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【配信公演観劇しました!】劇団山の手事情社 池上show劇場【DELUXE】Bプログラム

こんにちは、おちらしさんスタッフです。
劇団山の手事情社での、2年ぶりの本公演となったという本作を配信で鑑賞しました!

劇団山の手事情社
池上show劇場【DELUXE】
Bプログラム『カチカチ山』『藪の中』『名人伝』

山の手事情社アトリエを会場に、舞台と客席の間には透明なビニールシートがかけられ、感染対策に気を配られた中、少人数の俳優と向き合う空間。それが配信では3台のカメラで収録され、アトリエでの俳優と観客の息遣いを画面越しに想像させられます。

A・B・Cの3プログラムに分かれた上演のうち、今回の鑑賞はBプログラム。古典作品の短編を題材にした、ひとり芝居の3本立てです。

“一年以上前から俳優が作品を持ち寄り、週三日集まって稽古をした作物”山の手事情社Webサイト・公演詳細ページより)ということですが、通して鑑賞するとそれぞれ個性豊かな作品群のなかに、「わかりあえなさ、わからなさ」というひとつの共通の色合いが見えてくるようにも感じました。
人と人との、その関係性の、起きたはずの出来事の、あるいは当時の常識や価値観との、どうしても折り合えない、理解しきれない部分。それらを埋めるでもなく諦めるでもなく、ただそこにあるものとして、リアルタイムのパフォーマンスで客席と共有する今回の短編集。原作となっている短編小説と同じように、ラストの余韻の豊かさもそのままに提示される「わからなさ」は、物理的にも心理的にも人との距離をシビアに感じることがどうしても増えている今、貴重な問いであり、心の糧になるように思えます。

『カチカチ山』
原作:太宰治 出演:佐々木 啓

「カチカチ山」といえば、狸が兎によって散々に懲らしめられる有名なおとぎ話ですが、この太宰治によるリライト版は、兎を苛烈な美しい少女、狸を彼女に思いを寄せる年上のみにくい男と解釈し、どうしようもない一方通行の恋をめぐる物語として描かれています。
太宰版「カチカチ山」の印象的な面のひとつは、太宰の男女観も垣間見えるような兎と狸の軽妙ながら生々しいやりとりと感じているのですが、今回の上演ではこのふたり(2匹)の会話部分に焦点をあててテンポよく演じる構成で、この作品の悲喜劇的なカラーが存分に出されていました。

おばあさんの一件を恨みのきっかけに、一方的な思いをぶつけてくる相手への残虐なまでの「お返し」を淡々と実行する兎。
兎への想いは事実、しかし図々しく無神経で、それで好かれるなんて思っちゃいけない!と言いたくなってしまうような態度をとりつづける狸。
まったく噛み合わないふたりも、ひとりの俳優によって演じられることでどこか共通したものを感じる瞬間も見えてくる……と思いきや、分かるのはますます横たわる絶望的な分断なのが痛々しいところ。元から相手にされていなかったのが、やりとりと共にますます幻滅され、見捨てられていく過程を見せられるようでもあり。兎の細やかな所作や伏した目からにじむ冷えきった感情(「そうね」の一言の恐ろしさ!)、狸の卑屈でありつつぎらついた態度。演じ手の道化師のようなメイクが、このわかりあえない複雑な空気を不思議に印象づけていました。

『藪の中』
原作:芥川龍之介 出演:名越未央

真相は藪の中、という慣用句のもとになったとも言われる芥川龍之介のミステリアスな短編が原作です。
原作ではすべて、一人称の「証言」で進む構成ですが、まず意表を突かれたのが、上演では序盤が大胆に再構成されていたこと。4人の「目撃者」が担っていたパートを短いひとつながりの語りとし、三人称も使われることで、この部分については事実として捉えやすくなっています。

そのぶん比重がかけられているのがその後、3人の「当事者」パート。
盗人の多襄丸(たじょうまる)、多襄丸によって辱めを受けた眞砂(まさご)、そして眞砂の夫である殺された金澤の武弘(かなざわのたけひろ)、それぞれの互いに矛盾した「証言」にじっくりと時間が割かれており、ここが今回のひとり芝居版での大きな魅力となっていました。
文字情報だった原作から、声と身体のある、それも生で観客の目前で演じられるスタイルになることで「証言」の迫真性、聞いて目にするこちらが説得される勢いはがぜん高まります。それでも依然として「証言」それ自体は矛盾だらけであることには変わりありません。
語りの当事者の切り替わりとともに、演じ手の雰囲気もガラリと変わる中での、多襄丸の低くかすれた声、眞砂の追い詰められた悲痛な目、金澤の武弘の死してなお拭えない怒りと絶望の動き。人はそれぞれ違った「真実」を見ていること、どれか都合のよい「真実」を信じたがってしまう自分自身のことをも強烈に体感させられてしまう一本です。

『名人伝』
原作:中島敦 出演:浦 弘毅

弓の名人を志し、究極の「名人」を目指す中でやがて常識を超えた境地に達していく紀昌を描いた、中島敦による最晩年の短編。
はじめて読んだ頃は憧れた、けれど今になって読むとつっこみどころがたくさん……と前口上で述べる「中島敦」こと浦弘毅による、前の2作品とはまったく異なるリラックスした雰囲気で進行するBプログラム最後の演目です。
講談のスタイルを取り入れた迫力のある語りは、しかし「つっこみどころがたくさん」の言葉通り、少し進んでは語り手自らによる鋭くストレートなコメントで中断を繰り返してばかり。非現実的な表現につっこみ、わかりづらい比喩につっこみ、弓道経験者として弓に関する部分にもやはりつっこみ。主人公・紀昌の傍若無人な行動も(「門に入る前に働け!」がインパクト大でした)、彼の師匠となる飛衛や甘蠅のうさんくささにも容赦なく批評の矢が飛んでいきます。笑いの絶えないつっこみパートと、それでも客席の心を本筋から離さずに力強く物語を進めていく語りの巧みさに、ベテランの凄みを終始浴びせられる感覚にもなりました。


このように、感覚も常識も変わった現代の視点から、古典との距離の大きさを面白おかしく客席と共有する時間は、3本の短編の最後に楽しい気持ちで帰るのにふさわしい雰囲気です。
とはいえ、実際はそれだけで終わることはありませんでした。今回の短編集がすべて有名な古典作品を題材にしていること、それらの作品へのリスペクトを大いに感じる直球の幕切れは、充実感とともに、今回の約2時間を改めてゆっくりと噛み締めたくなる余韻に満ちていたように思えました。

池上show劇場【DELUXE】配信チケット

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