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一億総中流の終わりと始まり

日本国民一億総中流の時代が終わったと感じているが、実は始まりでもあるという話。


中流が下流に落ちた

一億総中流というのは、昭和の時代だろう。サラリーマン家庭であれば、4人家族で家電と車が揃っていて、たまに旅行をするぐらい。おそらくそれが中流だったと思う。そもそも中流というのは、多くの人がその階層にいるから中流だ。

なので、今の中流と昔の中流は違う。今の中流は、決して贅沢はできないが、なんとか暮らしていけるという状態かなと思う。

で、その今の中流の生活は、今までの平均的なサラリーマンではできなくなっている。物価高と社会保険料や増税のせいだ。もろもろ差し引いた手元に残る金は、昔より少ない上に、物価高だ。昔の中流の生活をしていた人はもうできなくなり、下流に落ちた。

上流から中流へ落ちる人

同時に、今まで上流にいた人は中流へ落ちることになる。平均的な年収でもちょっとした贅沢もキツくなり。節約を意識してなんとか養育費やローンなどの支払いをすることができる。もっとも子供と家を持てるだけで上流なのだが、物価高と増税のせいで、他のことができなくなり中流になる。

これが新たな中流の始まりだ。

多くの人がその階層にいるという意味では、節約貧困生活がスタンダードであり、そこが中流となるかもしれないが、ややこしくなるので、昔の中流をそのまま中流として話をすすめたい。

中流から上流へ上る人

逆に今ままで中流だった人が、上流へ行くパターンもある。投資により資産を増やした人だ。純資産割合の、金融商品が増えている人の割合が多い。つまり株の価値があがり、純資産額が増えたということだ。

こういう人は、給料が横ばいで、物価高・増税であったとしても、それ以上に資産の増大のほうが大きいので、逆行して中流から上流へ上がる。

上流かどうかはわからないが、私もそのひとりだ。働いているだけではおおよそ築けない資産を手にしている。サラリーマンで芽が出なかった私が節約せず散財できるぐらいになっているのは、投資をしていて、まさに株価が上がっているおかげだ。

今まで学歴と昇進が正攻法のルートだったが、いまはいろいろな人がいろいろな方法でそこらのサラリーマンより稼いでいる。円安を味方につけたものが勝つし、生き残るのは状況に対応できる人だけである。

私は円安大歓迎である。それは変化に対応できたご褒美だと思っている。

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