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辻さんの言葉でライオンズと辻さんの6年間を振り返る

(※ヘッダー写真提供@u_u_u_u_chi)

10月9日、CSファーストステージ第2戦に敗れ埼玉西武ライオンズの2022年シーズンは幕を閉じた。
ライオンズナインが挨拶に出てくると、応援団のリードによる「つーじ!」コールと大きな手拍子が始まる。

その後に球団から発表されるリリースの予想が付いていたため、ビジター応援席にいながら涙が止まらなかった。
1時間後、予想通り球団からそのリリースが出た。
辻監督退任。

毎年シーズンが終わると野球が見れない寂しさで一杯になるが、この夜に限っては辻さんのことで頭が埋め尽くされた。中洲でビールを飲みまくり、中洲川端のアーケードで「発彦!」と叫んでしまった。

ライオンズを率いた2017年からの6年間でリーグ優勝2回、Aクラス5回。
その成績もさることながら、選手・ファンへの温かい言葉で多くのファンを魅了していたように思う。
辻発彦とライオンズの6年間を振り返ってみたい。

写真提供@u_u_u_u_chi

まずは辻さんとライオンズの歴史をおさらい。
辻さんは1984年にライオンズに入団。90年代にかけてのライオンズ黄金期を走攻守で支え、二塁手として歴代最多8度のゴールデングラブを獲得した。
しかし1995年に引退勧告を受けると、現役にこだわり移籍を決意。
野村克也が黄金期を築いていたスワローズで4シーズンを過ごした。
引退後はスワローズ、森祇晶率いるベイスターズ、王貞治率いるWBC日本代表でコーチを歴任。更に2007年からは2度に渡って通算8年間ドラゴンズでコーチを務めた。

一方ライオンズは2008年に渡辺久信がチームを率いて4年ぶりの日本一を達成するものの、その後はなかなか結果が出ず。
2014年には伊原春樹が11年ぶりに監督として復帰するが、若い選手たちと噛み合わず6月には休養に追い込まれる。
そこから2016年までは田邊徳雄が指揮を執ったが、ディフェンスの弱さ、一発頼みの打線が改善できず3年連続のBクラスに沈んだ。
後任監督として宮本慎也・秋山幸二の名前が挙がるものの、どうやら断られたようで、お鉢が回ってきたのが辻さんだった。

ライオンズからオファーを受けた辻さんは当時のドラゴンズ落合博満GMに相談。

「何の役で誘われたんだ?」
「監督です」
「だったら頑張れ。応援するよ。コーチなら出さないけど、監督なら話は別だ」

名門再建を託された西武ライオンズ・辻監督の「苦悩と改革」
https://gendai.media/articles/-/51963

こうして監督就任が決まった辻さんだったが、正直に言うと当時は不安もあった。ストイックなイメージが強い落合ドラゴンズで長年コーチを務めており、二軍監督として某選手とやり合ったなんて話もあったからだ。
黄金期のレジェンドの帰還ではあったものの、自由な(悪く言えば「緩い」)チームの雰囲気と合うかという不安はあった。またエース格だった岸孝之もFA移籍。不安が付きまとう船出となった。

■2017年

前年までの低迷の原因とされていたのが脆い守備と、能力がありながらも繋がりを欠いた打線。
しかしこの2つを一気に解決する男が現れる。ルーキーの源田壮亮だ。
広い守備範囲、正確な送球、堅実なバッティング、バントや盗塁もソツなくこなすと、今まで点の集まりでしかなかった攻撃が、文字通り「打線」へと変貌していった。
源田は線の細さからどこまで持つか心配されていたものの、終わってみればルーキーとして56年ぶりのフルイニング出場。今思えば「信じた選手にとことん託す」という辻さんの姿勢はこの時から変わっていなかった。

「行っていいのサインで、あいつに任せてるから。こっちはサインを出しているので(今後)消極的になる必要はない。いろんなところを見て走ったのだろう。ディスボール(この球で必ず走れのサイン)ではないから、そこは頭に入れて、反省するところはして。1点負けてて走るのは難しいよ。これからもドンドン走ってほしい」

辻監督、同点機で二盗失敗の源田責めず…本人は反省
https://www.nikkansports.com/baseball/news/1842549.html

話は遡るが春季キャンプでは辻さんは源田を直接指導。
自らがルーキーの時に広岡達朗監督に守備を徹底的に鍛えられ、指導者になってからも手本を示せるようにスリムな体型を保っていた辻さん。
名手が監督となりまたまた名手を生む。そんなサイクルが作られていたのだ。

そんな2017年の辻さんだが、2つの悲しい別れがあったことが思い出される。
キャンプ初日の2月1日、父・広利さんが86歳で亡くなったのだ。
1月30日に地元・佐賀に戻り危篤状態の広利さんと対面。それでも家族から「お父さんなら『おらんでよか』と言うはず」と後押しされ、羽田空港に戻ってからチームと一緒にキャンプ地・宮崎入りしていた。
2日朝に選手たちに報告したものの、葬儀には出席せずチームとともにいることを選んだ辻さん。
西鉄ライオンズのファンだった広利さんは辻さんを連れて何度も福岡・平和台球場へ足を運んだという。ライオンズの指揮官としてスタートを切った初日にお父様を亡くす。その心中は察して余りある。

もう1つの別れが一軍投手コーチの森慎二さんが6月28日に亡くなったことだ。
25日に遠征先の福岡で体調不良を訴えて入院、それから僅か3日後のことだった。数日前まで一緒に戦っていた、しかも42歳の若さとあってチーム全体が大きな悲しみに包まれた。
辻さんは28日の試合前に関係者から告げられ、チームには告げず一人胸に秘め指揮を執っていた。その報せからチームは連敗が続いたが、通夜が営まれた7月3日にファイターズに勝利。ウイニングボールは翌日の告別式に捧げられた。

試合で思い出深いのが6月11日ベイスターズ戦。
1点リードの9回のマウンドに増田達至が上がり、2死1塁の場面で宮崎敏郎を迎える。増田は9日に宮崎に逆転2ランを浴び、チームの連勝が6でストップしていた。
誰もが2日前を思い出す場面で、辻さんは就任後初めてマウンドへ向かう。
そこで増田に掛けた言葉が「一度マウンドに上がってみたかった」。
プレッシャーを解きほぐす言葉を掛けてベンチへ戻ると、増田が見事に宮崎を打ち取りリベンジを果たした。コーチを信頼する辻さんが6年間で自らマウンドに行ったのは2度(引退する投手の登板を除く)。もう1度はこれから2年3か月後のことになる。

夏に赤い「炎獅子ユニ」を身に纏ったチームは快進撃を演じる。
7月末からチーム59年ぶりの13連勝を飾って迎えた8月5日のホークス戦。
中盤にリードを広げられ遂に連勝ストップかと思われたが、8回に2点、9回に4点を奪って7-7の同点に追い付く。
最終的には延長で敗れたのだが、メットライフドーム特有の暑さと連勝中の押せ押せムードもあってスタンドは異様な雰囲気に包まれた。

「私が感じるのは、この大勢のお客さんですよ。これだけの声援をもらっていたから、最後まで食らいつくことができた。ファンの力も大きいと思う」
「昨日も今日も楽しかった。若い選手がこんな試合をできていたら、伸びていける。チームも絶対に強くなるので、こういう気持ちを忘れないで、明日からやってくれればいい。」

https://www.seibulions.jp/gamelive/hero/2017080501/

大型連勝で余裕があったということもあるだろう。それでも辻さんのファンへの感謝の言葉、チームへ投げ掛ける前向きな言葉は、3年連続Bクラスで沈んでいたファンの心に灯を点けてくれた。

「日本シリーズのような盛り上がりで本当にありがたい」

「日本シリーズのような盛り上がり」/辻監督https://www.nikkansports.com/baseball/news/1868727.html

2017年はホークスに次ぐ2位。CSファーストステージではイーグルスに敗れてしまった。
それでも外野に挑戦した外崎修汰が打率.258、10HR、OPS.706と台頭、7月に「野球人生を賭ける」気持ちで代打アーチを放った山川穂高も打率.298、23HR、OPS1.081をマーク。翌2018年の「山賊打線」の下地がこの時作られていた。
また2017年は投手陣も好調だった。菊池雄星が16勝防御率1.97と絶好調、他にも野上亮磨・ウルフ・十亀剣・多和田真三郎がローテを固め、ブルペンもシュリッター・牧田和久・武隈祥太・増田と駒が揃っていた。
このまま行けば投打ともに戦力充実…と言いたいところだったが、そうは行かないのがライオンズ。
牧田がポスティングでMLBへ、野上がFAでジャイアンツへ旅立っていった。
こうして「超」が付く打高の2018年シーズンが始まるのだった。

写真提供@u_u_u_u_chi

■2018年

秋山翔吾、源田壮亮、浅村栄斗、山川穂高、森友哉、外崎修汰、栗山巧、中村剛也、金子侑司。
シーズン792得点、チーム打率.273、196HR、OPS.805、二桁得点18度。
切れ目ない、どこから始まってもクリーンアップのような打線でパ・リーグを圧倒。
その代わり投手陣はとにかく点を取られた。チーム防御率は4.24。ローテの中心だった菊池・多和田・榎田は辛うじて防御率3点台だったが、その他の先発陣はほぼ4点台。
それでも取られては取り返す野球で、2008年以来10年ぶりのリーグ優勝に輝いた。

象徴的だったのが4月18日ファイターズ戦。8回表まで8点差を付けられながらその裏に7点、9回に2点を奪い大逆転サヨナラ勝ちを収めた。
その少し前のインタビューで

「僕が西武ファンだったら、今のチームは絶対面白いと思う」
「ファンのみなさんがこれだけ集まってくれるのは、きっと今のチームに魅力を感じてくれているからだと思います。プロとして勝ち負けはもちろん大事。でも、ファンに『いい試合だったね』と言われることはもっと大事。長いシーズンには当然負けもあるわけですからね。とにかく、1点を諦めずに戦う姿を、選手たちがいかに見せられるか。選手には、そこだけにはこだわれと伝えています」

開幕6連勝!辻監督語る西武「復活」への改革
https://toyokeizai.net/articles/-/215353?page=5

と語っていた通りの展開だった。

優勝すると各メディアが「取っておき記事」を出してくれる。
その中で興味深かったのが、辻さんの長男でパチスロライターのヤスシさんの話。

「監督になってからは変わったというか、明るくなった。口数も増えた。選手の話をすることが多くて、これがうれしそうに話すんですよ。自分が小さいころ、ほめられたことはほとんどなかったのに…。人が変わったという感じかな」
「基本的に作業をしている時は話しかけないけど、選手の映像を自慢げに見せてくる。老眼鏡をかけて『こいつ、ほんとによく打つな』とか『この守備すごいだろ』とか。悪く言うことは全くない。いいところを見て褒めている。ピッチャーも『最近、こいつよくなったんだぞ』とか」

西武・辻監督の長男が明かす素顔 千鳥をまねる59歳
https://www.nishinippon.co.jp/nsp/item/n/453932/

これを読んだときに鳥肌が立った。
チーム内やメディアに対して明るく振舞ったり、前向きな言葉を掛けるのは分かる。リーダーがメンバーに対して気を遣い、声を掛けやすい雰囲気を作り、自分から距離を詰めていくのは現代では一般的だと思う。
当然その裏には多大なストレスや我慢があるのだろうと想像していたのに、辻さんは一番無防備な家族の前ですら明るく選手のことを褒めている。
監督というポジションは辻さんにとって天職なのかもしれない。

夢のような2018年だったが終わりはあっけなかった。
ホークスを迎え撃ったCSファイナルステージを2勝4敗(アドバンテージ1勝含む)で敗退。10年ぶりの日本シリーズ進出はならなかった。
最終戦終了後にファンへの挨拶に立った辻さんは「悔しいです」と涙を流した。辻さんが誰よりもライオンズの可能性を信じていたことを知っていたからこそ、あの瞬間は本当に辛かった。

これだけなら単に辛い記憶だけど、11月23日に所沢市内で行われた優勝パレードに話は続く。
数々の「訓示」でチームを盛り上げ、ファンからも愛されるムードメーカーの熊代聖人がオープンバスの上から「悔しいです!」とモノマネを披露。あんなシリアスなシーンをイジれる熊代の度胸と、辻さんの懐の深さを感じたのだった。
なおモノマネ自体はめちゃくちゃスベっていた。

■2019年

パリーグ連覇を狙った2019年シーズンは苦難から始まった。
FAとポスティングで菊池、炭谷銀仁朗、浅村が退団。炭谷の人的補償で内海哲也こそ加入したものの、大幅な戦力ダウンとなった。
それでも辻さんは前向きな姿勢を崩さない。

「いっぱいいるじゃない。森、秋山、外崎もいるし…。そのへんは誰が入るか分からない。まだ考えてないです」

西武・辻監督 浅村抜けた3番候補は「いっぱいいるじゃない」
https://www.tokyo-sports.co.jp/articles/-/109940

その打順は試行錯誤を続けたが、最終的に3番には森が座ってMVPを獲得する大活躍。8月10日までは山川を4番で使い続けたが、調子が上がらないのを見て中村にスイッチ。
7月9日には首位ホークスに8.5ゲーム差を付けられ、CS進出が精一杯かと思われたが、後半戦に怒涛のスパート。
前年に続き圧倒的な破壊力を見せた打線だけでなく、81登板と投げまくった平井克典、二軍での再調整後に12連勝をマークしたニールの活躍で、9月24日千葉の空に辻さんが舞った。

その最後のイニング。12-4と大量リードの9回裏のマウンドに増田達至が上がる。30セーブを記録した守護神をマウンドで待ち構えていたのは辻さんだった。
「一度マウンドに上がってみたかった」から2年3か月。2018年のリーグ優勝は試合に敗れての決定だったため同じ状況自体がなかったが、リーグ連覇が目の前に迫ったマウンドで守護神に「優勝投手を楽しめ」と伝え、ボールを託した。

そしてこの年も選手との距離感は変わらず。ホークスとの天王山となった9月11日の試合前には熊代が辻さんのお面を被り

「お前たち、去年の俺の言葉を忘れてないか!?」「『悔しいです!』。今は追われる立場じゃなくて、追う立場にいる。気楽にいつも通りやればいい!」

西武ついに首位「もう1人の辻監督」のゲキ効いたhttps://www.nikkansports.com/baseball/news/201909110001150.html

とチームに激を飛ばす。

更に逆転負けを喫した夜には、選手たちと一緒に外崎の奇妙な動きをまとめた動画を見て大笑いすることもあったという。

しかしこの年もCSではホークスに歯が立たず、ファイナルステージで4連敗。選手層を課題に挙げた辻さんだったが、このオフには秋山がMLB移籍。不動の1番センターを失い、またもや難しい舵取りを迫られることになる。

写真提供@u_u_u_u_chi

■2020年

2020年、新型コロナウイルスが猛威を振るい、開幕は6月にずれ込み、試合数も減って120試合制に。序盤は同一カード6連戦が続くなど、今までにない中での幕開けとなった。

連覇を支えた秋山が抜け、残る山川・外崎・森も前年までの勢いはない。
そんな中で目立ったのが若手投手へのコメント。
髙橋光成は初めて規定投球回に到達して8勝を挙げたが、辻さんは厳しい言葉を発することが多かった。一方前年こそ22先発で7勝を挙げながら、この年は四球での自滅が続いた今井達也には温かい言葉を掛ける。
ともに甲子園優勝投手で、2歳違いの2人の性格を見極めた上でコメントを使い分ける。もちろん高橋光を褒め、今井に厳しく指摘することもあったが、基本的な姿勢はその後もずっと一貫していたと思う。
現代の一般社会のマネジメントとしては当たり前のことでも、弱肉強食かつ体育会系のプロ野球の世界で辻さんはそれを貫いていた。

「昨年と違う投球。ピンチで(弱気に)ストライクを取りにいく部分もなかった」

西武・今井 乱調7失点「取り組んだことが出せなかった」も辻監督かばう「昨年と違う」https://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2020/06/25/kiji/20200624s00001173554000c.html

「ちょっと納得いかない。彼の力からしたら満足していない」

辻監督ソフトバンク戦5連勝の高橋光に「ちょっと納得いかない」https://www.nishinippon.co.jp/nsp/item/n/619673/
写真提供@u_u_u_u_chi

シーズン序盤は無観客試合が続いたこの年。ファンにとっては寂しい日々が続いたが、辻さんは温かい言葉を発し続けてくれた。
ライオンズの本拠地であるメットライフドームは改修工事が続いており、ドーム前広場に敷設されるレンガに名前を刻める権利が発売された際の辻さんのコメントがこちら。

「遠征に行ったとき、福岡でも札幌でも仙台でも、その他の交流戦の球場でも、ホームのファンに負けじと一生懸命声をからして応援してくれているファンの皆さんがいっぱいいますから。それぞれの地域に住まわれているファンの皆さんは、もしかしたらメットライフドームに日ごろからお越しになることは難しいかもしれない。そんなファンの方たちにとっても名前が刻印されたらうれしいんじゃないかな?と思います。全国のライオンズファンの名前が刻まれて、ひとつの大きな円を作っていきたいです」

西武、球場前レンガに名前を刻印できる権利を販売 辻監督「とても素晴らしいこと」
https://full-count.jp/2020/06/26/post813615/

宣伝用のコメントとはいえ、地元のファンだけでなく、地方に住むファンのことも気遣ってくれる。有観客になってもなかなか遠征が出来ないご時世だけに、救われた地方のファンの方も多かったのではないだろうか。
そして7月21日。メットライフドームにファンが戻ってきた日。感想を聞かれた辻さんは

「スタンドはところどころ空いてはいますが、これだけまんべんなくお客さんがいると、超満員に感じます。5万人の前でやったような気がします」

西武・辻監督、本拠今季初の有観客「5万人の前でやったような…」「超満員に感じる」https://full-count.jp/2020/07/21/post836682/

お世辞じゃない。ライオンズファンの存在が本当にチームの力になっているんだと感じさせてくれた。
この年はCS出場が2位まで。終盤までマリーンズと2位を争ったが最後は一歩及ばず。打線が不発のままだったが、増田・平良海馬・ギャレット・森脇亮介・宮川哲らブルペンの働きが光った1年だった。

■2021年

2020年は3位に終わり、秋山が抜けた外野は埋まらないまま。
増田の引き留めにこそ成功したものの、コロナ禍で経営状態が悪化したこともあり、その他の補強はダーモディと吉川光夫のみ。現有戦力の引き上げに望みを託して2021年が始まった。

就任1年目に源田に直接指導したように、5年目を迎えても自ら手本を示せるのは変わりない。春季キャンプでは川野涼多に守備を指導。
その際のコメントも「62歳で、できちゃってゴメンね。スマート!軽やか!」。とてもお茶目である。

また違う日にはこんな光景も。

◎早出練習で西武・辻監督が2年目・川野に熱烈指導。川野が指導通りの送球を見せると「何だ、そのドヤ顔は!大したことないよ」。でも、すぐ「俺の19歳の時よりうまいけどな」。ツンデレ指導です。

【復活!キャンプ隠しマイク】打撃投手を務めたソフトB工藤監督は負けず嫌い?
https://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2021/02/19/kiji/20210219s00001173352000c.html

辻さんが現役時代に広岡監督に貶されながらも、ボソッと一言「誰にでも一つは取り柄があるものだな」と言われたエピソードそのままだ。

この年からメットライフドームでは「辻発彦弁当」が発売され、開幕戦では報道陣に振舞った辻さん。
買い過ぎてご家族が買えない事態が発生。番記者にも愛される辻さんらしさ。

◎26日の開幕戦で報道陣に辻発彦弁当を振る舞った西武・辻監督は「完売しちゃって、息子と奥さんの分が買えなかったんだよ…」。家族よりも優先してくださって恐縮です!

【隠しマイク】ロッテ・山口 特技は川柳も「試合中は試合に集中!」https://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2021/03/28/kiji/20210327s00001173774000c.html

そんな中で球界もコロナ禍2年目とあって、「日常」に戻るための取り組みがスタート。
ライオンズ応援団が事前収録した応援歌が流れるようになったのもこの頃。

本当に楽しみにしてくれてるんだなあ…という気持ちにさせられる。

低迷が続く中で印象的だったのが10月10日のイーグルス戦。同点の9回に「ピンチバンター」で登場した岡田雅利がバント失敗。しかし後続が繋いで最後は岸潤一郎がサヨナラ打を決めた。
危うく勝利を手放すミスをしてしまった岡田に対して、

「いや~、俺も現役時代、バントは一度ちょっと歯車が狂うと失敗したもんだよ。だから気持ちもよくわかる。でも毎日毎日、お前が誰よりもバント練習をしているのを知っているし、信頼して起用したのは俺だから。次も頼むよ」

最後のデーゲーム
https://news.line.me/detail/oa-lionsnews/uewkduqayfbs

と暖かいコメント。現役自体の自分と重ね合わせ、練習という普段のプロセスを踏まえた発言だった。

しかし奮闘空しく42年ぶりの最下位でシーズンを終える。シーズン終盤には退任報道も出たものの、1年契約で続投が決定。その際のコメントがこちら。

「この大好きなチームをこのまま低迷させてはいけない」

西武、辻監督の来季続投が決定 球団からの要請受諾
https://nordot.app/825720820811857920?c=39546741839462401

選手の移籍が相次ぐ中で、監督が「大好きなチーム」と言ってくれることがどんなに嬉しかったか。やはり辻さんの胴上げがもう一度見たいと改めて感じたのだった。

■2022年

「禅譲」を見越してヘッドコーチに松井稼頭央が就任。更にその参謀として平石洋介を打撃コーチとして招聘した2022年シーズン。権限を委譲したこともあって、更に辻さんの柔らかい面が出てきたと思う。そして何と言っても「劇団獅子」と「ハイタッチ動画」が印象的だ。

「劇団獅子」はベルーナドームでの試合開始時に、ビジョンで辻さんが紹介される際のパフォーマンス。
主に山田遥楓、山野辺翔、柘植世那らがコミカルな動きで盛り上げる。小道具を使ったり、辻さんの後ろから顔を覗かせたり、懸垂したり、滑り止めのスプレーを使ったり。
球団によっては怖いOBに「ふざけてる」と言われそうな内容でも、笑顔で付き合う辻さん。恒例行事として定着し、パTVも連日取り上げるように。

最初は山田が一人で考えてはしゃいでいるのかと思ったらそうじゃなかった。辻さんもノリノリで「(滝澤)夏央を全国区にしなきゃ」と自ら内容を提案していた。

「ハイタッチ動画」はベルーナドームでの勝利時に引き揚げる選手・首脳陣・スタッフの様子を捉えた動画でライオンズファンの間で大反響を呼んだ。
ヒーローになった選手、その場面を作った選手を讃えながら、ファンへの感謝を口にする。選手たちの盛り上がりも良かったけど、通路で撮影担当の方と1対1というリラックスした状況での辻さんのコメントを聞けるのが毎日楽しみだった。

辻さんが選手との距離を縮めたエピソードは多々あるが、逆に自ら辻さんにグイグイ迫っていくのが2年目のセットアッパー・水上由伸だ。
普段から強心臓な水上は、辻さんが練習中に考え事をしていると「監督、何か悩み事があるんですか?」と話し掛けたことがあるという。辻さんは「俺をおちょくってくる」と言っていたが、嬉しくて仕方なかっただろう。

また辻さんは同じ2017年にライオンズに加わった源田をしばしば「同期」と表現していたが、その年のドラフト1位今井もまた辻さんを「同期」と表現。コミュニケーション能力が高い源田や水上とはまた違う。クールに見える今井までもそのように表現するところに良い関係性が読み取れた。

◎9日の第2戦に先発する西武・今井は、意気込みを問われて「(辻)監督と同期入団なので頑張りたいと思います」。年齢差は39ですが、辻監督が指揮官に就任した17年入団です。

【CS隠しマイク】39歳差だけど…西武・今井「監督と同期入団なので頑張りたい」https://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2022/10/09/kiji/20221009s00001173033000c.html

チームの雰囲気は最高だったが、それでも別れの時はやってくる。冒頭で触れたように10月9日にCSファイナルステージで敗退すると、辻さんの退任が発表された。
退任会見でもいつも通りの言葉を発する辻さん。

「僕の実績でもなんでもない。その時の選手たちが本当に頑張ってくれて、監督の仕事してはまだまだ未熟。選手たちがいかにグラウンドで精一杯力を出せるように、そういう雰囲気であったり、そういう場をつくるのが仕事だと思っていた。2度の優勝は非常にいい思い出」
「(若手を)育て上げたんじゃなくて見ていてあげただけで」
「6年間一緒にやったので、情というか、必ず見ていたら応援すると思います。今年投手力が成長したことがまず一番うれしい。次は打線のほうが成長して、練習をしっかりやっていけばまた優勝を狙えるチームになる。そういうところに期待して応援したい」

【西武・辻監督に聞く(1)】ラストゲーム「勝てなかったのが残念で仕方ない。悔しいですね」https://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2022/10/09/kiji/20221009s00001173548000c.html
【西武・辻監督に聞く(2)】選手移籍続くも「いるメンバーで全力で戦おうという気持ちだけでやっていた」https://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2022/10/09/kiji/20221009s00001173561000c.html
【西武・辻監督に聞く(3)】今後は白紙強調も「わくわくドキドキすることを見つけないといけない」
https://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2022/10/09/kiji/20221009s00001173588000c.html

10月18日、カーミニークフィールドで練習中のナインの前に辻さんが現れた。選手・関係者・メディアの前で辻さんが最後の挨拶に立つ。
「ファンの力がどれだけ大きいか感じました」
ファンは直接誰も見ていない状況でも、教え子たちを前にした最後の挨拶でも、まずファンの存在について触れてくれた。


■おわりに

辻さんは広岡達朗・森祇晶・野村克也・王貞治・落合博満と歴代の名監督と時間を共にしてきた。
そしてそれぞれの「いいとこ取り」を見事に成し遂げ、「辻発彦」という監督スタイルを確立したんだと思う。
退任会見で「辻は辻でしかなかった」と語っていたが、唯一無二にして、現代の管理職に求められるものを兼ね備えていた監督。それが辻さんだった。
6年前、「消去法」とも言えてしまう経緯でライオンズの監督に就任した辻さん。
もちろん6年間も指揮を執っていれば、「なんで?」と思う采配もないわけではなかった。それは誰が監督を務めても絶対になくならないと思う。外部からは分からない、理解できないことがあっても当然だ。

でも2度の優勝を見せてくれて、選手を温かく見守り、ファンには「共に戦っている」というメッセージを発し続ける。メディアにもスタッフにもマスコットにも優しい。
6年間で主力選手の移籍も何度かあり、その度に「ライオンズって…」と自信を失っていたけれど、そんな中でも辻さんが監督として前向きなコメントをしてくれて、ライオンズの可能性を信じてくれて本当に嬉しかった。

確かに日本シリーズには進めなかった。
ただ本来はCSを突破したり、日本シリーズを勝ち抜くことは「首脳陣・選手がファンを連れていく」のだが、辻さん退任が決まった後のTwitterでは自分も含めてこんなメッセージを多数目にした。
「辻さんを日本シリーズに連れて行きたかった」「辻さんを日本一の監督にしたかった」
それは結局のところ、ライオンズというチームだけでなく、ライオンズファンにとっても辻さんが「リーダー」と呼べる存在だったのではないか。
6年間で辻さんが作り上げたファンとの一体感が、自分たちファンにそう言わせたのだ。

辻さんと、辻さんが作り上げたライオンズを6年間応援出来て楽しかったです。
今後どのような形で野球に携わっていくか分かりませんが、今後も「ライオンズファン」として一緒にライオンズを見守っていけたら嬉しいです。

6年間本当にありがとうございました。そしてお疲れ様でした。


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