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DEEP

僕が指名された。国からだ。断ったら命はない。まぁ、断る理由もないけど。

お姫様は眠っている。人形のような顔だ。サラサラの黒髪が、真っ直ぐ腰の辺りまで伸びている。全身黒のゴシックドレス。角度によっては紫色にも見えた。首元やスカートにフリルが付いている。軽く指を絡めた両手が、お腹の辺りに置かれている。ダイヤモンドの指輪だろうか、右手の薬指に光っている。可愛さと高貴さが同居していた。
透明な箱。材質はわからないけど、その中で眠っている。ここは森の中。異様な光景だ。でも光が差し込んだこの場所に、不思議と溶け込んでいた。
王室の人に言われた。「キスをして姫様を目覚めさせよ」と。話には聞いてたけど、まさか僕が選ばれるとは思っていなかった。もし目覚めなかったら?と王室の人に聞いたら、そのまま帰ってもいいらしい。

1 童貞であること
2 前科がないこと

通達された書類に書かれてたけど、この条件を元に選別されるらしい。僕を含め、この条件を満たしてる人なんていっぱいいる。その上での選別はどうやってるんだろう。まぁ、選ばれたんだからあとは実行するだけだ。

姫が眠っている理由。
姫は王子と婚約関係にあった。王子が無理やり姫に関係を迫ろうとした。王子は嫌がる姫に、キスだけでもと迫った。姫は嫌々ながら了承し、キスをした。ところがその瞬間、姫の体は糸が切れたように力が抜け、その場に倒れた。
王子は、姿を消した。
これがそのときの一部始終というわけだ。姫と王子の間柄は知っていたけど、ショックな場面だ。
婚約関係にあったのに姫が嫌がっていたのは、王室では婚前交渉が御法度だから、というのが関係してるんだと思う。
一番わからないのは、王子が姿を消したこと。部屋から出て行ったとかではなく、文字通りその場から消えた。
では、なぜそのときの様子を僕がわかっているのか。
姫に近づいたときだ。バチッという、静電気にも似た衝撃が全身に走った。視界がノイズで覆われ、まるで僕が監視カメラになったみたいに、姫と王子が部屋にいる様子を俯瞰で見ていた。先ほどの一連の流れが終わると、またバチッという衝撃とともに映像は遮断され、また森の中に戻っていた。これが何なのかは全くわからない。
あとはここに姫がいる理由だけど、政府が管理する人目につかない場所で、かつパワースポットだから。というのが僕の安直な考察だ。ここは何か大きな力を感じる。それに、一般人は王室に入れないしね。
あとはキスをしなければいけない理由。キスで終わったんだから、キスで始まるだろうってことだと思う。他の手を試したけどダメだった。それが一番可能性があると王室は判断したんだと僕は思う。つまり政府も王室も、さっき僕が見た映像を知ってるってわけだ。同じくバチッとなったのだろうか。

さて。キスをするタイミングはいつでもいいって言われたけど、どうしたものか。不安がないと言えば嘘になるけど、好奇心の方が大きい。元々、キスに対しては憧れがあった。妄想もした。唇ってどんな感触なのかな、とかそのときの体勢はどうするのかな、とか。
……箱が邪魔だな。意外と深いし。抱き抱えて起こすのか?それしかない。いや、いいのか?王室の人が言っていたのは「キスをして姫様を目覚めさせよ」だ。体をどうするかなんて言ってない。もしここで、姫にあんなことやこんなことを始めたらどうなるんだろうか。そんな思いが頭をよぎったとき、またバチッとノイズ混じりの衝撃が走った。僕は、僕を俯瞰で見ている。地面に横たわる僕。黒目が明後日の方を向き、後頭部からは血溜まりが広がっている。バチッ。……僕は監視されている。それもそうか。当然だ。条件の中に前科がないことってあったけど、こうなるリスクを減らすためなんだろう。
僕は自分を納得させるように頷くと、姫の体に手をかけ、起こした。……意外と重い。もっと柔らかくて軽い状態を想像してたけど、これが人間なんだなという実感がある。鼓動が速くなるのがわかる。綺麗な顔。姫の甘い香りが、森の澄んだ空気と合わさり鼻をくすぐった。

僕は興奮し、気づいたら唇を重ねていた。
き、気持ちいい。とろける。けど、そう思えたのは一瞬だった。姫の目が突然開いた。
黒い。眼球の全てが。

「キスするときは目を閉じろ」

し、しゃべった!?君の方こそ閉じてほしい……。姫の声だと思うけど、低い。更にザラついた音が重なり、異様な声になっていた。頭の中に直接鳴り響いて変な感じだ。僕は今、キスをしている。というか、唇が離れない。両手も、姫の体を支えたまま動かなかった。周りも暗い。

「貴様、名前は」

名前?……ちょっと待て。僕の名前は?なぜだ。思い出せない。

「仕事は何をしている」

え〜と……。あ、あれ、おかしいな。

「くっふふ。いいねぇ、その困った感じ。これだけは何度体験しても飽きない」

え〜と、名前は……仕事は……。

「教えてあげようか?王子様よ」

へ?王子?

「貴様は王室の規約を破り、関係を迫った。それだけじゃない。貴様は日頃から私に対して汚い言葉で罵り、尊厳を踏みにじった。宝石も何個か無くなっていたな。付け加えるなら、貴様のやっていることは下級悪魔たちに似ている。それよりも可愛いもんだが。よって、貴様に何の感情も抱かん。普段の私ならな。だが、今の私は半分この娘の感情を共有している。だから憎い。なぁ?王子。いや、薄汚ない犯罪者よ」

……思い出した。俺はあの日、姫にキスをした。そこからの記憶がない。ないっつうか、飛んだ。ここに。それになんだ?感情を共有?

「記憶が戻ったみたいだな。あぁ、ここにくる際の設定の話だが、あれは私の願望だ。童貞であり、前科がない。貴様は嘘をついて王室に潜り込んだ。重罪だ。喜べ、貴様は永遠にこの監獄で過ごすことになる」

喜べだ?ふざけんなよクソアマ。監獄ってここがか?永遠に?まぁキスも出来るし悪くないんじゃないか。いやダメだ。他のことが一切出来ないってことだもんな。クソが!

「貴様の心の声は全て聞こえている。何度も同じような言葉を聞くと、流石の私でも飽きてくる。だが、次の作業は私を満足させ、貴様は苦痛で悶える。永遠にそれを繰り返す。これを一度行うと、人間界では十年経過する。貴様には関係のない話だがな」

さっきから何を言ってるんだこいつは。ちっ、こっから離れねぇ。戻せ俺を。戻しやがれ!

「さて、そろそろ仕上げにかかるか。おい、舌を入れろ。くふふ、この作業、気持ち良くてな。あっ、ああぁっ!!」

な、なんだ!?体がこいつの中に入っ、ゔっ、ゔぐぅっ!!


王子は私を介してこの場所に留まる。何度も同じことを繰り返して。そういう契約。私はそろそろ、私の人格じゃなくなる。そういう契約。この場所は時間のない監獄。私にとっても。もう、現世では家族がいない。私の存在も世間から忘れ去られた。王室は悪魔と手を組み、私を生け贄にした。王室は私よりもしきたりの方が大事。婚前のキスをトリガーにした。本当の悪魔は王室。悪魔はサディスト。だから繰り返す。私も悪魔。半分悪魔。王子も悪魔。
全員、悪魔。


僕が指名された。国からだ。断ったら命はない。まぁ、断る理由もないんだけどね。

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