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ザリガニは地雷の上を歩く

 日本人の女性の多くは、肌にすごくこだわる生き物だと思う。生まれ持っての性分なのか、大人たちの影響なのか、「スキンケア」という言葉は小学校高学年から友達の間で聞くようになったと思う。中学にもなれば、メイクやコスメに次いでよく出る話題になった。

 バレエのリサイタルのときくらいしか化粧をしないし、顔は朝と夜に石鹸で洗うだけの私にとって、そういった「ガールズトーク」は全く興味を持てなかった。爪弾きにされないように、そういう話題のときはとりあえず「その色可愛い~」か「同じの使ってる~」と言ってごまかしたし、化粧をしないのは「肌が弱いから」という理由を通していた。

 そんな私が唯一興味を持てたのは、日焼け止めの話題だ。夏になると、シーブリーズや汗拭きシートと同じくらい頻繁に聞く。そして日焼け止めなら自分も使っていたので、話が分かるのも嬉しかった。

 何よりも、様々な種類の日焼け止めの感想を聞けるので、これがなかなか楽しかった。いいにおいだったり、ベタつかなかったり、高校生になると「イエベ」「ブルベ」なんていうワードが登場し、肌の色に考慮した色付きの日焼け止めなんかも出てくるようになった。

 ただ、結局元々効果が弱いのか、塗り方が悪いのか、肌に合っていないのか、塗っていない日があったのか、ほとんどの女子はどうしても少しは焼けてしまうものだ。夏休み明けに学校に戻った時は、念入りに塗っていた子でも褐色になっていたりする。

 私はそんな肌が小麦色に焼ける女子たち(もちろん男子も)が心から羨ましかった。

 私の場合、日焼け止めを塗っても塗らなくても、基本的には白いままである。基本的には。父方の遺伝子の影響で、肌のメラニンが少ない。そのため、日焼けをすれば…日焼け止めを塗らずに太陽の下を歩こうものなら、私の肌は真っ赤に火傷を負ってしまう。まるでザリガニのように。

 美容というよりは、完全に身の安全のために日焼け止めにはお世話になってきた。日焼け止めが嫌いだった幼少期は、夏に外へ遊びに行って、真っ赤に焼けあがって、水ぶくれも作って泣きながら帰ってくることも何度かあった。(何度母親が「またやったの?」と呆れて薬を塗りたくってくれたことか。)

 そんな痛い思いを毎回するくらいなら、そしてべたべたと気持ち悪い日焼け止めを毎日つけるくらいなら、私は肌が黒くなる方がよっぽど嬉しいなと思っていたし、今もそう思っている。中学1年の夏休み明け、それが地雷だと気づくのに私はまだ幼すぎた。

 「ロミちゃんさ、さすがにわかりやすすぎるからやめなよ、嫌われるよ?」

女子トイレで同じクラス、同じ委員会に所属する友達に言われた。手を洗うために耳にかけた黒髪の奥、夏休みを楽しんだ痕跡の金色のメッシュがわずかに見えた。

 「どういうこと?」

 「みんな肌が黒くなるのを気にして頑張ってるのに、そこで肌の白いあなたに褒められると、はっきり言ってむかつく。」

 そんなこと?と思った。休み時間、女子数人でしゃべっているとき、日焼けの話題になった。「見てよ、めっちゃ黒くなった」「最悪」などと言う嘆きや「日焼け止め塗っててよかった~」という声が飛び交う中、一人の子が私を見て、「上條さんは全然焼けていなくていいね」と言ってきた。私は「綺麗に焼けている方が羨ましいよ。健康的だしいいな~」と、本音をそのまま言った。確かにそのとき、一瞬その場が白けたような、女子たちが少し顔を引きつらせていた気がしたけれど、何がいけなかったのか、私は本気で分からなかった。

 「聞いたことある、あっち(欧米)だと褐色の方がモテるんでしょ?」

 それは知らない。どこの情報なんだろう。

 「多分考え無しに思ったことをズバズバ言っちゃうんでしょ、ハーフだから。」

 さすがにカチンときた。自分も結構ズバズバ言うじゃないか。

 「いや、こっちは日焼けする度に痛い思いしないといけないんだけど?だから羨ましいのであって、ハーフは関係ないよ?」

 精一杯冷静に返したつもりだったけど、何せ「ズバズバ言っちゃうハーフ」だから、感情が剝き出しだったかもしれない。

 「まあ何でもいいけど、ここでは白いのは少数派だし勝ち組だから、嫌われたくないなら他の日本人と同じように振舞ってた方がいいよ。」

 それが嫌なら日サロに行けば?と去り際に言い、その子は先に女子トイレを出ていった。何なんだろう、生意気な子だなあ。日本人にも黒くならない人とかいるでしょ。「ハーフだから」と言われてイラっとしたし、多分あの様子だと私のことが嫌いだけど、なるほど、そうなのか。肌が焼けていることは、美白至上な日本のガールズコミュニティに生きる大半の子にとっては欠点とみなされ、それを羨ましいということは地雷なのか…。私はしばらく女子トイレの洗面器で考えこんだ。

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 以降、変わらず女子の会話には少し参加していたし、金髪を隠しているあの子とも何もなかったかのようにしゃべっていたが、色白を褒められれば、「いい日焼け止め使ってるから」とか「メラニンが少なくて」と返している。たまに「おかげさまで」をつけ足してみたり。そんな調子で2年生に上がっても、私は地雷の上を慎重に歩いた。

 ただ変わらず、小麦色に焼ける肌は憧れる。私には一生できないだろうし、きっと似合わない。表面上は私も日焼け止めを皮膚呼吸ができなくなるほどに塗りたくる日本人女性だが、目的や理想は少し違う。「ハーフ」と一括りにされたり偏見で捉えられたり、マイノリティーという自覚はあったが、些細なガールズトークでもそれを気にしないといけないとは思わなかった。

 男子だったら何か違っただろうか?

著:上條ロミ

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