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#7 人々舎/樋口 聡

人の心を揺さぶり読み継がれる本はどれだけあるだろう。そのような本を世の中に一冊でも多く残すため、ひとり出版社人々舎の樋口聡さんは出版活動をしている。スローガンは「本にむすうのうつくしさを。」——決して妥協しない彼がどのように編集者として仕事をしてきたのか、スクーターで書店に納品に行くという彼をキャッチアップした。

作家に突っ込んでいく

NC:もともと出版社で働かれていたんですよね。同世代です。

樋口:そうなんですよ。昭和51年生まれで、今年48歳です。90年代はいまよりも牧歌的で。フリーターが流行っていて僕もフラフラしながら音楽をやっていたのですが、やっぱり続けていくことが難しくて。働かなきゃいけない、自分にできる仕事はなんだろうと思って、ハローワークでいろいろな職種のビデオを片っ端から見たんです。そこで、仕事は大きく分けて「つくる人」と「売る人」がいるような気がして、どうせだったらつくるほうの仕事をしたいなと。あと、その頃読んだ岡本太郎の『自分の中に毒を持て』が心に刺さって。こういう本をつくれる仕事はないかなと探して、27歳のときに自費出版を中心に行なっていた新風舎に入りました。自分のスペックでは、いわゆる「出版社」には入れなかったんです。

NC:新風舎は以前炎上していた気が……。

樋口:大問題ですよ。自分は新風舎出身であることを公にしていますけど、オープンにしていない人も結構いますね。転職をしようと思ったのですが、リーマンショックと重なったこともありうまくいかず、フリーペーパーの制作会社に勤めたり、半分フリーランスのようなかたちで新風舎の先輩からアニメのムック本やネットゲームの攻略本をつくる仕事をもらったりしていました。

NC:なにかをつくりたい、つくるほうにいこうと決めていたけれど、これは違うなと。

樋口:そういう期間が長かったですね。それでも少しずつ編集者の仕事に近づきたいと思っていて、KADOKAWAの下請け企業を見つけて、1億円くらいの予算でWOWOW放送局の会員誌を丸受けしているチームに入りました。その次は、Pヴァインというレコード会社で出版事業に関わりました。そこで初めて自費出版ではない、会社のお金をつかった本づくりをしました。印刷所や取次とのやり取り、入稿校了、営業みたいなこともやりましたね。

NC:手応えのある仕事でしたか?

樋口:そうですね。レコード会社だから出版のノウハウが全然なくて、自分のほうがまだあるくらいだったから、結構自由にさせてもらえました。そこで、著者に突っ込んでいく本づくりをして、作家の、特に写真家の怖さを知りました。命を削るように何かをつくる人、この世の人ではないと思わされるような作家は恐ろしいですよ。俺は写真を撮るんだよ、お前は何ができるんだと言われたこともありました。宿命的にそういう人に引き寄せられてしまうんですけどね。

NC:僕も写真業界の怖さにはやられました。リー・フリードランダー、ジョエル・マイヤウィッツやミッチ・エプスタインなどニューカラー時代のファインプリントがとても好きで。でも時代はブレだ情感だみたいなことで。あまり理解できなくて、ある人からは、写真をわかっていないと言われました。当時は嫌だったけれど、僕らの世代の出版関係者に怖い人が多かったのは、よかったと思うんですよね。若い人の話を聞いていると、自分だけでつくったり、身内で発表したりするところからスタートするから、怖い著者や写真家、デザイナーを経ていなくて、結局自分の身の回りの小さな世界から出られなくなってしまう面もある。

樋口:良い意味でもあると思うのですが、Zineブームもあって、狭いところから始められますよね。

NC:人に見せてボロクソ言われたり、どうしてもできないとか追い込まれないと、作品として自信を持てない。ステージを何度もクリアしないと次が見えない。本人たちもそれを自分でよくわかっている。けれど、世の中の流れとして、世に出たいけれど自分を出したくない人が多い気がします。Pヴァインの後はどうされたんですか?

樋口:文芸のレーベルを始めるのに人が足りないから入ってくれと言われて、誠文堂新光社というデザイン系の出版社に入りました。雑誌『アイデア』の編集長を室賀清徳さんがされていた頃です。何をやってもいいと言われたので、いままで通り作家に突っ込んでいくやり方で単行本をつくり始めました。もともと山崎ナオコーラさんの作品が好きだったこともあり、ウェブサイトでの連載企画を通して本をつくることになったのですが、誠文堂としては畑違いな企画で、会社内は敵ばかりでした。連載中に最終的な原稿がわかるはずがないのに、会社は取次搬入をして売上を立てることを重んじるので、搬入の予定日や本の重さを随分前に決められてしまって。ページが2〜3ページはみ出したら削れとか、逆に足りないからコラムで埋めろとか、こんなことを作家に伝えられると思う?というようなことを言われながらなんとか本にしました。ナオコーラさんの夫の花本武さんは当時吉祥寺のBOOKSルーエの書店員で。いまは今野書店の書店員ですけど。

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