Kutulu「見ると死ぬ鏡」小説風リプレイ

田亀源五郎視点の物語


キャラクター設定

田亀 源五郎
20代半ば。分家の五男という、家を継げる望みもない立場ゆえ、家のコネにより遠退村で駐在をしている。
あまり表には出さないものの、村一番の権力を持つ藤澤家の一族であるという自負は強く、余所者が村で大きな顔をするのを嫌う。
信心深く、迷信も信じるクチ。



本家の当主、藤澤左衛門が亡くなった。義理人情を大事にする人で、小さい頃から随分世話になった「本家の爺様」だ。
俺が村の駐在になれるよう色々取り計らってもくれたし、村の者で爺様の世話にならなかった奴はいない。村人総出で行われた葬儀が終わり、何やかやが落ち着いた頃、現当主徳蔵の息子である三吉から招集が掛かった。遺品の整理や分配を手伝えとの事である。
藤澤家は、何とかいう武家の傍流?か何からしい。大正2年を迎えた今も、遠退村で一番の力を持つ豪農として、村を仕切っている。
それ故、蔵には価値のある物やらない物やら、かなりの量が仕舞われているらしい。その整理の為に分家筋も駆り出されたと、こういうわけだ。
分家とはいうが、家を継げない五男坊の俺にまで声が掛かるのは正直面倒くさいが、藤澤家の縁故で駐在をしている身分では断れるはずもなく。
親父連中の機嫌を損ねて勘当でもされたら生きていけないので、詮もない。

同じ村に住んでいる三吉との挨拶も程々に蔵へと向かうと、ハイカラな恰好をした女がおばちゃん連中と話しているのが目に入った。
分家全部に連絡が行っているとは言え、あいつまで来ているとは。
丁度花子(ヒノトハナコ)は俺とは別の分家で、歳が近いのもあり昔は三吉と三人でよく遊んだものだ。何でも今は帝都で記者をしているらしい。
さて、親類縁者が忙しなく動く蔵の中であるが、俺には物の善し悪しがとんと分からぬ。そういった事に造詣が深い三吉と花子に目利きは任せ、精々邪魔にならぬよう、ゴミとされた物を大八車に移していく。そういえば、三吉がそういった事に詳しくなったのも、ふくよかな見た目からは想像できぬ負けず嫌い故であった。かつては俺に負けまいと体を鍛えようとしたが、敵わぬと見るや、勉学に注力するようになった。今の状況を見る限り、本懐は遂げたと言えよう。



粗方片付いた頃には、真夏とは言え日も落ち始めて蔵の中は薄暗くなり、今日はこれにて解散の運びとなった。親族達も各々の家へ引き揚げ、では俺たちもと外へ出ようとした時であった。
蔵の奥で、黄色い布のような物が翻った。ような気がした。
はてと思い蔵の奥へ戻ると、そこには黄色い雨合羽を着た少年がいた。年の頃は七つ前後であろうか。目元は頭巾を被っている為見えぬが、何処か見覚えがあるようなそんな気がするのだった。
何処の倅だ?その問いには答えず、少年は棚を指さす。その先を見やると、比較的新しい木箱が置いてあるのが目に入った。
「何してるんだ、源五郎。」
近寄ってきた三吉に尋ねられ、箱を見つけた事と少年の事を二人に伝える。
「何を言ってるの、誰もいないじゃない。」
そう言われ少年がいた場所を見るが、花子の言う通り誰もいない。箱に気を取られているうちに出て行ったのだろうか。
「開けてみようぜ。」
早速中を検める三吉。箱に収められていたのは古い銅製の手鏡と、一冊の書物であった。乱雑に仕舞われていた他の品々と違い、書物は虫食いも無く銅鏡もかなり状態は良かった。三吉と花子は好奇心を抑えられぬようであったが、日も陰った今、此処よりも部屋で調べた方が良かろうと提案し、一先ず母屋へ戻る事にした。万一、少年が閉じ込められたりせぬよう、念の為蔵の中に誰もいない事を確認し、扉を閉めて施錠し今日の作業は終りとなった。
俺と花子は本家に泊まる事になっていたので、夕餉やら風呂を馳走になった後、例の鏡を調べる為、三吉の部屋へと集まった。

書物に一通り目を通した三吉が、かいつまんで内容を解説してくれる。
「『志那都比古神熟饌儀(シナツヒコシンジュクセンノギ)』これがこの書物の名だ。」
こういった事は三吉の得意とするところである。
「神饌は神が召し上がる食物で、調理した物を熟饌と言う。分かりやすく言うと供物の事だ。針子池で行われる神事で、飢饉になった時に神熟饌を三度奉納すると天女が降臨し、銅鏡を返す事で長寿と繁栄を授けてくれるそうだ。」
「志那都比古って、確か蒜影(ヒルカゲ)神社の祭神じゃない?昔三人でよく遊んだ池がその針子池だったのね。」
という事はもしかしたらこの鏡は元々蒜影神社の物で、借財のカタに藤澤家に渡ったのかもしれぬ。鏡を手に取り、ためすがめつ眺める。長い事手入れされておらぬだろうに、曇る事無く俺の顔を映している。
「私が先に見ようと思ってたのに! 早く見せてよ。」
待ちきれない様子の花子に鏡を渡す。三吉も横から覗き込み二人で鏡を観察するが、反応が何やらおかしい。黒いだの見えないだの言っているように聞こえたが。何を言っているんだ、ちゃんと映るだろう、と言いかけた時、突然襖が開く。そこに立っていたのは、現当主徳蔵であった。
「お前達、何をしている。」
厳格な父の乱入にすっかり萎縮してしまった三吉に代わり、説明をする。
まだ残っていた物があった事。もう暗かった為部屋に持ってきて調べていた事。そこまで言って鏡に気付いた徳蔵は慌てて袖で顔を隠し、鏡を奪い取る。
「貴様ら、何て事をしてくれた!」
値打ちがある物かどうか調べていただけだ、と伝える。そもそも今日集まったのはその為なのだし。
「分家風情が・・・!」
吐き捨てて徳蔵は自室へと戻って行く。
徳蔵は理に適った考えをする人間で、悪く言うと冷酷なところがあり、どうも好かぬ。人情を大事にしていた爺様の方が、俺は好きであった。
ともあれ、鏡を取り上げられてしまった以上、もうする事もない。昼の疲れもあり皆今日は寝る事にし、各々部屋へ引き揚げていった。




人がバタバタと駆け回る喧噪で、夢の世界から引き摺り出される。
「大変だ、旦那様が神社の池で死んでいる!」
気持ちの良い目覚めではないが、そうも言ってられぬ。徳蔵が死んだだと?
と、ふと気付く。徳蔵に取り上げられた鏡が、我が手に握られているのだ。不可解ではあるものの、今はそれどころではない。鏡を自室の邪魔にならぬ所へ置き、廊下へと出た。三吉と花子も同様に起き出している。兎も角、事の真偽を確かめねばなるまい。三人で徳蔵が見つかったという蒜影神社へと急ぐ。

池の畔、細長いモノに掛けられている筵を捲ると、それは果たして徳蔵であった。簡単に調べた結果、溺死と見て良さそうだ。だがしかし、その首には絞められたような跡が残っていた。更に右手には何かを握り込んでいる。
手を開いてみるとそれは2つの根付であった。一つは村の者なら誰もが知っている家紋が入った物、もう一つはこんな田舎では手に入らぬ、ハイカラな物・・・
周りの者に聞かれるのは憚られる為、三吉と花子を離れた所に連れ出し、根付を見せる。
「私じゃない!」
それが己の物である事を確認した花子が慌てて否定する。此方も別に疑っているわけではない。しかし、こんな物を握っていた以上は、話を聞く必要はあるだろう。
「そもそも俺たちがやったというなら、疑われるような物を持たせたりしないだろう?」
同じく根付が無くなっている事を確認した三吉が言う。それは分かっている。口を開き掛けた時、
「あー、これかい仏さんは。ふーん、これは溺死だな! 大方、池で泳ごうとして溺れたんだろう。」
扇子で顔をパタパタと扇ぎながら、中年の警官が宣う。なんでも隣町から来たらしいが、何故この村には自分という者がいるのに、態々隣町から出張ってくるのだ。余所者がこの村ででかい顔をするのは、正直気に食わない。
「アンタも警官だそうだが、この件の関係者だ。余計な首は突っ込まんでくれよ。」
平は階級持ちの言う事に従っておれ、とその目は言っているのが分かる。実際相手の方が階級は上だし言う事も尤もなので、従うほかない。だがこいつに根付の事を言えば、二人が犯人扱いされるのは想像に難くない。俺は根付を懐に仕舞い込んだ。

徳蔵がいつ家から出たのか。家人や奉公人も誰も見ていないという事であった。徳蔵の部屋に犯人の手掛かりがないか、そしてあの鏡について何を知っているのか、徳蔵の私室を調べてはみたものの手掛かりは無く、昨日読んだ「志那都比古神熟饌儀」にも新しい情報は無い。
そこで三吉と花子は神主に話を聞きに神社へと行き、俺は箱のあった場所に何か関連する物がないか、もう一度蔵を調べる事にした。

蔵の扉の鍵を開け、中に入る。随分と片付いた蔵の奥、黄色い布が翻ったような気がした。いや、まさか。
奥へと歩を進め覗き込んだ物陰、黄色い合羽を着た少年が、いた。
何て事だ、昨日確認はしたつもりだが、閉じ込めてしまったのか。ご免な坊主、寂しかったろう。腹も減ったろう。
声を掛けるが、何も答えない。昨日と同様、目元は見えず笑っているような口元が見えるだけだ。もしかしたら、口が利けぬのかもしれぬ。兎も角、まずは飯を食わしてやらねば。手を引いて母屋へ向かい蔵を出る。
と、掴んでいたはずの手の感触が、無い。振り向いても誰も居らぬ。訝しみ蔵の中をもう一度調べるも、其処にも居らぬ。もしや、あれが「蔵ぼっこ」というやつか。得心がいった。
その後、蔵を調べるも結局鏡に関する物は見つからず、昨日同様蔵の中に人がいないか確認し、扉に鍵を掛ける。そこで蔵に向かって二礼をした後、三吉と花子に合流すべく神社へ向かう事にしたところで、目眩を覚える。暑さにやられたのだろうか。
水を飲み、濡らした手拭いを頭に被って神社へ向かおうとしたところで、またも目眩に襲われ、意識を失った。




背中に柔らかい布の感触を覚え、徐々に覚醒する意識の端に、以前にも聞いたような喧噪が聞こえてくる。
「大変だ、今度は神主様が亡くなられた!」
目覚めると本家の自室、布団の中であった。例の鏡も、昨日置いた場所にそのまま置いてある。何故此処に?誰かが運んでくれたのか?
起きようとするが、全身が筋肉痛のような痛みで、思うように動けぬ。何とか廊下へ出ると、三吉と花子も出てくる。どうやら二人もそれぞれ不調を抱えているようであった。
痛む体を引き摺り花子の部屋へ集まる。お互い昨日(昨日で良いはずだ)何があったか、情報交換する事にした。

神主からは神事の事を聞けたらしい。元々は、廃村になった隣村で行われていた神事である事。廃村に伴い、分社であるこの村の神社に引き継がれた事。時が経ち神事をやらなくなったが、神事はごく一般的な内容で、おかしなものでは無い事。ただ、やらなくなった事で変な勘繰りをする者もいただろうと言う事。
だがそこまで話した時に神主が突然苦しみだして玉砂利になり、そこで意識を失ったという。
途中まで成程、と聞いていたのだが、急におかしな方向に話が飛んだ。
何だ、玉砂利とは。狐狸の類いにでも化かされたか?
此方は特に収穫は無かった旨を伝えた。強いて言うなら、蔵ぼっこに会った事くらいか。
「蔵ぼっこ?何を言っているの?」
知らんか?住み着けば、その家は繁栄するという・・・
その時、廊下をパタパタと走る音が聞こえてきた。大人のものではない、恐らく子供の。訝しんだ三吉が襖を開ける。しかし、其処には子供はおろか、大人すらいない。にも関わらず、三吉と花子は何者かの存在を認識しているようで、「呪い?」「鏡を」と聞き返すように言葉を紡ぐ。一体何者と話しているのか。
「黄色い合羽の子供がいるじゃない。見えないの?」
ああ、それだ。それが蔵ぼっこだ。どういうわけか、今回は俺には見えないらしい。
「そういえば鏡は何処へ行ったんだ。」
鏡なら俺の部屋に置いてあるぞ、と三吉に言う。
「は? 何で!?」
「目が覚めたら持っていた?どうしてそういう大事な事を言わないの!?」
昨日はそれどころでは無かったし、無くなったわけではなく手元にあるなら良いかと思ったのだ。鏡を持ってこようとすると、花子が突如言葉を失う。
俺の後ろ、布団の上には例の鏡が置いてあった。いや、そもそも同じ鏡なのか? 確認の為に自室に戻るが、鏡は其処に無かった。という事は、やはりあの鏡という事になる。まあ、蔵ぼっこの仕業だろう。足音が聞こえたり、物が移動したり、そういう悪戯をするそうだから。
「いや、何普通に受け入れてるのよ!」
コトン。床の間から音がする。こうして部屋の中で話している間にも、鏡は移動していた。もはや間違いない。
あの子は蔵ぼっこであり、こうして悪戯をしているのだ。
それはさておき、さっき三吉が、鏡がどうとか言っていたか。鏡を手に取り、以前と同じくためすがめつ眺めてみるも、何かが変わったという事は無く、俺の顔が映るのみである。
「何を言っているんだ、その鏡は何も映らないだろう。」
なら見てみろ、と三吉に鏡を渡すと、二人が覗き込む。どうだちゃんと映るだろう、と尋ねるも、二人は押し黙ったまま返事をしない。
いや、違う。そうではない。
一切の身動きをしていない事に気付いた。おいどうした、と声を掛け、肩を揺すってみるも、何の反応も無い。声を掛けながら強く揺すっているうちに俺の視界も揺れ始め、やがて意識は遠退いていった。




背中が痛い。どうやら硬い小石が背中に当たっているらしい。目を開けるといつもの自室ではなく、池の畔に寝ている事が分かった。
此処は・・・針子池か。
どうして此処に。今回は一人ではなく、皆一緒のようだ。俺、三吉、花子・・・そしてもう一人。
社に誰かもう一人横たわっている。顔を見合わせ、未だ起きぬ何者かの方へ、ゆっくりと近付く。不気味なほどに静寂に包まれた社、其処に横たわっていたのは神主だった。昨日まで神主だった者の死体だった。
「神主の、死体・・・?」
玉砂利になったのを見たという二人は腑に落ちないようだったが、幻の類いではなく、確かに其処に在る。
徳蔵のように手に何か握り込んでいないかとも思ったがそんな事も無く、さてどうしたものかと思案していると、突然強烈な吐き気に襲われた。
酒に悪酔いした時ですら、ここまで酷くは無い。社や神主の遺体を汚すのは憚られる為、何とか離れた所までふらつきながら移動し、胃の中の物を吐き出す。
ずるり。喉の奥から垂れ出てくる、黄色い雨合羽の、袖。ずるり。ずるり。少しづつ袖から肩口、胴体部分、そして遂にはあの少年を、蔵ぼっこの全身を腹から吐き出す。腹の中の物を全て出し切ったにも関わらず、吐き気が治まらぬ。苦しさに周囲の状況も把握できぬまま、蹲るしかできなかった。

どれくらい経っただろうか、強い光が差してきた。確か彼方は池のある方だったか。光が差すと共に吐き気も治まり、ようやく周囲の変化に気付く。
いつの間にやら霧が出ている。それも、伸した手の先が辛うじて見えるか見えないかの濃霧だ。三吉と花子の姿も見えない。
光の方を見やると、光の中には羽衣を纏った天女が四人、此方へ向かってくるのが見える。その姿は物語などに語られる天女そのものであり、これが「志那都比古神熟饌儀」に記されていた天女の事なのだろう。
後光が差し、穏やかな笑みを浮かべる天女は、正に神の使いと呼ぶに相応しい。何とありがたい事であろうか。気が付けば俺は手を合わせ、天女を拝んでいた。
間近まで天女が近付いたところで、三方を持った天女が進み出で
「鏡を納めるのです。」
と仰せになった。すぐにでも奉納したいところではあるが、鏡は三吉が持っていたはずだ。霧で姿も見えぬが、恐らく三吉にも天女は見えているだろう。大声で鏡を奉納するよう、三吉に呼びかける。
「源五郎、其処にいるのか!」
声を頼りに三吉が霧の中から現れた。態々霧の中此方へ向かって来ずとも、自分で奉納すれば良かろうに。改めて三吉に鏡を納めるように言う。だが、天女を見た三吉は、
「正気か源五郎、あれに鏡を渡せだと!?」
そうだ、あれこそ「志那都比古神熟饌儀」にあった天女だ。神々しいお姿ではないか。さあ、早く鏡を奉納するのだ。
しかし、このようなありがたくも目出度き状況にも関わらず、三吉は恐慌に陥り、あろう事か鏡を天女目掛け投げつけようとしている。なんと罰当たりな。そのように粗末に扱うものではない。
仕方が無いので俺がやろうと、受け取る為に鏡に手をかける。すると三吉は奪われまいとするかのように、抵抗する。あの非力な三吉の何処にこれ程の力があったというのか。暫く拮抗していたが、地力の差が出たか何とか鏡を奪う事に成功する。
自らの手で三方に鏡を置くのも恐れ多いので、両の手で恭しく鏡を捧げ、天女に差し出す。三吉は諦めたのか、それ以上は何かする気はないようだ。
天女が鏡を受け取り、天へと戻って行く。すると俺の足も地面を離れ、天女と共に天へ昇り、極楽へと旅立ったのである。


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