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【自己紹介②】挫折の連続だった専門学校時代

(前回)高校卒業までのお話はこちら↓


高校卒業後、すぐにボストンに直行!バークリー音楽大学に入学!

と行きたかったのですが、その頃バークリー音楽大学に入学するにはバークリー音楽大学の卒業生からの推薦状が必要という厳しいルールがあったので、卒業生が講師を務められていた東京の音楽専門学校に入学しました。

生まれて初めて正式に音楽を学べるということ、また東京という大都会にもワクワクしながら新生活をスタートしました。

その当時、日本のトップスタジオミュージシャンの一人でもある松木恒秀さんのレッスンを受けられるなど刺激的な毎日を送ることが出来ていました。


しかし、ある日の授業、


先生が「そこの君、この音は何?」ピアノで弾いた音階を私に答えるように言いました。

まさか当てられるとは思っていなかったので、パニックです。
しっかり音を聴いていなかったので、答えられませんでした。

先生から「君は耳が悪いのではなく、頭が悪いんだ」と言われてしまい、心底落ち込みました。

「このまま音楽を続けていていいんだろうか?」と悩みました。

また、ある時のギターレッスン、その時は松木恒秀さんのトラの先生でした。
うまく弾けない私にむかって、その先生は

「君がバークリーに行っても仕方ないんじゃない?」と。

またしても落ち込みました。
「こんな自分がバークリーに行っても仕方ないんじゃないか」と。


私は「頭に浮かんだことは実現できる」と思い、音楽の道をスタートしました。
音楽的には天才でないこともわかっていました。
なので、「人として成長する」ことしか自分には成功の道はない、と思っていました。


でも実際に、音楽的の部分でこんなに明確に力がないことに気づかされると、さすがの私もかなり落ち込みました。


私は昔から、そして今もですが、「全ては自分の責任」と考えるようにしています。

上記の二人の先生は悪くはなく、

「聞かれた音に答えられなかった自分が悪い」

「うまく弾けなかった自分が悪い」

のだと、考えるようになりました。


私は「天才だから音楽を始めよう」とは元々思っていなかったはずなので

出来ないことは想定内、それを出来るようにしていくことでしか自分は成長できないはず

なので、具体的にできないことが分かったら、それを出来るようにしていけば良い、

と考えるようになり、とても楽になりました。


この二つの出来事は、

「才能があるから始めた」のでなく「好きで好きでしょうがないから始めた」という、

音楽の道に進もうと思った高校二年の夏の日の決意を思い起こさせてくれる忘れられない出来事となり、

その後も逆に私に勇気をくれました。


今人を指導する立場となって考えると

「君は耳が悪いのではなく、頭が悪いんだ」と言った先生の本意が分かる気がします。

人はうまくできないことがあると、その特定の能力や力を否定されているように思いがちですが

実は元々の人間の力で解決できることが多い、と私自身生徒さんにアドバイスすることも多いです。


その先生は「落ち着いて考えてみなさい、集中して聞けば絶対に音はわかるはずだよ」

と、私の人間力の引き出そうとしてくれたのではないか、と思うのです。


わずか1年での在学ではありましたが、この東京の音楽専門学校での経験は、その後のバークリー音楽大学留学に向けての

文字通りのステップとなり、かけがえのない財産となったのです。


次回は、いよいよバークリー音楽大学に進学します。


小泉 誠司

2022/01/29 追記:続きはこちら↓


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