ビジネスホテルの魅力

 ビジネスホテルは素晴らしいものである。砂漠には、泉や緑地があるような一帯を「オアシス」というが、現代文明、現代社会という砂漠にありながら人の心を癒せるオアシス、それがビジネスホテルだと思う。

 ビジネスホテルは素晴らしいものである。皆さんも、観光や出張で遠出したときなどに1度は泊まったことがあるだろう。思い出してみてほしい。決して豪華なホテルほど部屋は広くない、コンパクトな部屋に、必要最低限の物が、整然と揃っている。まるで人生のリスポーン地点ではないかと思う。

 ビジネスホテルにチェックインし、部屋に入室する。ドアの横に、カードキー(あるいは、部屋番号が書かれた四角い棒みたいなもの)を突っ込むところがあり、そこにキーを入れると部屋の明かりがつく(ちなみにカードキーは別に部屋のキーじゃなくてもどんなカードでもいける)。あの瞬間がたまらない。自分の部屋じゃないが、自分の部屋。自分の部屋だが、自分の部屋じゃない。そんな部屋が目の前に広がる。ベッドに小さい作業台のような机、引き出しを開けると宿泊約款や聖書が入っている。この生活感の無さ。日常の香りを残しつつも味わえる非日常感。

 荷物を置き、スマホと財布だけ持って、ホテルの外、知らない街へ繰り出す。その感覚もたまらない。地元の人間ではないが、帰る部屋が自分にはある。ぶらぶらしながら見つけた近場の飲食店にふらっと入り、地域の食事を楽しむのも乙なものである。

 ただ、やはりビジネスホテルでの飯といえば「コンビニ飯」が最高である。ビジネスホテルという無機質な空間にもかかわらず、いや無機質な空間だからこそ、コンビニの食べ物が合うのかもしれない。これが豪華なリゾートホテルやシティホテルだったら、部屋でコンビニの食べ物を食うのはきっと美味しくないだろう。かといって、家でコンビニ飯を食うのもまた違う。家でコンビニ飯を食うのは「他に食べるものがないからありあわせで買ってきた」感が強く出てしまうから。ビジネスホテルという、必要最小限の限られた、それでいて自分のプライベートスペース、尚且つ非日常と言えるあの空間で食うからこそ、コンビニ飯は最大の輝きを放つのだ。日常の香りを残しているからこそコンビニ飯であるし、非日常であるからこそ普段できないようなコンビニ飯豪遊ができるのだ。

 ビジネスホテルで提供される朝食も本当に素晴らしい。ビュッフェ形式で好きなものを取れる朝食、決して豪華じゃないし、そのご当地食材がある程度で他は全国どことも同じようなラインナップだが、それでも人を掻き立てる何かがあの朝食にはある。そしてついついとろっとろのスクランブルエッグとソーセージを食いすぎてしまうのだ。そして飲み放題のオレンジジュースや牛乳をしこたま飲んで、腹いっぱいになって部屋に戻る。そしてその満腹感を味わいながら、迫るチェックアウト時間ギリギリまで、だらだら部屋で過ごすのだ。

 適当なチャンネルのワイドショー番組をつけて、それを環境音にしながら後片付け、出発の準備をする。チェックアウト時間数分前に部屋を出てフロントに向かうと、もう同じ階で早くチェックアウトした部屋の清掃が始まっている。あの旅情感。ビジネスホテルにいる時間が、最も幸せな時間なのかもしれない。


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