Cadre小噺:思いだけの体

書記:ジェームズ

己がリュビの小隊長を務める最後の時のことだ。
20m程の大きさの水飲み鳥のような形をした
A級シャドウ「ジクロン」がエリアAの片隅に出没し、
手当たりしだいに人々にフラッシュを浴びせて、
肉体の全てを融かし、濁った淡黄色の蠢く液体にしているという通報が来た。

己は仲間を巻き込みたくないので単独で立ち向かった。
…まあ今思えばそれで良かったな。

あちこちに液体が溜まっており、不快な粘質があった。
ジクロンはそれを啜っていた。
己はその隙を狙って細い首を切り落としたが、その程度で死ぬならA級とは言えない。
丸いフラスコ状の腹らしきパーツに溜まっていた液体が減ると同時に、欠損部分が再生した。
実に気味が悪かった。

そいつは己を見てキエエ!って叫んで予備動作なしにフラッシュを放射、あっけなく液体化した。
防御術を心得てはいるが、流石に光なんぞ躱せない。 

数秒間全身が砕ける痛みで苦しみ、徐々にその痛みが、感覚が消えていく虚しさを覚えた。
水溜まりのようになって、自由に動けない辛さがあったが、でも己はそれでも諦めなかった。

…さて、固形の肉体を失った分、
魂や精神の力は著しく強くなるという話を聞いたことがあるが、
己も予期せぬ形でそうなった。
するとどうなったと思う?
強く抱いた感情や想いの力が具現化しやすくなる。
不定形の液体だから、なおさら形作られる。

死にたくないと言うより、奴に立ち向かわねばという強い意識により、
濁った淡黄色の液体が、ヒト型に象られていった。
己はそんな状態なんぞ意識しなかった。
がっしりと剣を持つ感触が、体全体に響いた。

己は生命を燃やして擬似魔法を使う「露命」の型…
魔光刃術「アニミナ」を最大限に使う事にした。
全く死ぬ気がしないからだ。

啜ろうとする嘴を切り落としてから液体が溜まっている腹をよく狙って、浄火斬りで火球を放った。

強い精神力からか、火球は普段よりも強く燃え、速く飛んだ。
それで腹に命中して罅を入れた。
しかし腹の中の液体がある限りはすぐに回復してしまうようだった。

それにジクロンの口からの攻撃はフラッシュだけじゃない。
腹の中の液体を燃料に使って大砲を撃つようでな…。
タダでは食えぬやつだと判断したんだろう。己に撃ち始めた。

己は兵糧攻めでも仕掛けようと、避けることに専念した。
いくらか撃つと燃料補給のために周りの者達を喰うようだ。
それに避難はとっくに済んでいる。

それで攻撃を避け続けて、とうとう腹の中が空っぽになり、
見る限り、解けた物は己だけになった。
奴が疲れきったところで首を切った。
今度こそ再生せずにそのまま倒れ、消滅した。

…だが、困ったことに己の体は戻らなかった。
疲れて気が抜けたせいか、体が崩れてしまった。

雨が降りそうだったので水溜まりの状態で屋根下に行き、近くのバケツに入った。
ただサイズがギリギリだった。

そこにリアが来て、真っ先に己の場所に来た。
それにしても、こんな姿を見ても何も動じないとは…。
相変わらずヨナの仮面のような顔が怖い。
「なんだい、先行者がいるって聞いたが…。
君か、リュビ小隊長のロナウド君。」

己が単身で倒したんだと言いたかったが、喉が無いせいで音が酷く曇る。
「え、なに?喉が無いせいか聞き取りづらいな…。」
そう言いながらリアは妙なカップを取り出し、己が入っているバケツから移す。
見るからに小さいのに、体が全部入った。
それにカプセルには何やら妙な装置が付いていて、声がしっかり出る。どうなっているんだ。
「これ?溶けた人を回収するために作ったんだよ。
溶けているのは君だけのようだ。
君もなかなかえぐい事をするじゃないか…」
どことなく悲しそうな目で見るな。怖い。

雨もポツポツと降ってきた。
さあ、リアは己をどこに運ぶのやら。
己を見てニヤニヤしている辺り、好奇心が湧いたらしいな…覚悟せねば。
「君のその状態も面白そうだけど、流石に固体の身体が欲しいだろ?」

何を言っているんだ。それは善意か?実験に巻き込む気か?

だが一応応える…体は欲しいんだ。
「こんな姿では化け物も同然だ。
どうせなら元の生きた体が欲しい。」
リアはそんなの当たり前だろうという感じで見る。
どうもこいつは黒い噂が絶えないから警戒していたが、そういう良心はあるのか。
そして空もますます暗くなり、雨が激しくなってきて、空気が少しひんやりする。
それで気を使っているのか?徐々に早足になってきた。
…たしかこいつ、瞬間移動の術を持っているはずだ。
帰りついでの見回りだろうか。

程なくしてチームIFの拠点に着いた。
将軍のご子息であるラルスがいて、己を見るなりゾワッとした様子。
こんな所にも反応が普通な奴がいるのか…。

リアが研究室に運んで、「うーむ…器は数日くらい必要かね。部屋を見てていいよ。」と己の入ったカプセルを対談用のテーブルの上に置いた。
身動きが取れんぞ。

小型のカプセルらしき装置を作っている間、辺りを見回すと…
半シャドウのラーヴァ、屍体のティダル、エルバート等…
蘇生実験の記録があった。
リアはこちらを見てもないのに語った。何が見えてるんだ。
「ああ、それは師匠を甦らせたくてさ、色々試行錯誤したかったんだ。」 
何の師匠だ。

とか言っている間にカプセルが完成したらしい。早いな。
そしてビールジョッキ程の大きさなのにまた全部入る。
ちょっと少しだけ借りると言って己の体を少し掬い、
妙な装置に入れて何かを作り始めたが、突然睡魔に襲われて眠ってしまった。

何日経ったのか、目が覚めると己の体がそこにあった。複製か?
その、頭になにか細工されているのだが。

リアが「これが君の新しい器さ。入れてやるから動かしてみな」と頭の蓋になっている部分を開け、カプセルを頭に組み込んだ。

数時間後、頭から体まで自然に馴染んできた。
流石に数日も経つと液体の姿に慣れていて、バランスを崩して倒れてしまった。
だが手足が元の体に戻ったように自然に動かせる。

さて、借りが出来てしまったが、どう礼すべきか。
まあ本人に聞けばいい。
「そんな礼なんてねぇ…。じゃあ君、うちに就いてくれないかな。」
まさかのスカウトだった。
いや、リアにとっては己の管理もしやすいだろうが… 他になにかあるのでは無いのか?

「そんな難しく考えないでくれ。
私の留守中、チームの管理が出来るやつがいなくて困ってるんでね…補佐が欲しかった所だ。
君はリュビで運営も備品の整備も出来るようだし、エースとしてチームをまとめられるって聞いてるよ。
でも強制はしない。君の考えを尊重する。」

…己の能力を高く買ってるのは分かった。
チーム「IF」へと変化していたチーム「ブラックスター」は、
当初からリアが仕切る最高クラスのチームだ。
これは断りにくい。

リュビのマスター、ミッシェルに異動の連絡をした。
もちろん己の状態のことも話した。
「そうか、おめでとうジェームズ君。
スカウトされるとはなかなかない事だよ。
それに体のことは残念だが…少しずつ慣れていきなさい。
準備を整え次第、そちらで過ごせるように荷物を郵送するよ。
まさか君が行けるとは、リュビのマスターとして誇りに思うよ。ははは…。
二階級特進は洒落にならないかな。」と相変わらず頼もしい答えだった。

そして正式にIFに就くことになった。
まず入隊訓練が凄まじく厳しい。己は平気だけどな。
射撃、機体操縦、魔法、治療、出来ることを全部叩き込まれた。

流石は将軍の兄弟だな…と思った。
IFの拠点にはいつの間にやら部屋が増えていた。
Jamesと記載されている。これが己の部屋か。

それで現在、個性の強い者達に囲まれて割と楽しく過ごしている。
大災害では最前線で戦うんでリュビよりも更にきついが、それで役に立てるならそれでいい。