セージの耳打ち#153 世の中に「当たり前」ということはないんです
このあいだ、我が家の給湯器が突然壊れましてね。
いや、世間でよく言われている故障の前兆(湯が不意に水になるとか)なんかは全くない状態からの「完全なる突然死」ですよ。
それで、あわてて業者さんに電話したんです。
給湯器の平均寿命は「10年〜15年」と言われてますが、貼られたシールを見るとウチのは「今年で14歳」なんで、「ならばこの機に交換してしまおう」と私は決意しました。
しかしそこでひとつ、不安がよぎったんです。
昨今はコロナ禍によって部品供給ルートが滞っており、「給湯器が入荷するまで数ヶ月待ち」なんてケースもザラにあるんだとか。
それを知ってたもんですから、もうヒヤヒヤだったわけですよ。
結論から言うと、私の依頼した業者さんのところには在庫があって、「火曜の夕方に故障→木曜の正午に交換工事終了」というスピード対処をしていただけました。
おかげで「風呂に入れない日」は水曜日だけで済んだわけです(火曜日は故障する前の昼過ぎにいっぺんシャワーを浴びてました)。
そのときしみじみと思ったんですけどね、世の中に「当たり前」ということはないんですよね。
私たちは「なにか機器が壊れたら依頼して替えてもらえばいい」と安易に考え、「交換してもらえるのが当たり前」と思ってしまいがちですが、そんなことはないんです。
「交換用の機器在庫」がなければ、いくらお金を積んでも交換してはもらえません。
だから今回、スムーズに給湯器交換をしてもらえた自分は「ラッキー」だったんだと感謝し、「当たり前だと思ってたことは当たり前じゃなかったんだ」という事実を肝に銘じたのでした。
交換後の一番風呂は、いつもより気持ち良かった気がしました。
・・・まぁ「前日に入れなかったから」というのが大きいんでしょうけども。
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