企業と大学でのバイオ関連研究の違い

こんにちは, あるいははじめまして, ケンです。

現在, 修士・博士課程に在籍されている方の中には, アカデミアの世界に進むか, 企業に入って研究員として働くか迷われている方も多いのではないでしょうか?

とはいえ, 大学での研究のイメージはある程度想像がつくとはいえ, 企業での研究のイメージはあまりピンとこない人も多いはず(私もそうでした)。

企業ごとに文化やスタイルがあるため, ひとくくりにすることは不可能なのですが, ある程度多くの企業で当てはまるであろうアカデミアとの違いについて記載してみたいと思います。

違い1 目的が異なる

これについてはなんとなく想像がつくのでは, と思いますが新しい発見や知の創造自体に価値を見出すアカデミアの世界とは違い, 企業(特にメーカー)では最終的な製品を生み出すことを目的にしているため, 製品につながるかつながらないかが不確かな萌芽的な研究への投資の比重は相対的に小さくなります。ただ, 大きな会社では研究開発費の投資額も大きいので, 比重が小さいといえども結構な額は投資してもらえる状況にあります。いつまで企業体力が持つかは, 今の時代不明瞭ですが・・・。

また, 必ず実施しなければいけない業務をこなしたうえでの「闇研」も組織によっては不可能ではありません。とはいえ, どの程度しやすいのかは企業文化に大きく依存するところかと思います。

発見そのものよりも社会への実装, ということに強い興味を持っている人は企業のほうが肌に合うのではないかな, と思います。

違い2 入念な特許調査が必須

これは自分が入社後すぐに戸惑ったことです。最終的に作り出す製品が他社や大学の特許に抵触していないかどうかについて調べることが必要であることはさすがに私でも入社前から理解はしていたのですが, 大学のときに利用していた実験手法の1つ1つにもきちんと特許がかけられているということ, そしてその特許の壁が意外と高いことは入社後知りました。

大学時代に当たり前のように利用していたGCaMPや種々の蛍光タンパク質, 便利なgeneticツール, 特定の受容体活性を指標にした化合物の探索法, 本当に色々なものに特許がかかっていることを意識するようになったのは会社に入ってからでした(如何に自分が物事を知らないのかを思い知りました・・・)。

自分の所属していたラボでも, これ特許になるんじゃない?とかいう話はしたことがあるし, Addgeneなんかでplasmidを入手するときに「This material is available to academics and nonprofits only.」というような但し書きを何度も目にしているはずなのに, 実際に自分が企業側に回って初めて知的財産の権利を取得することの重要性というものをちゃんと理解できるようになりました。

新しい実験系を導入しようと思ったらまずは特許がそもそもかかっているのかどうか, ライセンスを取得するのにはどこに話を通せばいいのか, 利用料はいくらなのか, 特許に抵触しない形で類似した技術・システムを自社独自で構築するならどのくらいの期間必要なのか・・・, などなど諸々調査をしっかりと行うところからまずはスタートします。

大学時代は, 自分の研究にそのまま使えそうな新しいgeneticツールが論文で報告されたらその日の午前中にはそのplasmidをAddgeneで発注, というようなスピード感で研究を行っていたのですが, 企業では上記のような過程を経た上で, なおかつライセンス費用が発生してしまう場合はその費用対効果を上長に説明して承認が得られた上で利用が可能になります。もちろん, 遺伝子組み換え実験計画書等の承認も必要ですが, これはアカデミアも同様だと思います(大学のほうがわりと簡略化されている場合が多い傾向?)。

違い3 動物実験のハードルが非常に高い

製薬企業の場合は, 新しい治療薬を開発するためにどうしても動物実験が必要という理解が得られやすいため, 必要であれば動物実験が許容されていますが, 業界によっては完全に実施ができないという企業もあります。

化粧品業界では動物実験の廃止に向けた動きは世界的なものとなっており, 花王, カネボウ, 資生堂など, 多くの(すべての?)化粧品会社では化粧品開発のための動物実験に関して廃止を表明しています。食品業界でも, キューピーや日清食品が2019年には動物実験の廃止を表明しており, 今後この流れはどんどん広がっていくことが予想されます。そのような企業では, 安全性や特定機能をもつ成分の効果を調べるためにiPS細胞等を利用した代替実験に切り替えていっているような印象を受けています。

僕の業界でも動物実験はどうしてもほかに代替手段がないときに, なおかつ製品を開発するうえでなくてはならないデータを取得するときにだけ許容されているような状況です。

自分自身が行動薬理を含めたin vivoやex vivoの実験手法を主体としたラボに所属していたため, 動物を使用したin vivo実験を中心とした研究が得意だったのですが, 企業に入ってからは動物実験を利用せずにどうやって仮説を検証していくのかについて頭を悩ますことが多いです。ただ, その分新しい知識もたくさん身についたので, 研究の幅は広がりました。

また, ウェットな実験だけでなくドライでの実験・解析手法を身につけていると, 自宅でもできることが多くなるため, 今も一生懸命勉強中です。今の世の中, ビックデータがより簡単に取得できるし, 公開されているようなデータベースも今後どんどん増えていくと想定されます。動物実験のハードルが高いという制限がかかることで, そうしたデータをどう使っていくのか, ということに目を向ける契機にもなりました。

違い4 トップが変わると方針が変わる

武田薬品が例として思い浮かんだ人も多いのではないでしょうか。武田では多くの研究員が別の製薬企業や他分野の研究所へと移っていきましたね。。。優秀な研究員が離れすぎてしまったのか, 中途採用で常に研究員の募集をかけているイメージがあります。

武田ほど激しい方針転換はなくとも, 社長やR&D担当役員が変わることで基礎研究の比率を削ったり, 注力する分野を大きく変更したりすることは珍しいことではありません。最近では味の素の基礎研究部門を担っていたイノベーション研究所もなくなってしまいましたね・・・。研究者の目線からすれば, 非常にレベルの高い研究を行っていた印象を持っていたのですが・・・。なかなか利益にはつながらなかったということでしょうか?詳しいことは内部の人にしかわかりませんが, 個人的には残念で仕方ありません。

逆に資生堂のように500億円もの費用をかけて新しい研究所を建てて, なおかつ研究員の数を増やしたりするような, 研究員にとっては好ましい変化があったりすることもあります。ただ, 今はなきアスビオファーマのように, 研究所を新しく建てたかと思ったら, たった数年で親会社と合併することになったりするような例もあるので, 数年後にどう環境が変化するのかは本当に読めません。同業他社だろうが, 大学だろうが, どこにでも常に移ることができるようにきちんと業績を積み重ねていくことが研究者として生き延びるためには重要なんだと思います。

違い5 実験補助員さんがたくさん

違い2と少し関連しますが, 企業では実験以外の仕事が結構たくさんあります。気が付いたら書類作成や資料作成, 何かの調査ばかりしているような週もあります。また, 大学と違って働くことができる時間に制限があります。しかしながら企業では実験業務をサポートしてくださる補助員さんがたくさんいらっしゃいます。ルーティンの実験や, 試薬の調整などをお願いすることで, 自分自身が実験にかける時間が短くても進捗自体には差し支えないような体制になっています。

終わりに

細かな違いを挙げればキリがないのですが, ある程度色んな企業で共通して大学で違う部分だろうな, という点をつらつらと挙げてみました。法令順守意識の違い, とかもそのうち追記するかもしれません。丁寧にすることは必要だし, 最も重要な観点ではあるんだけど, 丁寧にしすぎる人(=必要以上に手順を複雑にしすぎる人)が上司になると1の仕事が5にも10にもなるという・・・笑

企業に入った後に「おもてたんと違う!」となることは学生・企業の両社にとって大変不幸なことだと思いますので, なんとなく色んなことが違うんだなということが少しでも伝わり, 現在就活をしている方々の入社後のギャップが小さくなれば幸いです。

進路選択の参考に, もっと色々聞きたい方はTwitterでDMをいただければお答えできる範囲でお答えいたしますのでお気軽にどうぞ!


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?