3年間、採用を徹底的に見直して、ようやく会社が安定した話(後編)
4月、わたしの会社に新卒の新入社員が2名、入社しました。20年前にわたしの音楽教室に入ってくれた子どもたちです。
前編はこちらです。
2021年、会社説明会を開きました。わたしにとってはとても大切で可愛い教え子なので、うちの会社に入る入らないは関係なく、「働く」ということについて、本当のことを知ってほしいと思いました。
普通、会社説明会でどんな話をされるのか知りません。わたしは就職活動をしなかったので、普通、どんな就活をするのか知りません。
でもわたしは、卒業から30年間、一度も無職になったことはなく、会社員もフリーランスも起業も経験しました。現在は人を採用し、雇う立場です。その経験から、学生の頃、周りの大人に脅されたことは全部嘘だったし、わたしを脅して来た人たちは、わたしよりもずっと経験値が浅いということがよく分かりました。
だから、大切な教え子には、「本当のこと」を話そうと思ったのです。この記事は、2年前に、会社説明会で新卒の教え子に話した内容を文字に起こしたものです。
社会人とは何か
みなさんにお聞きします。
社会人ってなんですか?
会社員ってなんですか?
就職ってなんですか?
聞き方を変えます。
あなたはなぜ社会人になるのですか?
あなたはなぜ会社員になるのですか?
あなたはなぜ就職するのですか?
あなたはどう生きますか?
考えたことはあるでしょうか。
会社説明会は、こんな言葉で始めました。
女性の生き方
わたしが出会い、自分の人生に不満を感じている女性の生き方を一般化してご紹介します。
20歳になるまで、みなさんは特別に「男性と女性の生き方」を区別された自覚はないと思います。
今、男の子も女の子も一生懸命、就活をしているところでしょう。神経を削られ、辛い思いをしている子もいるでしょう。人生が不安になるような落され方をした子もいるかもしれません。
でも、安心してください。
あと数年後、今、ものすごく優秀で志があるように見える、隣の就活生、ほとんどが会社を辞めています。「ほとんど」というのは言い過ぎか。でも、びっくりするくらい辞めてますよ。そして、辞めたところで何も起きません。人生の脱落者になるわけではありません。もしかすると清々とした顔で、自分らしく生きているかもしれません。
今、一生懸命、就職しようとしている隣の子を見ても、「この子がすぐに辞めるなんて」信じられないかもしれません。でも現実はそうです。
なぜそうなるかというと、「どう生きるのか」を考えていないからだと思います。
貴重な20代の1年か2年をみっちり費やし、世の中の仕組みに乗っかって就活をして会社に入ったとしても、「幸せな人生の保証」は誰もしてくれません。
それよりわたしが深刻だと思う問題は、子育て中、もしくは子育てが終わった女性が軒並み、あてのない自分探しの旅に出かけ、「自分迷子」になっている、ということです。旅といったって、実際にどこかに行くのではなく、「どう生きたいのか」「このままの人生でいいのか」という、本当は20歳で考え抜くべき命題にぶつかって苦しんでいるということです。
「就職活動」というマーケット(そう、この市場はお金儲けの場です)の餌食になって、レールに乗っかっている間、このマーケットの大人たちはあなたたちが自分のことを自分の頭で考えることを停止させようとします。だってその方が簡単に儲かるから。
そのツケがやってくるのです。結婚も子育ても、今や立派なマーケットです。ずーっと用意されたマーケットに乗っかるだけの人生で、そのまま幸せに死んでいけたらいいんだけど、「我が子」という存在がみなさんに現実を見せるときが来ます。「この子らしく、幸せに生きてほしい」と願ったとき、初めて「あれ?」って気づくんです。「わたし、親として、何か教えられることがある?」って。自分らしく生きたことがないと、何も出てこなくなります。
わたしがなぜこんな脅すようなことを言うかというと、あなたたちが本当はやりたいことをやっているときに輝くような瞳をちゃんと持っていることを知っているからです。それをそのまま社会に活かせばいいんです。わざわざ、合わせにいくことはありません。
だから今から、「自分がどう生きたいか」を考えてください。就職は、あなたの人生を乗っ取ってしまうほどの重大な局面ではありません。あなたの人生の、ほんのほんの一部です。自分で舵を取っても大丈夫です。
令和の今も、「女性の人生」は男性とは大きく違います。そういう社会なんです。これはみなさん自身の問題です。まずは、ちゃんと知りましょう。
参考に、これはわたしが学童保育(働くご家庭のお子様を預かる事業)を始めるにあたって、2024年に働くお母さんにインタビューした記事です。まだまだこれが現実です。
若い人たちはみんな、賢くなってください。自分らしく生きるためには、学歴やお金ではなく、知恵と情熱が助けてくれます。
働き方の提案
就活に疲弊し、いざ就職したあと、「そんなにやりたいわけじゃなかった」、とはいえ今さらレールから降りることもできずに泣いている、本当は夢も希望も未来もあるはずの若者を見ていて、考えました。
若者の立場に立ってみると、就活もおかしいし、会社もおかしい、って。
以前、書いた記事です。就活のどんなところが問題か、読んでみてください。
それで、わたしの大切な教え子に、こんな提案で条件を出しました。
副業OK
新卒で就職したての数年間、いろんなことをやってみたらいいと思います。
会社は、新卒生が売り上げを上げて生産力を出せるまで、辞めないように囲い込みするしかありません。だって、大損だもん。2年も3年もかけて、「うちの会社の仕組みの中で成果を出せる人材」として育つまでは、全部、コストです。ただただ、お金が出ていくだけ。生産性が上がって、利益に貢献できるようになってからバリバリと働いて、その数年分のコストを取り戻してもらわないと割に合いません。
だから他のことができないようにするしかないんだけど、その数年間がしんどいんだよね。思ったような成果も出せず(当たり前なんだけど、これがけっこう辛い)、「自分に価値があるのかな」「役立ってるのかな」「本当にこの道でいいのかな」っていう自問の日々だと思います。
「副業」っていうと、なんか、SNSなどで見かける怪しい金儲けみたいに思うかもしれないけど、そうじゃなくて、自分について、仕事について、働きながら模索したらいいと思うんです。思いもよらない出会いや発見があるかもしれないし、わたしの会社にとっても、人間の幅が広がるのは大歓迎です。
副業って言ったって、別に必ずしもすぐにお金にしなくてはいけないということもありません。
わたしは今、リトミック講師として、文章を書く人として、社長として、いくらでもお金を生み出す方法があり、経済的に超自立しています。ここに来るまでに、20代の膨大なタダ働きと研鑽があったからです。若く、頭が柔らかく、体力もあるうちに、存分に経験を積み、修行を積まないともったいないです。何がお金に変わるのか、ただ雇われているだけではいつまでも分かりません。
自分の作品を売ってみるとか、自宅でできる技術をココナラなどのサイトで売ってみるとか、ボランティアで社会貢献するとか、技術者に弟子入りして何か教わるとか、イベントスタッフとか、自ら仕事を作って売り込むとか、ぜひ、いろいろチャレンジしてほしいです。
週休3日
副業と同じで、いろいろやってみたらいいと思う。20代なんて、やれることがいっぱいあります。
もし、「休みをもらっても何をやったらいいか分からない」なら、そこから考え直す必要があります。20代で時間を持て余すなんて、そんなもったいないことではダメです!どうしてそうなったか、今までの人生が受け身じゃなかったか、よく考えてみたらいいと思います。
わたしは今、やりたいことが全部、仕事に繋がっているから、やりがいがある一方で、とてもやりづらいです。活動が全部、営利になってしまうからです。
もし、お金にならない、本当に趣味の活動ができるなら、今だったらフランスに関するサークルを作るかな。営利目的じゃないならとても安く公共施設を借りれるし、助成金ももらえるから、フランスに興味がある人と集まってフランス語の本を読み合わせしたり、フランス映画を自主上映したり、シャンソンを歌ったり、できることはいっぱいあります。もしかしたら、そこから新たな仕事を見つけて転職するかも。考えただけでワクワクするし、アイデアが止まる気がしません。
必ず一人暮らしをする
こんな弱小会社ですけれど、住宅手当を出してます。なぜかというと、必ず一人暮らししてほしいからです。
大学生や社会人で自活をしないと、自立が本当に遅れます。「いや、そんなことない!実家暮らしでもちゃんと自立してる!」っていう人もいるかもしれないけど、わたしはそう思いません。やっぱり実家暮らしの社会人って、どこか甘く、やりたいことに対してアグレッシブに行動できないと思います。アグレッシブに行動できないということは、同じところに到達するとしても、スピードが遅いってことです。
そして、「自分の生きたい人生」への近道になると思います。親の価値観にどっぷり浸かって暮らしていると、「自分がどう生きたいか」は見えてきません。一人暮らしをすると、「自分がどう生きたいか」が、とっても細かいところにも存在することが分かります。
たとえばタオル。
色を揃えたい?もらったもので十分?どの頻度で洗う?いつ捨てる?
実家暮らしだと考えたこともないと思います。こんなところにだって価値観はあり、あなたと親が同じとは限りません。
え?タオルを選ぶことがどうして自立に繋がるの?自立ってもっと難しいことでしょ?って思うかもしれません。自立とは、親とは違う、自分自身の価値観で生きることです。タオルひとつ自分の考えで選べない人に自立はできません。自立や自分軸や自分らしい人生といった華々しい言葉は、目の前の当たり前のことに基づいています。
立派に家事をこなし、自律しなくちゃいけないってことでもないんです。「家事ができないダメな自分」を知ることも大事です。
社長の立場で言うと、やはり、自分でゴミの分別をしたり、排水口は誰かが掃除してると知っていたり、「仕事」とも言えないような当たり前のことすら教えなくちゃいけない成人とは面白い仕事ができないから、「次のステップの話」をするためにも、当たり前の暮らしは当たり前に知っていてほしいです。
勉強手当
毎月、事前申告で勉強手当を出します。
そのお金を使って、「これは勉強です」と自分で言えることなら何に使ってもOKです。本でもいいし、ならいごとでもいいし、コンサートのチケットでもいいです。その代わり、アウトプットをしなくはいけません。社員みんなの前で、報告会をします。
入社支度金
周りでリサーチすると、新入社員1年目からボーナスを出すということが分かりました。でも、経営的にはそのボーナスってどうして出るのか理解できません。
新入社員が入社して、どのくらい利益が生み出されるのか分からないのに賞与が決まっているってことは、そのお金が払えるなら給与を上げてあげたらいいのに、と思いました。
実際にはボーナスを出せるどころか、赤字になるかもしれないのに、最初からボーナスを出してしまうと、もうなんか、それが当たり前というか、もらうお金だけにぶつくさ言う、その辺の愚痴サラリーマンになってしまいそうです。
なので、わたしは、実際にお金が必要になるであろう入社前に、入社支度金をあげることにしました。けっこうなまとまったお金なので、計画的に使い、引っ越しや自活のための買い物や、初任給が出るまでの生活費に充ててもらうためです。
経営的には、実際にリクルートにかかるお金がうちは0円でしたから、本当ならかかったであろうお金を渡すことにしました。
iPad支給
社長がAppleフリークなので、我が社に入社すると漏れなくApple製品で仕事をすることになります。会社で備品として支給しても結局はどれだけ好きになって使いこなすかが大事なので、私物としてあげることにしました。
入社支度金といっしょに渡していたので、入社のときには基本的な使い方はマスターしていました。
経営者が見たら分かると思いますが、これらの手当などは、会社がどうこう、社員がどうこうというより、「人として若者をどう成長させるか」を考えました。
そんな余裕のある会社ではないはずなのですが、「社員として育てる」よりも「人として育てる」方が、結局は会社のためにもなると考えたからです。大きな賭けで、まぁ、どうなるかは分かりません。
それに、見たら分かる通り、これらの条件を本当に活かすことができるには、けっこうなハードルがあります。クリエイティブでやりたいことがはっきりしていたら大喜びで活かすでしょうが、ほとんどの真面目な学生は何から手をつけたらいいのか、途方に暮れるのではないでしょうか。
うちの新入社員のみならず、若いみなさんに知って欲しいことは、これらのことが大事だよ、ということです。
休みに何をするか
働き方の可能性を模索し続けること
勉強を続けること
自活すること
ツールを使いこなすこと
会社に入ったらおしまいじゃなくて、これからもみなさんの人生は続きます。人生において、これらのことが大切だと分かるときがきっとくると思います。
社会人とは何か
最初の質問に、30年間、社会人をやってきたわたしなりの定義をしたいと思います。
そこで、大事になるのは「あなたたちはどう生きるか」ということです。
就活のマーケットに乗っからず、人生を考えてください。あなたがあなたのままで必要とされる場があります。会社なんてただの器です。実体のないものだから、簡単に崩壊することもあります。ただの器を選んだり探したりするために、宝石のように貴重な20代の数年間を費やす必要はありません。
働き方には「新卒入社」以外にも山のようにルートはあるし、中途入社なら新卒とは比べ物にならないほど実情に合った選び方ができます。マーケットに翻弄されないでください。
ミューレの文化を継承して欲しい
以上のようなことを話して、もちろん、会社の概要や仕事内容を説明した後、最後にこんな言葉で締めくくりました。
入ってくれたら、いろんなことができるな、と思いました。「どうしても必要」というより、「なんか面白い会社になるな」って感じでした。
わたしにとっても「賭け」でした。わたしは子どもたちと過ごす中で、おの中で「普通こう」と言われていることなんか、ことごとく嘘だ、「みんなこうしてる」の言うことを聞くと、自分らしい人生なんか送れなくて、ブツブツ不満を言うことになる、と思っていました。そして、それを子どもたちに早く伝えてあげたいと思って、接しています。
が、「普通こう」の力はとても強く、佳織先生ひとりに言われたからといって、普通とは違う(違うっていったってたいしたことないんだけど)道を進む子は本当に少ないです。
だから、今回も、言うには言うけど、まぁ、普通の就職をするんだろうなと思っていました。実際、この子達も「まぁ、ないかな」と思っていたんじゃないかなと思います。真剣には検討してくれたとは思うけど。
わたしも、普通の就職の相談に乗ったりしてました。面接にも行ったりしたみたいです。
そのうち、どんどん顔が暗くなっていって、泣くこともあったりして、まぁわたしとしては「だろうね、それが普通の就活だからね」と思っていたけど、こればっかりは、自分で選んだ道ですから。体験して自分で決めるしかありません。
2023年の夏、ミューレジカルという、恒例の発表会を開催しました。
これが終わったとき、最後のひと押しとして、この子たちにLINEを送りました。
返事は「先生の想いは分かってます。簡単じゃないことも分かってます。だからよく考える」と返ってきました。なんか、安心しました。
その後、しばらく話さなかったんだけど、ある日、一人の子の顔つきがパッと変わって、「あぁ、この子、ミューレに来るって決めたな」って思ったことがありました。何しろ2歳から知ってるので。何より一番固いのは顔つきです。いくら言葉で何か繕っても、顔は正直です。だから、迷いつつの「入社します」という宣言より何より、わたしは、「覚悟を決めたな」と安心しました。
健太さんに「あの子、たぶん、ミューレに来るって決めたと思う」と伝えました。それから程なくして、ふたり揃って、「入社させてください」とお願いしに来ました。
こうして、株式会社生きる力、今の時点では最強のチームができました。実際にはどうなるかは分かりません。一歩一歩、力を合わせて試行錯誤しながら進むしかありません。
今、わたしは何も想定していません。期待もしていません。ただ、考えて、実行して、進むのみです。株式会社生きる力はたぶんこの先も大丈夫です。「子どものために」を忘れなければ。