“2進数オヤジ”

うちの会社には
“2進数オヤジ”
がいる。

勿論近しい人に親しみを込めて使う渾名なんて類ではないし、陰で悪口を叩く際の社内共通隠語って訳でもない。
あくまでも私個人が、仕事から帰ってふと思い出した時に感じる嫌悪感から産み出された、私の心内だけで使う固有名詞だ。

ここに、
何故“2進数オヤジ”と呼ぶに相応しいか…
公表しても差し支えない程度のヤツの特殊能力をほんの一握りだけ披露したいと思う。

─────
喫煙所兼休憩所でヤツがタバコに火を付けようとする。
が、その前に…
一体何をすると思う?
答えは
窓を全開にする。
“ちょっと”じゃなく“全開”。
それは、熱気が渦巻く真夏だろうと、猛吹雪の真冬だろうとお構い無し。
なので、せっかくのエアコンの心地良さなんてあったもんじゃない。
土砂降りの天気なら、当然ながら窓際はびしょ濡れ。
或いは、緒用のために同行する社用車でも一緒。

ついでに言わせて貰うと、その車内…
ヤツが運転していると、無言で勝手にエアコンを操作する。
それは良いとしても、私が運転していようがお構い無し。
ついさっき、その運転をしてる私が調整したばかりだとしてもだ。
で、その設定がこれまた極端過ぎ。
…ちょこちょこちょこちょこ…
とツマミを右に回したり左に回したり、ONにしたりOFFにしたり。
この時期…さすがにもうこんな肌寒い季節だというのに、青いほうにするとか考えられる?
─だったらその防寒着脱げよ!─
って思う。
まさに
“空気の読めない男”
そのもの。
因みに何度言っても、誰が言っても効果なし。
言うだけ無駄…。

用件を済ませたある施設の駐車場から出る際に、前を空けて入れてくれた優しい運転手。
この時間帯、この距離なんだし、私なら手を挙げるかお辞儀するところ。
けど、ヤツは基本的にクラクションを2回。
それがまずウザい。
でもって、押しが甘くて音が中途半端…
だったりすると、そこから更に何回も何回も試みようとするところが尚更ウザい。
更には右折出場だった場合…
左から来た車も停まって入れてくれたのでハザード…
って気持ちはわかるんだけど、二重三角の赤いボタンを探してパネル廻りを欠かさず
…ウロチョロウロチョロ…
するその左手にはもう
─イラッ!💢💢─
とする。
ついでに、ふらついて縁石に乗り上げそうになる運転にはさすがに
─ムカッ!💢💢💢─。
クラクションもハザードも…
一体何年経てば、押したくても押せなくて結局諦める…
って現象が起きなくなるんだろう…。

道路上にちょっとした段差があったとする。
するとアクセルを一気に離し、一気にブレーキを踏み、一気にブレーキを離し、一気にアクセルを踏むのが定番。
穏やかだろうが急だろうが、カーブの手間でも一緒。
つい最近、
「この車って乗り心地悪いよね?」
って声を掛けたら
「そうそう。だから段差があると気を遣うんだよねぇ」
とヤツは言い放った。
で、私は思う…
─いやいや…
断然、段差のほうがまし!!
どの車ん時もあんたの運転なんて一緒なんだから…。
ってか、あんたのアクセルワークとブレーキとハンドル捌きのせいでこっちはムチウチになるわ!─

目前の交差点の歩行者信号が点滅を始め
─明らかに引っ掛かる─
私がそう思った瞬間、ヤツは一気にアクセルを踏む。
そもそも…
目の前が赤信号だろうと、少し先が渋滞中や工事中だろうと、高齢運転者マークや仮免中等の遅い車が見えていたとしても、行動パターンは一緒。
かと思えば、山間の一本道をご高齢の方々が運転する“田舎のベンツ(軽トラのこと)”みたく
…とろとろとろとろ…
と後ろに途方もなく長い行列を従えて走ったり。
そのくせ、カーブから直線に差し掛かってずっと先のほうを走る車が見えたりなんかしたら
─いざ、車間を詰めねば!─
と躍起になる。
ので、何をどうしたいのかがわからない…。
でまぁ、それらのどれであったとしてもすぐに
…ガックン…
と、会釈じゃなくお辞儀をしてしまう衝撃に私は抗えた試しがない。

2台前方の車が、コンビニに入ろうと右折を希望して停まった。
対向車が列なっているため、右折はなかなか厳しそう。
私達のすぐ前を走っていた車もその後ろに影武者みたく
…ピタリ…
と貼り付いて停まる。
しかしウインカーは出していないため、直進したいのかコンビニに入りたいのか、その判断は現状では付け難い。
で、この車も案の定
…ガックン…
とそれに追随した。
けど、
─もしも直進したいんだったら、道幅は結構あるんだし車間距離さえ取ってたら余裕で…─
「左から追い越せんのになぁ…」
と私が呟いたところ
「いるんですよねぇ。こういう運転する人…」
とヤツは前の車の運転手を嘲笑っていた。
─いやいや…💧
あんたも今まさにおんなじことやってるでしょ…!─

あと2~3分走れば会社…
という場所にある住宅街の交差点。
優先道路に交差する道には止まれの標識。
優先道路を直進しているとそこでは必ず
…ガックン…
と一時停止する。
逆に、止まれ標識のほうから交差点に進入する際は、今まさにインディ500のショーが始まったかの如くローリングスタート。
こないだなんて、止まれ標識のない横道から国道に入る際に何て言ったと思う?
「止まれって標識無いから止まんなくて良いんですよね?🎵」
─は~?幼稚園の安全教室からやり直せ!─
って思う間もなく
…ブゥゥゥゥゥン…
と飛び出せば、後ろの車からパッシングの連射攻撃を食らうのは当たり前。

ほとんどの右左折の場面では、リムジンでも運転してるかの如き大回り。
助手席の私は、慌ててハンドルを切って避ける周囲の運転手に大変申し訳ない気持ちでいっぱい。
なんだけど…
ここを“右折”さえすればようやく会社が見える…
って場所に位置する、見通しが悪く少し狭い交差点は別。
そこでだけは、しばしばアイルトンセナかルイスハミルトン張りにインコースを攻める。
しばしば…のそれは、私には停止線の手前で停まっている対向車がちゃんとロードミラーで認識出来てる時に限ってのこと。
─絶対にそこに常駐する地縛霊に取り憑かれてる─
以外にその行動を説明できる手段が私には浮かばない。
で、
…ガックン…
と慣れたペダリングで正面衝突を回避する。

お行儀が悪いって思われるかもしれないけれど、ヤツが運転する場合、助手席に座ってる私は必ず靴を揃えて脱ぎ、シートに足を乗せた体育座りみたいな格好。
それは…
後ろ、ないし側面からいつ衝突されても
─脚が挟まれませんように…─

やっと会社の駐車場の入り口…。
そこへバックで入る際は、向かいの住宅の敷地にわざわざ頭を突っ込まないと気が済まないらしい。
で、縦列駐車チャレンジがスタート。
因みにこの車にはクラッチがない。
故にオートマ車で間違いはない筈。
なのに
…ガックンガックンガックンガックン…
暫く続くノッキング。
に合わせて
…ガコンプシュガコンプシュガコンプシュ…
これまで私が聞いたことがないテンポを刻むアクセルとブレーキのペダル。
それらを交互に目三杯駆使し、私の何倍も時間を掛けて停めるほどの超丁寧さ。
勿論、最終的に助手席側や前後の間隔が狭かったり広かったりと日によってバラバラなのは当たり前。
「大丈夫?降りれる?直すから!」
って再びエンジンを掛ける前に、私は無言でドアを開けて降りることを覚えた。
じゃないと、もう2~3分は暴れ馬に跨がったみたいな時間を一緒に過ごす羽目になるから…。

事務所のドアの前までの数十秒。
「やっぱり直すから…」
「良いですよ…」
「そうですか……いや、やっぱり直したほうがいいですよね?」
「良いですって…」
「…やっぱり直すから!曲がってますよね?」
「………だからぁ!…良いってば!」
─そんなどうでも良いことに何で固着するの?─

もしヤツにコピーを頼むなら、たった一枚だけにしといたほうがいい。
両面コピーや複数枚のコピーをさせるんなら、極端な話しコピー用紙一冊と時間を無駄にする覚悟が必要だ。
押させるボタンは一個だけ…
それすらも儘ならないのは既に前述の通り。

─本当なら社内でのことをもっと詳細に伝えたいとこだけど、私個人のプライバシーと会社からは守秘義務を遵守するよう通達されているため、具体的なのはこのくらいでおしまい─

どんなに簡単な仕事をさせても失敗ばかり。
失敗したら、したで
「…すみませんでした…ああすれば良かったんですよね…」
みたいなのを事ある毎に、数日間も聞かされる。
それはさすがに
「もういいです…」
─うんざりです─

だから私は、ヤツの仕事のキャパ、優先順位や効率を考えた上で
「左から右に、終わったら上から下に…」
と事細かに伝えるようにした。
ヤツは胸ポケットから出した手帳にしっかりとメモ。
やっと私は自分の仕事に取り掛かれる。
それでも油断は禁物…。
暫くして様子を見てみれば、案の定
「あ、下から…で良いんですよね?」
と平気な顔して始めちゃってるし…。
─いつも手帳には何をメモっているのやら…💧─
本質的に
─これをやらなくちゃ…─
って“最後に”思ったことだけしか脳にインプットされないから…と私は判断せざるを得ない。

ヤツと30以上も年の離れた若い子が、尻拭いをしてる私を気遣ってくれて、そのついでにヤツを叱ってる姿も頻繁に目にするのだが…
言い訳するか、他人のせいにするか、惚けるかのどれか。
─若いからって舐めんじゃないよ!
あんたよりよっぽど仕事が出来る子なんだから!─
「○○くんに言われたこと…ちゃんと理解してくださいよ!」
と私からも叱らなくてはいけない。

毎度毎度、二度手間、三度手間になる苦労を考えると、もう私から積極的に教える気は失せた。
とりあえず、出来そうなことを一個だけ伝え、終わったら次を…が一番手っ取り早い。
のだが…
「終わりました」
の報告も仕事も人三倍遅い。
本来なら私が教わることのほうが多い筈なくらい、遥かに私よりか経験年数は多い。
─それでよく大学なんて卒業できたなぁ…
資格も色々と取れたなぁ…─
って思う。
だからって
「だからヤツを雇ったんですか?」
って社長に訊くほどの興味はない。

実はヤツ、昨年の春頃に数十年振りで再雇用した、
いわゆる“出戻り社員”
である。
過去に在籍していた当時の仕事振りを知る複数の人物(元社員であり仕事仲間であり友人達)に尋ねてみると
「全然前と変わってないよ🤣」
だそうな。
なら、絶対に今後も変わる筈がない。
諦めて正解。

─何かしらの病気…?─
だとすれば、それは仕方ない。
言っとくけど、それならそうで私は責めるつもりは全く無いし、そのつもりで接するし、配慮した内容の仕事をして貰うくらいの器量は持っているつもりだ。
けど…
残念ながらそんな報告は社長からも本人からも受けた事実はない…。
─────

2進数とは…
“0と1の世界”
“ONとOFFの世界”
であり、
“それを複雑に組み合わせることで現代の様々な家電製品や設備機器等を制御するプログラミングとなる基礎単位”
であると私は認識している。
ヤツの行動はまさしくそれ。
運転させれば、アクセルもブレーキも“ONとOFF”しかない。
エアコンは“ONとOFF”か“冷と暖”
窓なら“開”と“閉”
仕事をさせれば、“0か1”くらいなもの…。
いや…マイナスもあるか…😅
せめて昔懐かし“ファジー機能付き”だったらまだ幾らか救われるのになぁ…。


とにもかくにも単一的な思考、行動しか出来ない私の部下のオッサンを揶揄した言葉が、冒頭の
“2進数オヤジ”
である。

2021/11/16公開

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