【シナリオ】私の月
シナリオセンター通信本科課題2「マッチ」
おばあちゃんの遺品から出てきた喫茶マリュンのマッチ箱。それは書いたものを届けてくれる不思議なマッチ箱でした。
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<人物>
木下月子(28)(23) 契約社員/無職
木下月子(9) 小学四年生
木下和子(72)(58) 月子の祖母
森崎徹(68) 喫茶マリュンマスター
桜井房江(62) 桜井荘の大家
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〇木下家・台所
古い和風の一軒家。
食卓に『ケアホーム双葉』のパンフレット。
鍋を見つめる木下月子(23)。
筑前煮。鍋肌がぐつぐつ煮立っている。
月子、コンロのつまみに手を伸ばす。
和子の声「まだ早いよ」
木下和子(72)が来て、鍋をゆする。
和子「汁がこんなに残ってるじゃないか」
月子「私まだこの家で暮らしたい」
和子「十五年も教えてこんなもんかね」
月子「外なんか出たくない」
和子「醤油」
月子「私も追い出すの? お母さんみたいに」
和子、醤油取って回し入れ、火を消す。
和子「盛り付けくらいできるだろ」
出ていく和子。
鍋を見つめる月子。
〇トラストカード・オフィス
T『5年後』
パソコンに向かっている木下月子(28)。
チャイムが鳴り、連れ立って出ていく女性社員達。
一人残される月子。
〇トラストカード・休憩室
一人、弁当を食べる月子。
〇桜井荘・月子の部屋(夜)
古いアパートの1階。1Kの狭い部屋。
ラップされた料理。
壁には男物の服。
ひっそり置かれた遺骨と位牌。
スマホを見ている月子。
傍らに『ウエディングパレス請求書在中』の封筒。
『風間巧斗』とのトーク画面。
『振込したよ』と振込明細の画像。既読マーク。
『帰り何時になる?』と送信し、伸びをする月子。
足がダンボールに当たる。
月子「……」
荷札の送り主は『ケアホーム双葉』。
月子、のそのそダンボールを開く。
『木下和子』と書かれた櫛等
少しの身支度品と千代紙の貼箱。
貼箱を開く月子。
喫茶マリュンのマッチ箱。二十個。
月子「…なにこれ」
スマホが鳴り、飛びつく月子。
『怪盗キッチンが投稿しました』とSNSの通知。
シラストーストの作り方の動画。
月子、憮然と動画眺め、
転がっているペンを手に取る。
目に入るマッチ箱。
月子「…まいっか」
マッチ箱一つ取り、
『シラス、食パン、チーズ』とメモ。
見つめる月子。
月子「なんでマッチ…」
マッチに火を点け、じーっと見つめ、
ふっと吹き消す。
外でガタンという音。
〇同・同・前(夜)
ドアから顔を出す月子。
下を見ると、シラス、食パン、チーズの入った箱。
月子「え、誰…」
〇同・外観(朝)
引っ越し業者が桜井荘の一室から
トラックに荷物を運んでいる。
桜井房江(62)、あくびしながら掃除中。
〇同・月子の部屋(朝)
シラストーストかじる月子。怪訝な顔。
月子、マッチ箱に『プリン』と書き、
マッチを擦って消す。
冷蔵庫でガタンと音。
× × ×
プリン食べながら、マッチ箱をまじまじ見る月子。
さっと『百万円』と書きマッチを擦る。
つかない。
もう一本擦る。つかない。
次々擦る。つかない。
月子「…意地が悪い」
スマホが鳴る。
月子、ハッとスマホ見て、ため息。
SNSを開く。
『怪盗のオススメ調理器具ベスト5』
月子「……あ…」
月子、ひらめいた。
〇トラストカード・休憩室
意気揚々と大きな弁当箱を開く月子。
高級ホテルのランチのような豪華さ。
〇桜井荘・月子の部屋
高級食材が書かれたマッチ箱が転がり、
ピカピカの調理器具が並ぶ。
〇トラストカード・休憩室
月子、一人にんまりと弁当をほおばる。
男性社員達が通りがかって二度見。
月子嬉しそう。
耳打ちする女性社員達。
〇同・会議室
部長と月子。
部長「…で、次の更新はなしということで」
月子「…私、何かしたんでしょうか…?」
部長「いやぁ言いにくいんだけどねぇ、
君がいると皆の士気が下がると言われてねぇ」
月子「……」
〇桜井荘・月子の部屋・前(夕)
ぼーっと歩いてくる月子。
蛍光灯を交換している房江。
房江「あ、木下さん、引っ越し大丈夫よね?」
月子「…最近、多いですね、引っ越し」
房江「嫌ねぇ。ここ建て替えるから
契約更新できませんて。
彼に聞いたでしょ?」
月子「……え?」
房江、周囲伺い、小声で、
房江「特別に立ち退き料前払いしたんだから、
ちゃんと出てってよね」
月子「……」
〇同・同(夜)
目を閉じて深く呼吸をし、
スマホのメッセージアプリを開く月子。
息を飲む。
『風間巧斗が退出しました』の文字。
月子「…なんで……」
震える手で電話をかけるが
『現在使われておりません』の音声。
月子「……」
拳で胸を叩き、大きく呼吸する月子。
月子「……やっぱり…外は無理だ…」
月子、貼箱からマッチ箱取り、
『七輪』『練炭』と書く。
マッチを擦るが、火はつかない。
マッチを投げ捨てる月子。
月子「もう嫌だ…頑張りたくない…」
マッチ箱掴み、『睡眠薬』と書き、
マッチを擦る。つかない。投げる。
月子「生きてるのめんどくさい…」
『ロープ』『拳銃』『剃刀』『毒』と
次々マッチ箱に書くが、火がつかない。
マッチ箱を骨壺に投げつける月子。
マッチ箱、跳ね返り、おでこに当たる。
月子「痛っ!」
転がるマッチ箱。
肩を落とす月子。
〇霊園・木下家の墓
花が供えられ、線香から煙。
墓石に『木下陽子五月十五日二十八歳/
木下和子三月一日七十七歳』の文字。
〇バス停
喪服の月子、ぼーっとベンチに座り、
時刻表に目を向け、ハッとする。
『喫茶マリュン』のバス停看板。
〇喫茶マリュン・前
昭和レトロな喫茶店。
看板を見上げる月子。
森崎徹(68)が中から顔を出す。
森崎「よろしければ」
月子、自分の服を見る。
森崎、微笑み、
森崎「どうぞ」
〇同
カウンターの隅に座る月子。
月子「あの…マッチって、ありますか?」
カウンターからマッチ箱を出す森崎。
月子、受け取り、じっと見つめる。
森崎「失礼ですが…月子さんでは?」
月子「…え?」
森崎「マッチをお求めになるのは、
今ではコレクターの方と
おばあ様だけですから」
とノートを差し出す。
『伝言ノート』。
月子「……」
ノートを開く月子。
客たちの落書き。
月子のページをめくる手が止まる。
『五月十五日 月子へ』。
森崎「去年いらした際に
初めてお書きになっていたので…
お会いできてよかったです」
ノートを見つめる月子。
和子の声「月子。元気でやっていますか?
私のこと、まだ怒っているだろうね」
〇(回想)霊園・木下家の墓
手を合わせている木下和子(58)。
和子の声「前にお前のお母さんが言ってたんだ。
生きるっていうのは料理みたいだって」
目を開き、墓石を見つめる和子。
和子の声「今はそれが少しわかる気がするよ」
〇(回想)木下家・台所
マッチ箱を貼箱に入れ棚にしまう和子。
振り返ると木下月子(9)が泣いている。
和子の声「できることを一つずつやってけば
何かしらできあがる。
それが不味かったら次は
少しやり方を変えてみればいいんだ」
和子、火にかけた鍋から汁を小皿にとり月子に渡す。
小皿に口をつける月子。
和子の声「大丈夫。できるよ。だってお前は」
月子、一口飲んでにっこりと笑う。
和子の声「あの子の自慢の娘なんだから」
〇桜井荘・月子の部屋
何もない部屋に射し込む明るい陽射し。
〇霊園・木下家の墓
手を合わせる月子。
目を開きすっと立ち上がり、しっかりと墓石を見る。
月子「行ってきます」
スーツケースを転がし、歩き出す月子。
<終わり>
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