見出し画像

相談室ノート#005 「心の健康の向上」


積極的な選択ができる力を高めていくことに向けて

 専門家の援助を求めるのとは別に,自分自身の心理的健康によい影響を与える方法はたくさんあります。自分自身の感情や行動を観察することによって,どのような行動や状況が苦痛をもたらしたり困難におとしいれたりするのか,また逆に,どれが最も役に立つのかを見極めることができます。自分自身の動機や能力を分析してみることによって,出来事をただ受動的に受け入れるのではなく,人生において積極的な選択ができる力を高めていくことができます。人が直面する問題は非常に多様ですから,心理的に健康でいつづけるための普遍的な指針などはありません。それでも,心理治療者としての経験から,いくつかの一般的な提案が浮かび上がってきます。


自分自身の不快感情を否定せずに,不快感情をありのままに受け入れる

 怒り,悲しみ,恐れ,そして理想や目標へ到達できなかったという失敗感は,どれも不快な感情であるため,人はこれらの不快感情を否認することによって不安を回避しがちであります。ときには感情抜きに状況に直面することで不安を避けようとしますが,それは誤った無関心や「冷静さ」につながり,破壊的なものになりかねません。すべての感情を抑圧すれば,その結果,他者とかかわるうえで大切な喜びや悲しみを普通に受け入れる能力を失ってしまいます。

多くの状況において,不快な感情が生じるのは普通の反応であります。ホームシックや何か新しいことを習うときの恐怖や,失望させられた相手に怒りを感じることを恥ずかしく思う必要はありません。このような感情は自然なものですので,それらを否定するよりは認めるほうがよいのです。感情を直接表現できないときには(例えば,上司に向かって怒鳴るのは賢明とは言えないでしょう),ストレスに対処する方法を見つけるのが有益です。長い散歩をする,テニスボールをバンバン打つ,友人とその状況について話すことなどは,緊張をやわらげ,問題の解決法を見つけ出すのを助けてくれることでしょう。


自分自身の弱さや傷つきやすさを知る

 自分が動揺したり,過剰反応させられたりするのはどんな種類の状況なのかを見つけ出すことは,ストレスから身を守るのに大いに役立つことでしょう。おそらく,あなたを困らせているのは特定の人たちでしょう。そのような人たちを避けることは可能かもしれませんが,そうでなければ,その人たちのいったい何が自分を悩ませるのか,理解しようと試みなければならないでしょう。それらの人々があまりに平静で自信たっぷりであることが,あなたに不安を感じさせるのかもしれません。不快感の原因を突き止めようとする試みは,新たな視点から状況を見るのに役立つことでしょう。例えば,とても不安になるのは,学級で発言したり,レポートを提出したりするときかもしれません。繰り返しますが,そのような状況を避けようとすることもできますし,そうでなければ話し方の授業を取って,自信を高めることもできます。また,状況を再解釈してみてもよいでしょう。「みんな,私が口を開けばすぐ批判してやろうと待ち構えている」と考える代わりに,「みんな,私の言うことに興味をもってくれるだろうし,ちょっとぐらい間違えても心配しなくていい」と,思ってみるのです。

多くの人は,重圧を受けているときに,とりわけ不安を感じます。慎重に計画し,休みを入れながら仕事をすれば,土壇場でもう駄目だと感じるようなことにならずにすむことでしょう。授業や約束に間に合うのに必要だと思う以上の十分な時間を意図的に確保する方策を取れば,ストレス源の1つを消し去ることができることになります。


自分自身の才能や興味を育てる

 退屈で不幸な人が多くの興味をもっていることはめったにありません。今日の社会は,あらゆる年齢の人々に,スポーツ,学問的関心,音楽,芸術,演劇,工芸など,多くの領域で自分自身の才能を探すための,非常に多くの機会が提供されております。ある対象についてよく知れば知るほど,その対象とともに生活もおもしろくなってくることが多いと思います。さらに,技能を磨くことから得られる有能感は,自尊心を高めるのにも大いに力を発揮します。


他者と深くかかわる

 孤立感と孤独感は,多くの心の健康問題の中核をなしております。人は社会的存在であり,他者から与えられる支え,慰め,安心が必要とされます。自分自身の問題に全意識を集中しつづけていると,自分自身への不健康な思い込みにおちいりかねません。自分の心配事をだれかに話すことは,その問題をもっと明晰な視点から見てみるのに役立つ場合が多いのです。また,他者の幸福に関心を払うことは,自己価値観を強めてもくれます。


いつ助けを求めるべきかを知る

 以上の提案は,心理的健康を増進するのに役立ちますが,自己理解や自助には限界があります。1人では解決困難な問題もあります。人は自分をだます傾向をもっているため,問題を客観視することが難しく,おそらく可能な解決法のすべてに気づけることはないでしょう。問題を掌握する方向へほとんど進めていないと感じたら,それは専門的な援助を求めるべきときでもあります。

 「進んで援助を求めようとすることは,弱さではなく,情緒的に成熟しているしるし」であります。もう駄目だと思うまで待っていてはいけないのです。



平成30年5月25日脱稿
 
参考文献
Nolen-Hoeksema, S., Fredrickson, B., Loftus G. R., & Luts, C. (2014). Atkinson & Hilgard’s
Introduction to Psychology, 16th.Ed., Wadsworth/Cengage Learning EMEA: Cheriton House. 内田一成 (監訳) (2015). ヒルガードの心理学 第16版. 金剛出版. (第16章:心の健康問題の治療, 780-809頁の一部を引用・改変)

※もしお悩みなどがございましたら,気軽にHPの相談フォームからお伝えください。

※出張講義などのご依頼は下記のメールアドレス宛にお送りください。