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エネルギーチャージ! ネットフリックスが贈る、80年代を描く波乱万丈な作品たち。

外出自粛で、家で過ごす日々。気分が沈みがちな時に、どんな映画やドラマを見ればいいのでしょう。今回、エネルギー溢れる作品を提案するのは、映画評論家・ライターの森直人さん。森さんが青春期を過ごしたという80年代を描いた作品を、当時の記憶とともに辿ります。「稀代のAV監督にロックスター、クズ株屋に運び屋に麻薬王――」。アンモラルなヒーローが暴れ回る、自由でエネルギーに満ち溢れた「狂騒の80年代」にふれて、浮かない気持ちも吹き飛ぶかも?

森 直人(もり・なおと) 映画評論家、ライター。著書に『シネマ・ガレージ~廃墟のなかの子供たち~』、編著に『ゼロ年代+の映画』ほか。「週刊文春」「映画秘宝」「キネマ旬報」「Numero TOKYO」などでも定期的に執筆中。

 2020年3月11日、東日本大震災から9年のこの日――世界各地で猛威を振るっている新型コロナウイルスについて、WHOの事務局長はパンデミックとの見解を示した。そこから世界中で都市封鎖が相次ぎ、日本政府は4月7日、緊急事態宣言を発令した。
 この原稿を書いている筆者がいま置かれているのは、そんな時代状況である。朝起きると映画の公開延期のしらせが続々届いている。外出自粛で街は閑散としており、学校は春休みに入る前からずっと休校。小学生の息子は家で暇とエネルギーを持てあまし、バスケットボールがしたくても遊べる場所がない。なんて窮屈な世の中だ! とむやみやたらに叫びたくなる。

ーバブル期のAV業界狂騒記

 そう叫ぶ代わりにちょっと憂さ晴らし。心にバシッと即効性のパワーを注入するのに最適なのが、昨年(2019年)大きな話題を呼んだネットフリックスオリジナルシリーズ『全裸監督』(全8話/総監督:武正晴)だ。

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この人気作については説明するまでもないだろう。主人公は「AVの帝王」と呼ばれたアダルトビデオ監督、村西とおる。彼の半生を軸に1980年代という昭和晩期のAV業界黎明期の沸騰をモデルにした実録系ドラマだ。エロ業界のカリスマ的な雑誌編集者・末井昭を描いた『素敵なダイナマイトスキャンダル』(2018年/監督:冨永昌敬)の主な時代背景となった70年代がサブカルの熱狂期だったのに対し、『全裸監督』の背景は日本あげてのカネの狂騒――すなわちバブル。その真っ只中で村西は「ナイスですね」「ゴージャスでございます」など英語と敬語を独自に駆使したキャッチーな話芸と共に、テレビメディアに上がり込んで時代の寵児となった。彼のブレイク期に高校生だった筆者は、ちょうど性春真っ盛りの時、パンイチ(白いブリーフ)姿でカメラを持つ村西の雄姿を目撃したのだ。
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 村西に扮する山田孝之をはじめ、本作は役者がみんな素晴らしい。とりわけ伝説のAV女優、黒木香を演じた森田望智! 決して本物に顔が似ているわけではない。ところが芝居の凄さでだんだん黒木香そのものに見えてくるのだ。白眉は第8話(監督:河合勇人)。この冒頭、黒木は『朝まで徹底討論』と題されたテレビ番組にパネリストとして出演している。むろん元ネタは『朝まで生テレビ!』(テレビ朝日系)。黒木は1987年12月31日放送(「激論!’88 日本の政治と金と性」)に初登場、その後数回の出演を果たした。もともとインテリのお嬢様の彼女は、村西の影響を受けつつ美麗かつ卑猥にブラッシュアップした話芸と、トレードマークの脇毛を披露するパフォーマンスで大ウケ。筆者もドキドキ&爆笑しながら深夜テレビの黒木香を“生”放送で見いた。ちなみに当時、明治大学の学生だった武正晴は観覧席のエキストラとして“生”現場に居合わせていたらしい!

ー超絶クレイジーなLAメタル伝説

 こうなると当時の記憶をさらにつなぎたくなってくる。そして筆者の“高校生脳”は同じ時期のアメリカ――LAに飛ぶ。作品は『ザ・ダート:モトリー・クルー自伝』(2019年/監督:ジェフ・トレメイン)。全盛期の80年代、悪名高きヘヴィメタル系バンドとして駆け抜けたモトリー・クルーの波瀾万丈の軌跡を追った傑作伝記映画だ。監督のジェフ・トレメインはMTV発の凶悪人気バラエティー組『ジャッカス』の主要スタッフ。彼の作風もあいまってか、本作で描かれるパーティーの日々はゲロ吐きそうなほど超絶クレイジー。「セックス、ドラッグ、ロックンロール」にどっぷり浸かった無軌道な馬鹿騒ぎが繰り広げられる。大先輩のオジー・オズボーンがプールサイドに現れて小便をぶちまけるくだりなど、リアル『ジャッカス』だよ!

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 このモトリー・クルーや、ラットやポイズンなど、80年代の米西海岸を拠点にド派手なルックスとわかりやすい音楽性でヒットを飛ばしたバンドの一群を日本では「LAメタル」と称していた。筆者と同世代の宮藤官九郎は、 トーク番組の事前取材で最近面白かった作品として『ザ・ダート』を挙げた時、マニアックっすね」と返され、「ちがーう! 大メジャーだったじゃん!」と内心激昂したことを『週刊文春』の連載コラム「いまなんつった?」に書いていた(2020年2月27日号)。LAメタルも、村西とおるや黒木香も、田舎の高校生が普通に知っている流行だったのである。

ー軽薄短小なウォール街の発情

 80年代当時の世相を表す言葉として使われた「軽薄短小」という流行語があるが、資本主義の昂揚に火照ると誰も彼もがチャラいバカになってしまうのかもしれない。ここでLAからNYに飛んでみよう。モロにカネ絡みのアッパーな馬鹿騒ぎを描いた極めつきの逸品――それが元株式ブローカー、ジョーダン・ベルフォートの回想録を映画化したレオナルド・ディカプリオ主演の『ウルフ・オブ・ウォールストリート』(2013年/監督:マーティン・スコセッシ)だ。

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 物語は1987年の香港市場から欧米に波及した株価大暴落、通称「ブラックマンデー」が起点になる。一攫千金を夢見てウォール街にやってきた青年ベルフォートだったが、就職先の投資銀行がいきなり倒産。そこで小さな会社に潜り込み、彼の異常な才能が開花する。村西とおるばりの冴えたセールストークで危ない株を客に売りつけていくベルフォート。やがて自分の会社を起こし、単独バブル状態の荒稼ぎ&大儲け。セックスとドラッグに溺れ、モトリー・クルー顔負けのパリピと化した社員たち。欲望のままに発情したエコノミックアニマルたちが疾走する様はドタバタ喜劇のノリであり、同じスコセッシ監督のギャング映画の名作『グッドフェローズ』(1990年)のパロディーのようでもある。

ー社会の窮屈さを突破するアンモラルな男たち

 束の間だけ億万長者となった実在の怪人物を描いた快作といえば、トム・クルーズ主演の『バリー・シール/アメリカをはめた男』(2017年/監督:ダグ・リーマン)も忘れてはいけない。

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 本作の主人公バリー・シールは、米国の黒歴史に名を残す麻薬と武器の密輸ビジネス業者。1986年に発覚した「イラン・コントラ事件」――アメリカ政府によるニカラグアの反政府ゲリラ・コントラへの武器密輸という国家犯罪の主要人物にもなった。ただし彼には何の政治信条もなく、単にカネに目が眩んだだけ。アーカンソー州ミーナの寂れた田舎に専用の飛行場を構え、稼いだ札束が自宅のあちこちからはみ出してくる辺りなど、まさに80年代的狂騒のど真ん中――快楽中枢を刺激するバブリーな陽気さに溢れている。ちなみに実際のバリー・シールは小太りのおっさんで、トム・クルーズと全く似ていないのは「スター映画」としてのご愛敬!

 またコロンビアの麻薬王、パブロ・エスコバルをめぐるネットフリックスオリジナルシリーズ『ナルコス』シーズン1(2015年/監督:ジョゼ・パジーリャ)の第4話では、ディラン・ブルーノがゴツい髭面のバリー・シールに扮した。『ナルコス』の脚本に関わったジェイソン・ジョージは、『全裸監督』のワークショップに招かれて脚本チームとの議論に加わったという、80年代の狂騒というテーマの共通点でぐるっと円を描くようなつながりもある。

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 稀代のAV監督にロックスター、クズ株屋に運び屋に麻薬王――この主人公たちはどれもアンモラルなヒーローだ。彼らの行動は実社会の場だと賞揚は難しいだろうし、しばしば法にも触れている。だが映像作品の中でキャラクターとして現れた時、社会の窮屈さを突破する自由のシンボルになるのだと思う。1980年代流儀の陽気な狂騒は、退屈な現実に立ち向かうパワーに変換されるのだ。先行きの読めないこの世の中で、厳しい情勢に向けていろいろ動く必要が訪れた時のために、今こそ自分の気持ちにエネルギーを充電しておこうではないか!

掲載作品一覧

●『全裸監督』(全8話/総監督:武正晴)
●『ザ・ダート:モトリー・クルー自伝』(2019年/監督:ジェフ・トレメイン)
●『ウルフ・オブ・ウォールストリート』(2013年/監督:マーティン・スコセッシ)
●『バリー・シール/アメリカをはめた男』(2017年/監督:ダグ・リーマン)
●『ナルコス』シーズン1(2015年/監督:ジョゼ・パジーリャ)



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