でもあります。


今回の主役・渡辺泰

フルートの歴史

 まずはフルートという楽器の定義と歴史についてみてみましょう。
音楽大学で楽器学の授業をとった方なら覚えがあるかもしれないホルンボステル=ザックスによる楽器分類法によればフルートは気鳴楽器に分類されています。
構造がシンプルな気鳴楽器(フルート)は古くは四万年前のネアンデルタール人の生活跡からも発見されていることから、かなり昔から人々の生活の中に入り込んでいたことがわかります。

ざっくりとした楽器の進化過程としては、動物の骨に穴を開けたもの、植物を利用したもの、石や土(焼き物)を利用したもの、木を削ったもの、といった過程を経ています。

ここまではフルートのご先祖さまといったところでしょうか。
現代のオーケストラで使われているフルートに姿が変わるのは、その長い歴史の中から見るとずいぶんと最近の話で1832年と1847年にテオバルト·ベームが発表したベーム式フルートの登場によります。
それまでの楽器はシンプルなフルートに半音階を出すためのキイがいくつか付いているものでしたが、ベームはより大きな音を出すためにトーンホール(音孔)を大きくし、小さな手では塞ぐことが出来ないトーンホールを塞ぐためのキイを付け、一本の指で複数のトーンホールを塞ぐためにメカニカルを作り替えました。
トーンホールを大きくするという改良を実現するために、大きな穴でも安定して楽器が作れるように素材が木から金属に変わっていきました。

ざっくりとしたフルートの歴史を振り返ったところで現代のオーケストラ、新日フィルで渡辺が吹いている楽器を、みてみましょう。

今回の主役Louis Lot

なかなかに風格のある見た目をしています。

一見したところ渡辺の楽器はその渋い輝きからかなり年季が入っていそうですが、いったいどれほど古い楽器なのでしょうか。

この楽器はフランスのLouis Lot(ルイ・ロット)というメーカーのもので、そのロットの歴史は1855年に遡ります。前述のベームが1847年のパリ万博でベームが発表した新システムの特許を買い取ったゴドフロワとの協業により独立したメーカーです。初代のLouis Lotさんが楽器を製作する会社を立ち上げ、その後6代に渡り1951年頃まで約100年ほど続くのですが、こちらの楽器はその5代目Ernest Chambilleさんが工場長を務めていた頃の楽器です。筆者は弦楽器奏者なので自分の楽器を覗き込めば誰が何年頃作った楽器だというラベルが貼ってあるのがわりと当たり前なのですが、管楽器だとそれにあたるのが頭部管に入っている刻印です。


シリアルナンバーが打刻されてます

こちらの刻印でこの楽器が来歴がわかるようになっています。こちらの楽器の制作年は1906年というところまで分かっているそうです。
そして100年以上前の楽器ということが次に紹介する箇所の肝となってきます。金属製の楽器はどうしても制作過程の中で溶接する箇所が生まれるので、その溶接にハンダを使うことになります。ハンダは短いスパンでは変化はないものの数十年たつとだんだんと痩せてきます。

フルートを横から見てみよう

さあフルートを横の角度から見てどこに使われていたハンダが痩せてくると困ってしまうのかを見てみましょう。

音孔を横から見た写真

楽器本体から煙突のように突き出ているトーンホールという部品が並んでいるのが見えます。その上に屋根のように浮き上がっているのがキーです。このキーが穴を塞ぐことにより空気の流れる管の長さが変わり音の高さが変わって音階を演奏できます。そしてその煙突を接着しているハンダが痩せてしまうと管体と煙突との間に隙間が出来てしまい、空気が抜けていく隙間ができてしまいます。そうなってしまうと楽器奏者の工夫とテクニックではどうにもならないので楽器をオーバーホール(分解点検修理)する必要が出てきます。渡辺の楽器は制作からすでに100年以上経過しているため、やはりハンダが痩せてしまうトラブルに見舞われたそうです。そして先ほどの写真はオーバーホールが終わった後の写真です。

ここで注目すべきなのは煙突が綺麗に同じ高さに揃っているということです。楽器の演奏性能からするとここが同じ高さに揃っているのはもちろん必須条件なのですが、楽器の組み立て過程そしてオーバーホールの過程を聞くとこの高さが揃っているのいうのが、高度な職人技のおかげであることがわかります。

この楽器をはじめに製作したErnest Chambilleさんは胴部管を作り、そこに音孔を開けて、煙突をハンダ付けした後に高さを揃えるために削ることができます。
しかしながらその数十年後にこの楽器をオーバーホールする事になる職人さんは、すでに高さが調整されている各煙突部分を外した後に、ピッタリおなじ高さにハンダ付けし直さなくてはいけないのです。

話を聞いた当初、私はまた同じように煙突部品を接着して上を削って面を出せばいいと軽く思っていましたが、よくよく考えて見たらこれは歴史的に価値がある楽器。おいそれと部品を交換するのでは無くできる限りオリジナルの状態を保つのも楽器の歴史の一部になった奏者の役目なのです。ということでその難しい作業をやってのけたフルート職人さんの作業後のコメントは「できることなら2度とやりたくない作業だった」とのことでした。

渡辺泰のフルート全体を見てみよう

そんな過程をへて万全な状態へと復活した渡辺の楽器ですが、今度はケースに入っている状態で見てみましょう。


普通のフルートに見えますが、、、

フルートに詳しい人が見るとこちらの楽器のケースについて不思議なところに気がつくはずです。

より、一般的な現代のフルートと並べてみましょう。


下のフルートが一般的な楽器

ケースの大きさが全く違うことがわかります。
上が渡辺のフルートです。こちらは現代のよくあるフルートだと取り外すことが出来るはずの胴部管(主管)と足部管が繋がっているのです。なので収納するケースもコンパクトにはならないのです、

この仕様はとても珍しいものでこの楽器以外に数本あるという噂は聞いていますが、実物は渡辺も私も見たことがありません。そんな話を渡辺としているタイミングで某アメリカの楽器店のホームページに胴部管と足部管のつながった初代Louis Lotさんの制作した楽器が売りに出ているのを発見しました。渡辺も「初代が連結したモデルを作っていたのか」という驚きがあったそうです。
この仕様がサウンドに与える具体的な影響については特にないそうです。「あきらかにこちらの方が良ければこれがスタンダードになるでしょ」との渡辺のコメントです。

頭部管を見てみよう

次に先ほどの刻印が入っていた頭部管に注目してみましょう。


5代目Louis Lotの頭部管

フルートの頭部管は円錐管とよばれ真っ直ぐな管ではなく片側が細く反対側(胴部管がわ)が太くなっています。この絞り(テーパー)具合は各メーカーで秘伝のタレ的な独自の絞り具合があるそうです。渡辺の楽器は作られた時(1906年)のままだそうですが、演奏上の機能を求めて頭部管のみを置き換える人もいるそうです。
この記事を書いているタイミングで新日フィルの公演に出演している方々の楽器も(頭部管にだけ注目して)比較のために見てみましょう。

まずは新日本フィル首席フルート奏者・野津雄太の演奏するムラマツフルートの頭部管はこちら。

ムラマツフルートの頭部管


次に新日本フィルフルート奏者・野口みおの演奏するパウエルフルートの頭部管がこちら。

パウエルフルート・ハンドメイドモデル(シルバー)


今回の執筆期間中の公演に客演してくださっている若松純子さんの演奏する同じくパウエルフルートの頭部管がこちら。

パウエルフルート・ハンドメイドモデル(14金)

先ほどの野口の楽器とは同じモデルながら素材違いとなっています。

各メーカーの頭部管のみを写真に納めさせてもらいましたが、絶妙なテーパー具合の違いが写真にて伝わりますでしょうか。

以上頭部管を続けて4本ご覧いただきました。
次回のフルート編#2ではフルートのカスタムや特殊管と呼ばれる楽器について記事にしていきたいとおもいます。

(文・写真:城 満太郎)

城 満太郎 (じょう まんたろう)

千葉県出身。東京藝術大学音楽学部を卒業後渡独。ベルリン・ハンスアイスラー音楽大学卒業、ミュンヘンフィルハーモニー管弦楽団より奨学金を受け同オーケストラアカデミーにて研鑽を積む。吉田秀、永島義男、エスコ・ライネ、マティアス・ウェーバー、スラヴォミル・グレンダの各氏に師事。
2011年入団。現在新日本フィル コントラバス・フォアシュピーラー。

Twitter:@JMantaro
Instagram:@MANTAROJO



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