Ph.D取得は企業で働く上でメリットか?

こんにちは、あるいははじめまして、ケンです。

学部や修士の人の中には、博士課程に進学するかどうか、アカデミアか企業のどちらに行くかで迷われている方が結構多いのではないかと思います。私もその1人でした。

私の場合は、学部3年のときにアカデミアに進むか、企業で研究職になるかどうかをウンウン唸りながら悩んでいたのを今でもよく覚えています。

今回は博士課程に進学したことで私が学んだことと、企業に入ってから感じた恩恵について書いてみようと思います。

【12/13追記】

アカリク様が主催の Advent Calendar 2020 で本記事をご紹介していただきました。Advent Calendar を覗くと大学院生の方やポスドクの方、企業研究員の方が就活やキャリアに関する様々な記事を掲載されていますので、自身の生き方を考えるうえで大いに参考になるかと思います!

Ph.Dを保有していること自体にメリットはない

正直に申し上げると企業に入って、Ph.Dを保持していたことが直接的にメリットになったことはありません。

例えば扱いです。基本的にはほかの修士課程の人たちと同様の扱いを受けます。博士ともなれば、研究の力だけでなく、ほかの能力も大学院で鍛えられています。例えば、博士進学者は多くの場合学振やその他の研究助成金に申請するため研究の計画書を作成する能力を身につけています。そのほか様々な書類、私のように遺伝子組み替え動物や生物を扱ったことがある人は遺伝子組み換え実験計画書のような学内提出用の書類も作成したことがあると思います。また、後輩指導も当然行いますし、研究室にもよりますが、研究室自体の運営のお手伝いもさせてもらったりして、組織(会社と比べたら小さいですが)のマネジメントのいろはを身につけさせてもらえたりをするでしょう。しかし、そうした経験は基本的には考慮されず、やったことがない人として扱われます。なかなか任せてもらえなかったりします。

できるものとして任せて、後で問題になるほうが会社や部署としてダメージがあるからなんでしょう。また、一口に博士といっても出身ラボによってそのレベルがまちまちだからという理由もあるかもしれません。あるいは、まだまだ企業が博士人材を採用してきた経験が少なく、どのように扱えばよいかをわかっていないからという理由もありそうです。

ただ、これは逆にラッキーな面でもあります。できないだろうと思うことをさらっとやってしまえば、「お、こいつできる・・・!」と思ってもらえるのですから笑

扱いが一緒というのは昇進に関しては、マイナスに働く可能性もあります。多くの会社では、職群とか、グレードとか、ランクとか言葉は違えど、管理職以下はランク制を採用していると思います。わかりやすい会社だと4ランク制を採用しています。入社時がランク4でいわゆる平社員、ランク3が主任、ランク2が係長、ランク1が課長補佐、そこから管理職になると課長、といった感じです。

研究職はストレートの修士でも24歳、博士だと27歳で入社してくるので22で入社する大卒と比べて少し社内のキャリアとしては遅れます。大卒で入社した人で優秀な人は早ければ30前で係長に昇進することもあると思います。しかし、博士で入社すると29でもまだ入社3年目。まず係長であるランク2には上がれないでしょう。

修士の人と比較してもそうです。優秀な人なら6年くらいで係長級であるランク2に上がれることがあるかもしれません。しかし、同い年の博士人材はそのとき入社3年目。年功序列的風土が残る日本の企業ではなかなか昇進のチャンスは巡ってこないでしょう。

本来なら、ポスドク3年目というのはある程度の規模のチームを率いて研究し、業績を量産していくような時期だと思いますが、自分のチームというのは持たせてもらいにくいと思います。

自分をプロデュースする能力

このように書くと、博士進学は企業に入る上ではデメリットなのでは?と思われる方もいらっしゃるかもしれません。しかし、博士人材の人は専門性や研究立案能力や研究推進能力のみならず、プレゼンテーション能力や後輩指導力、書類作成能力、コミュニケーション能力などなど、様々な能力を大学院で培ってきたはずです。

ですので、企業側にそういった能力を保有していることをきちんとアピールし、自分を売り込む必要があります。チャンスが降ってくるのを待つのではなく、自分から作るのです。

世界と互角に戦っているような優秀な指導者の元で、毎日朝から夜遅くまで、さらに土日祝日も研究し、自分の能力を磨いてきたのですから。社内でだけ通用するその会社ごとの特有のルールの理解、という点では修士卒で入社した同年代の人たちには負けるかもしれませんが、研究者としての純粋な能力は博士号ホルダーの方が勝っているはずです(と、私は信じています笑)。

最初の1年目はまずは社内ルールの理解と、様々な事柄のキーパーソンをきちんと把握することに努めます。これをするときには誰に聞けばよいか、ということさえわかっていれば、必要な時に必要に応じてその人に聞けば仕事はできます。

1年目の後半から2年目のはじめには周囲を教育します。自分は少し前まで最先端のサイエンスの世界に身を置いていたかもしれませんが、自分の知っていることを周りも当然のように知っているわけではありません。自分は「これは必ずインパクトがある仕事になる!」と確信していても周囲はそう思ってくれるとは限りません。きちんと論文を読み込んでいる人ばかりが周りにいるわけではありません。教育することで少しずつ自分の研究アイデアとその背景知識を周囲に浸透させていくのです。自分のテーマを走らせるための研究企画書も科研費の申請書と思い、自分の中でできる最高のクオリティで作成します。当然時間がかかります。別に書けと言われて書くわけでもないので、最初はまともに読んでもらえないかもしれません。でも書いて、読んでもらえるように努力もします。さらに社内で信頼されている、かつ優秀な先輩を仲間に引き込みます。自分自身はまだ入りたてなので上司から信頼されていませんが、その先輩を仲間に引き込むことで間接的に上司の信頼を得るのです。あいつも面白いっていうなら、きっと面白いアイデアなんだろう、と。

管理職である上司はとても忙しいです。当然、最先端の論文や関連する特許のフォローまではできていない場合も多いため、本当の意味で研究の面白さを理解してくれるとは限りません。ですので、味方を見つけるのが自分のやりたいことをやるための近道です。この点は大学の大御所の教授よりも、准教授や助教の方が研究における実際の細かい点を理解してくれているのと同じです。学部長をされているような先生のラボに所属している人はピンときやすいのではないでしょうか? 

組織に信頼されているような先輩を味方につけた後は、研究提案の内容勝負です。あなたの提案する研究テーマが本当に面白く、企業としてもやる価値がある(=もうけに繋がるのである)ことをきちんと説明でき、製品化までの道筋も示せるのであればきっとテーマは採択されます。我々は研究者なので、昇進すること自体が目的ではないと思いますが、ある程度の立場のほうが動きやすいことは間違いありません。そのテーマで、きちんと結果を残せれば、加えて運が良ければ昇進もできるかもしれません。そうなったら次はあなたが後輩に助け舟を出す番です。ケンも賛成する案ならやらせてみるか・・・、という風に笑

私の場合は、上司がマネジメントとしても研究者としても優秀な方だったので先輩を巻き込む必要はありませんでしたが、自分自身を売り込むことで比較的入社から浅いタイミングで自分の研究案を採択してもらい、1つの課題運営を任せてもらえるようになりました。そうなったら、ある程度裁量もついてきたので会社で動きやすくなりました。自分や自分の考えをプロデュースする能力は博士課程で身に着けたものですが、これが私を助けてくれました。

博士進学のメリット

私が感じている博士進学のメリットの一例です。

・自身の上司(教授)を国内はもちろん、国外からでも選べる

・国内外のトップ研究者の元で研究・ディスカッションを行えるため、高い研究能力を養える上、研究哲学も学ぶことができる

・博士課程からは直属の後輩をつけてもらえたため、若いうちから後輩指導の経験をつめる

・研究計画書作成と指導などを通じて、文章能力を身に付けることができる

・研究助成金を獲得できれば、研究費のありがたみや金銭感覚(実験にかけたお金とその対価の感覚)を身に付けることができる

・学部時代から博士進学を決めていれば、腰を据えた長期的な研究も実施可能。実際そのおかげで自分の博士時代の仕事はCNS姉妹紙 (IF:20程度) に掲載することができた

・学会発表の機会が増えるため、ほかの研究者とのつながりを構築しやすい

冒頭でも記載しましたが、Ph.Dを保有していること自体による恩恵はあまりありません。海外の人とやり取りをするときに少し信頼されやすい、などはあるかもしれませんが、そう頻繁に感じるものではありません。むしろ、博士過程で何を身につけられるか、身につけたことを自分でどう活かしていくかが大切だと思います。また、上記の多くは、修士課程でも身につけれらることです。ただ、やはり2年間と5年間では学びの機会の多さが違うと思います。ですので、私のように不出来で要領が悪い人間にとって、学びの機会の多さはありがたいものでした。

進学に迷っている方は

学部生の方なら、まずは研究とはどんなものかを体験してみるのが手っ取り早いかもしれません。自身の大学の面白そうなラボに夏休みにお邪魔させてもらったり、あるいはどこかの大学院大学で開催されているような体験入学に参加すると、研究の世界が少しわかってきて考えるヒントになると思います。僕自身も学部3年のときにそのようにしたことで、ワッと視界が拓けました。大学教授は研究者でもありますが教育者でもありますので意欲のある人を拒むような人はそうそういないと思います。

修士過程の方は、自分が何に1番興味があるのかを立ち止まって考えてみるとよいかもしれません。また、将来企業に行きたいか、アカデミアに進みたいか、はたまた起業をしたいか、などじっくり考えて、後悔のないよう進路を選択してくださいね。


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