同じスピードで歳をとれないことがさびしい
2011年のはじめごろ、雪降るなかをのっしのっしと過ごす、ちょっと茶色がかったパンダの映像を見たとき、彼らの生命力のようなものが、ぎらぎらしていて、ぐわっと気持ちをつかまれたのが忘れられない。
「この2頭のパンダたちが、上野動物園に来園する予定です」と聞いてますます高鳴った。
しばらくの間、パンダが不在だった上野にふたたびパンダが訪れる。しかもやたらとエネルギッシュな雰囲気をまとったパンダたちが。これが、比力(ビーリー)と仙女(シエンニュ)という中国名を持つ、のちのリーリー(19)とシンシン(19)との出会いだった。
彼らは2011年2月、生まれ故郷の四川からはるばる東京にやってきた。「FLY! パンダ」と名付けられた特別塗装のANAボーイング767型機に乗って。
パンダがパンダに乗ってやってきたのだ。
(ちなみにこの機体はもう引退してしまった模様。ざんねん)
当時、到着した日のことついて、「オスはうろうろしたりと動揺した様子をみせていたが、メスは竹をもりもり食べ熟睡していた(意訳)」との報道がなされていた。
その後、3月に東日本大震災が起こる。上野では震度5弱の地震が観測され、3月末に予定されていた2頭の公開は延期になった。奇しくも彼らは、2008年の四川大地震につづいて2度目の大きな地震を経験することになった。
震災が起きたとき、オスは、しばらく余震に驚いていたが2時間後に竹を食べ始めた。一方メスはすぐに落ち着きを取り戻し、竹を食べ出したという。
もしやこのつがいは、オスは神経質で、メスはおおらかかつ食いしん坊なのだろうか……? 当時、私だけじゃなく多くの人が思っていたんじゃないかと思う。
しかしそのあと、上野動物園が発表した記事にいい意味で印象をひっくりかえされることになる。
公式プロフィールには、オスは「優しくおっとり」「マイペースな性格」「おっちょこちょい」「アクティブな一面もあり」で、メスは「食いしん坊」「かしこい」「繊細な一面もある」「活発」と書かれている。
人間も人間ごとにずいぶん違うけど、パンダもだいぶ違うようだ。そして、神経質さとおっとりとした性質、おおらかさと繊細さなど、一見真逆のような性質も、いち個体のなかに共存しているらしい。
リーリーとシンシンは、同じ基地で同じ年に生まれ、パンダの子どもたちが集まる「パンダ幼稚園」で一緒に過ごした。人間でいうところの幼馴染のような関係である。シンシンはパンダの野生化を目指すプロジェクトの候補生になったことがあったが、四川大地震の影響でその計画は中断。2頭は、大きくなってから再び出会うこととなった。人間の尺度で見てしまうと、まるで運命のような2頭である。
(↑彼らの幼少期がまとめられているこの本、いまもどこかで買えるのだろうか。Amazonは値段跳ね上がりすぎてる。図書館とかにはあるのかも)
とはいえ、パンダは繁殖の相手をものすごくえりごのみするらしく、ペアで来園したからといって確実なものじゃない。実際、かつて上野で生まれたパンダ、トントンとユウユウの両親は相性がよくなかったために人工受精が行われている。
一方リーリーとシンシンは相性がとてもよかった。2017年にはシャンシャンが生まれ、2021年に双子のシャオシャオレイレイも生まれて、順調に育っている。その前に1頭、生まれてから数日生きていたオスの赤ちゃんもいた。
子どもたちは、両親の血をわかりやすく受け継いでいて、顔立ちも性格もよく似ている。そんな子どもたちと比較すると、リーリーやシンシンの観覧は待ち時間が少ない傾向があって、リーリーは「待たせない男」なんて呼ばれていたこともあった。(報道発表後は長蛇の列)
なんだろう、どうしても赤ちゃんパンダに人気が偏る傾向はあるなぁと細々と感じてきた。きっと、あっという間に見られなくなってしまう刹那な姿だからこそというのもあると思う。それでもパンダたちは、ちっちゃくてコロコロしているときばかりじゃなく、ずどーんと大きくなってからも揺るぎなく、ずっとずっとかわいい生き物だ。(いや、パンダに限らずほかの動物もそうだけど)
リーリーはワイルドだけどそれ以上にとにかくチャーミングで、顔をくしくしっとする姿をはじめ、しぐさがいちいちかわいい。旧パンダ舎にいたころは木に登ってシンシンを凝視していたのも見どころのひとつだった。シンシンは快活で、おおらかで常に食べものに夢中なところが本当にブレない。産後すぐ以外は基本的に食欲が優先事項。子どもたちからも遠慮なく竹をえいやっと強奪する姿が私は特に好きだった。
以前、彼らが来園してまもなくのころ、飼育を担当していた阿部さんの著書『パンダ飼育係』(KADOKAWA)に、「シンシンはホースやバケツを食べものと間違えてかじっていた(意訳)」と書かれているのを見たときはにこにこしてしまった。ちなみにリーリーは阿部さんから見ても、とっても優しいジェントルマンなパンダらしい。
そんな彼らだが、去年の秋ごろから高血圧の症状が出始めたという。知ったときにはかなり動揺した。最初に症状が出たのはシンシンで、それにともないリーリーも血圧が測定できるようにトレーニングを開始。11月末、リーリーにも高血圧の症状がみられたため投薬をはじめたという。そして、今年の春にはリーリーに吐き戻しの症状がみられたため、エコー検査が行われたほか、8月にはシンシンの目に白内障疑いがあるとの発表があった。
そして8/30、返還の発表。
リーリーとシンシンはいま19歳。パンダの年齢は3倍すると、人間の年齢になるらしいので、人間であればまもなく還暦だ。人間も歳をとるのに伴い、徐々にいろんな症状があらわれるけど、パンダもそうなんだよな、生きものなのだから。そう思うと、対パンダにおける医療が発達している中国へ行くのは、賢明な判断なのだろうと、素人ながらに理解はできた。
2023年2月に中国に渡った、和歌山のレジェンドパンダ・永明さんは、高齢なので現在非公開ではあるものの、もりもりと竹をよく食べ、すっかりつやつやになっているらしい。
飼育下にあるパンダの平均寿命が30歳といわれているところ、永明さんはまもなく32歳。永明さんが健やかに過ごしている様子を知っているからなおさら、リーリーとシンシンも、中国でケアを受けながら過ごすのがよいんだろうな、と頭では理解ができる。加えて実際に中国の基地に行き、広大さをまのあたりにした身としても、あれだけ豊かな場所であれば、穏やかに暮らしていけるんだろうな、とは思う。でも彼らが上野からいなくなってしまうことが、ただただ、とてもさびしい。
そのさびしさがどこからくるのか、改めて考えてみた。私の場合、2頭のことが好きなのももちろんあるが、なんというのだろう。若い頃の2頭をリアルタイムで観ていたがゆえの思いが確実にある。動物の多くは、人間よりも寿命が短い。だから私たちは、愛着のある動物のはじまりから最期までに立ち会うことになる場合がある。同じ速さで歳を重ねられないことは、こんなにも切ないことなんだと、飼っていた犬をとおして知っていたことではあるけれど、ぜんぜん慣れるものでもない。改めて考えてしまった。
はじまりから最期までといっても、彼らを知ったのは彼らが5歳のときで、いまもばっちり生きているし、このあと10年以上は生きてほしいわけなのだが。それでも、私が滞りなく後期高齢者になれたら、彼らのほうがきっと先なんだろうと思うと想像しただけで、もうつらい。パンダが人間と同じスピード感で加齢する動物だったら、ここまで泣きそうにはならなかったような気がする。
老いをつらいと感じてしまうのは、衰えるからというよりも、終わりが近づいているのを感じるから、という意味のほうがずっと強いような気がする。
でも、そんなこと言ってるけど、彼らはまだまだ元気なはずだから、私はしっかりお金を貯めて、また中国に行こうと思う。ビザが必要だったりとかで渡航しやすくないのが難点なんだけど。中国のパンダ基地よ、可能であればぜひとも彼らを公開してほしい。非公開ではなくて。健康が第一なので、無理にとはいえないけど、いちファンとしての切なる願いです。
最後に、
自分が過去に書いた記事も貼っておきます。
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