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古本屋Eさんの教養

 2021年も半ば、夜勤以外の早番という、介護バイトを最初に始めた時のシフトに入ることになった。久しぶりだ。6時には施設に到着していないといけないので、朝は4時起き。これは非常に緊張する。寝坊などしたら大変だ。
めざましで4時にセットしたにも関わらず、その1時間前の3時に目が覚めてしまった。ま、いいか。風呂を沸かしてあったまりながら、今日の介護を想像する。みんな元気かな。久しぶりの早番だから忘れてないか心配だ。

 さて、機材車としてリースしているワゴンRに乗り込みいざ出発。真っ暗な中車を走らせる。ラジオでジャズを流しながら。早番は朝食の後、風呂当番がある。認知症とは言え、女性である。やはり男である自分が入浴介助をするのは恥ずかしさを感じるだろう。女性スタッフの方がいいとは思うが、そこは申し訳ないが我慢していただく。なるべく意識をそらすようなネタで会話を進めることにしている。

 午前中は風呂当番のほか、歩行練習の付き添いだ。入院から戻ってきた足腰が悪いおばあちゃんも、車椅子自走でみるみる足腰が回復して、今では、ベッド上でのオムツ交換をしないで、トイレで自分で排泄ができるまで回復した。人間の力ってすごいと改めて感じたのだ。

 午後は昼食後、塗り絵をしてもらったり、切り絵をしてもらう。一人だけ以前も紹介した古本屋を営んでいた100歳のEさんだけは、塗り絵はやりたがらず、漢字ドリルをやったり、魚の漢字パズルを黙々と挑戦している。そのEさんの漢字ドリルを覗き込むと、漢字検定五段と書かれたプリントに挑戦していた。恥ずかしながら「百足」をムカデだと知らなかった。Eさんはさささっとムカデとふりがなを振る。

「すごいね!」と思わず大きな声を出してしまった。
「なんでー、こんなの朝飯前だよー」
といつもの飄々としたEさん。時間は14時半。そろそろおやつの時間だ。

「ねぇ、Eさん、そろそろ3時だからおやつの時間だよ。お茶はコーヒーがいい?ココアがいい?」
と尋ねるとEさんが
「昔はねー、3時のことを八つ時と言ったんだよー。だからおやつって言うんだよー」と漢字ドリルをしながら言ったのだ。
まじ!?iPhoneで調べるとそれらしき情報があった。
「なんでEさんそんなこと知ってるの?」と聞くと
「アタシはねー、本屋をやっていたのさー。だから、ありとあらゆる本を読んだのさー。本キチガイだっんだよー。だからなんでも知ってるんだよー。」

このことは生活記録にも記載しておこう。区の担当者が読んだときに「へぇー」って言ってもらえるかな。入居者さんからまた学びをいただきましたよ。

 あ、そうそう、別の入居者のおばあちゃんから
「あんた、縦結びは縁起悪いからちょっとおいで!」と怒られた。
エプロンをおばあちゃんに直してもらうのはちょっと恥ずかしい。

 つまりその、何が言いたいかと言うと、年の功というか、認知症だからお世話している、とあまり思わず、一緒に生活している家族であり、人生の先輩だ、くらいの感覚でフラットに向き合った方がいいような気がしたというわけだ。


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