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相談室ノート#006 心理療法の共通要素



心理療法とは

 心理療法とは,人間の抱える問題を軽減し,社会の中で有効に機能できるようになることを促進するという共通の目標をもつ多様な心理学的支援のことを指します。


心理療法の三大潮流

 すでにご存じかも知れませんが,心理療法の三大潮流には,精神力動的療法や精神分析,人間性療法(特に来談者中心療法),行動療法や認知行動療法があります。

 精神力動的療法ないしは精神分析を行う人たちは,早期幼児期に由来することの多い無意識の葛藤と,衝動や感情の抑圧によって発生した不安を処理するための防衛機制の使用を強調し,行動の変容は個人が自分の無意識的動機や葛藤を理解することにかかっていると考えます。現代の精神力動的療法は,伝統的精神分析よりも短期で,クライエントの現在の対人関係における問題を重視します。

 人間性療法では,人間の抱える問題は環境や他者(親,教師,配偶者)によって自分の可能性の実現が阻止されているときだとみなされ,人が真の自己に触れ,自分の生活や行動に関して,外的な出来事に支配されるのではない慎重な選択をするための援助を模索します。

 行動療法家や認知行動療法家のような心理療法家は,人間の抱える問題を誤って学習したもの,あるいは周囲の出来事を否定的・自己批判的にゆがめて認知した結果と捉えますので,治療的にはクライエントが思考や行動の習慣的な様式を学習解消したり,持ち前の適正な見方・考え方になるように認知の修正に焦点を合わせます。

 理論・技法の違いにかかわらず,大部分の心理療法は一定の共通する基本的特徴をもっております。それらは,クライエント(来談者)と治療者という二者間の援助関係を含んでおります。すなわちクライエントは,個人的な心配,感情,経験を,治療者に判断されたり,秘密を漏らされたりするという恐れなしに,自由に話すよう励まされます。治療者はその代わり,共感と理解,信頼を生み出し,クライエントがもっと有効なやり方で問題を扱えるようになるための援助を試みます。


心理療法は効果的か

 心理療法は効果的ですが,さまざまな治療的アプローチは等しく効果的なのでしょうか。異なる心理療法の結果を比較した研究を分析する多くの展望がなされております。いくつかの研究においては,さまざまな種類の心理療法が薬物療法や特定の障害に対する治療を受けなかった統制群と比較されました。これらの研究は,ある心理療法が,うつ病性障害,不安障害,摂食障害,薬物乱用障害,そしていくつかの小児期の障害の治療に非常に効果的であることを明瞭に示唆しております(1995年のアメリカ心理学会臨床心理学部会の心理学的介入手続きの普及促進特別委員会による厳格な評価基準にもとづく評価結果; 臨床心理相談室NetDeホームページの「心理臨床活動の基本的立場」のページをご参照ください)。心理療法はまた,自閉症や統合失調症の症状をやわらげ,統合失調症の再発の危険を減少させることができます


治療効果の評価についての考え方の違い

 あらゆる種類の心理療法が,有効性についての厳密な実証的評価を行っているわけではありません。概して,行動療法家および認知行動療法家は,自分たちの治療の有効性を評価することに関心があり,1事例であっても治療効果を評価できる客観的・科学的な方法から多数例を用いた客観的・科学的な方法まで,非常に多くの臨床研究が治療効果の評価に焦点を合わせてきました。対照的に,精神力動的療法・精神分析,および人間性療法の立場に立つ臨床家は,自分たちの治療の実証的評価にはあまり関心がなく,治療効果の測定を行ってきませんでした。事例報告は同じ人は二人としていないという1事例性を重んじ,すべてが個性記述的な伝達方式です。
アメリカ心理学会臨床心理部会の臨床効果の査定結果に見られるように,認知行動療法や行動療法はうつ病性障害,不安障害,摂食障害,薬物乱用障害,ならびに小児期の障害の治療に非常に効果的であると判断されているのに対して,他の治療法は控えめな評価となっております。


心理療法の共通要素の視点

  心理療法の共通要素の検討は,いずれの心理療法も理論的枠組みが異なるのに同じように有効であるのはなぜかという回答の1つとして,肯定的な変化を促進するのは用いられる特定の治療技法ではなく,共通要素によるのかもしれないということを前提にしております。
しかし現実には,臨床効果に関しては行動療法や認知行動療法が他の2つの心理療法の効果を上回っているわけですから,その上回っている部分を除く,三者共通の要素に注目するという視点も必要と考えられます。そこに含まれるのは,温かく信頼できる対人関係,安心と支持,脱感作,適応的反応の強化,洞察をあげることができます。


温かく信頼できる対人関係

 治療の種類にかかわらず,良好な治療関係においては,クライエントと治療者は相互に敬意と関心を持っております。クライエントは治療者が自分の問題を理解してくれて,それに関心を寄せてくれると信じることができなければなりません。問題を理解してくれて,自分でそれを解決できると信じてくれる治療者が信頼され,その信頼によって有能感や成功への自信が増すことになります。

 問題というものは,ほかと比べようがなく,乗り越えられないように思えることが多いと思います。その困難を珍しくないものと受け止め,解決可能だと聞かせてくれる専門家と話し合うことは,安心につながります。自分一人では解決できなかった問題を,だれかに助けてもらうことはまた,支えられているという感覚と希望の持てる気持ちを与えてくれます。実際,どの方法をとるかにかかわらず,最も成功する治療者は,クライエントに安心感を抱かさせ,援助的で,支持的な関係を結ぶことができる人であります。


脱感作

 系統的脱感作は,安心・安全な場面で身体的な緊張をしっかり弛緩する技術を用いて,特定の対象や状況に対する恐怖反応を徐々に軽減し,恐怖を伴う不適応行動,たとえば恐怖を引き起こす状況を回避するといったことを乗り越えるための行動療法独自の方法であります。実際には系統的に弱い恐怖刺激に対して恐怖反応や緊張がないことを確認しながら,順次強い恐怖刺激に対しても恐怖反応や緊張がないというように段階的に実施していくことになります。

 しかし多くの種類の心理療法は,面接の自然の流れの中で,脱感作を用いていることになると言えましょう。治療面接の受容的な雰囲気の中で,困っている問題や気持ちを話していると,それらは徐々に脅威的性質を失っていきます。一人でくよくよ考え込んでいると問題は何倍にも膨れ上がる可能性がありますが,だれかにその問題を話すとそれほど深刻でないように思えてくる場合が少なくありません。心理療法の中でどんなふうに脱感作が生じるかを説明できるほかの仮説もいくつかあります。たとえば,動揺してしまう出来事をことばにすることは,状況をもっと現実的なやり方で再評価する助けになることでしょう。行動療法の理論の観点から考えれば,安心できる治療場面で苦しい体験を繰り返し語ることは,徐々にそれらと結びついた不安を除去することになります。その過程がどうであろうと,脱感作は実際,多くの種類の心理療法に共通して見られるのであります。


適応的反応の強化

 行動療法家は,クライエントの肯定的な態度や行為を増加させる技法として,適切な言動には支持,同意,賞賛などを用います。このように望ましいと判断した行動に快適な結果が伴うようにすることを「強化」と言います。患者の信頼を勝ち取っている治療者はみな,強化を出す強化者の役割を果たします。治療者は,よりよい適応につながるような行動や態度を承認する表現をし,一方で不適応的な態度や反応を無視するか認めない表現をしがちだからであります。どの言動が強化されるべきかは,治療者の持つ方向性と治療目標によって決まります。強化の使用は意図的であったり,なかったりもします。治療者が特定の言動を強化していたり,し損なったりしていることに気づかない場合もあります。たとえば,来談者中心療法の治療者は,治療面接中に何を話すかはクライエントに決めてもらっていると考えています。クライエントの会話の流れに影響を与えたくないと思っているからであります。しかしながら,かすかなものでも強化になり得るわけです。特定の発言に応える微笑,あるいは単なる「うん,うん」のうなずきでも,それらの発言行動を促進し,出現可能性を高めることにもなり得るわけです。

あらゆる心理療法の目標は,クライエントの態度と行動に変化をもたらすことなので,治療の中ではある種の学習が必然的に生じることになります。たとえば,来談者中心療法の立場に立ってるから強化は使っていませんと考えるのは誤った認識であり,治療者は強化によってクライエントに影響を与えている自分の役割に気づく必要があるわけであります。望ましい変化を促進するためにこの知識を用いなければなりません。


理解・洞察

 これまで検討してきた心理療法はすべて,クライエントの困難がどのように生じ,なぜ続き,そしてどうすればそれを変えられるかということについての説明を提供します。精神分析のクライエントにとっては,抑圧された子ども時代の恐怖と,それらの無意識的感情がどのように現在の問題を引き起こしているかを,徐々に理解していくという形をとるだろうと思います。行動療法家はクライエントに,現在の恐怖は誤って学習されてしまった結果でありますので,それは学習の解消を図るやり方で解決できることでしょうと伝えることでしょう。認知行動療法の治療プログラムを受けているクライエントは,困難は自分が完全でなければならないとか,だれからも愛されるはずだという誤った非合理的な信念に由来するので,自分自身にとってもっと楽で理にかなった物の見方考え方に修正すれば,それらの苦悩から解放されることを説明することでしょう。

 どうして,このように異なった説明がすべて肯定的な結果を生むのでしょうか。おそらく,治療者によって提供された洞察や理解の正確さは,相対的に重要ではない。クライエントがとても苦痛に感じている行動や気持ちに説明を与え,その苦痛を軽減するだろうと治療者とクライエントがともに思う一連の活動を提供することがもっと重要なのだろうと考えられるわけです。

 症状に苦しみ,その原因や,それがどんなに深刻かよくわからない人にとって,問題が何かを知っているように見え,しかもそれを軽減する方法を提供してくれる専門家は,安心感をもたらしてくれることでしょう。変化可能だという知識が希望を与え,また希望が変化を促進する重要な要因にもなるわけです。


それぞれの心理療法の効用と限界の明確化に向けて

 あらゆる種類の心理療法に共通する要素を検討するのは,特定の治療法の価値を否定しようとしてのことではありません。アメリカ心理学会臨床心理部会の臨床効果の査定結果に見られるように,認知行動療法や行動療法はうつ病性障害,不安障害,摂食障害,薬物乱用障害,ならびに小児期の障害の治療に非常に効果的であると判断されているのに対して,他の治療法は控えめな評価となっております。いわゆる診断がつくことになる心理障害においてこの効用・効果の差が歴然と現れている可能性がある以上,さまざまな心理障害に有効性を発揮するためには,万人に有効である共通成分は万人用と位置づけ,特に行動療法や認知行動療法以外の心理療法は,心理障害に対して有効性を発揮し得る技法開発を考えるべきと言えましょう。

 また,心理療法の中で,唯一科学的証拠に基づく心理学の実践(EBPP:Evidence-Based Practice in Psychology)を遵守し,基礎研究の知見を取り入れた臨床研究・治療研究によってさまざまな心理障害に有効性が確認されている行動療法や認知行動療法にあっても,未だ十分な効果を発揮し得ていない心理障害に対して効力のある技法開発を考えていくべきと言えましょう。


有能な心理臨床家のあり方

 開発視点を別にすれば,おそらく最も有能な心理臨床家はこのような共通要素の重要性を認め,それをすべてのクライエントに意図的なやり方で役立たせようとしますが,同時に「個々のクライエントにとって最もふさわしい特定の手法を選択できる人である」と考えられます。

 たとえ知る由がなくても,クライエントの方に数年後,10年後,「あのとき出会えてよかった」と思われるような存在でありたいものです。


平成30年5月30日脱稿
 
参考文献
Nolen-Hoeksema, S., Fredrickson, B., Loftus G. R., & Luts, C. (2014). Atkinson & Hilgard’s
Introduction to Psychology, 16th.Ed., Wadsworth/Cengage Learning EMEA: Cheriton House. 内田一成 (監訳) (2015). ヒルガードの心理学 第16版. 金剛出版. (第16章:心の健康問題の治療, 780-809頁の一部を引用・改変)

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