カタナ
私の名前はカナ。
漢字で夏架と書いてかな、と呼ぶ。母方の祖父が名付け親だ。
流行りのキラキラネームほどキラキラはしていないが、一度で読める人はなかなかおらず、
「なつ..か..さんかな?」と聞かれることが多かった。
中学入ったくらいから自分でも、
(8月に生まれたから、夏という字がつくのはわかるけど夏に架、と書いてカナ、は無理やりすぎないかな..)と思い始めた。
そこで母に聞くと、母はああそうそう、とうなずき、
実は最初はカナという呼び方ではなかったと言った。
「ほんとはね、平仮名でかたな、だったのよ」
「カタナ...?」
「そう。お爺ちゃんがどうしても私に生まれた子にその名前を付ける、って決めてたみたいで。もちろん女の子だし、家族親族みんなで大反対して、しぶしぶカナ、になったんだけど。」
驚愕した。
おじいちゃんというのは母方の祖父である。
おじいちゃんのネーミングセンスどうなってんの。
「おじいちゃん、なんでそんな名前にしようと思ったのかな」
気を取り直して聞くと、
「うーん。カタナってたぶんあの、刀だと思うのよね。だけど女の子だからさすがにそのままその字を混ぜないようにひらがなにしようとしたんじゃないかな」
いや男の子でもさすがに名前に凶器の字をつかうのはまずいと思う。
キラキラネームどころの騒ぎじゃない。
下手すると名前だけで危険人物のレッテルを貼られそうだし、厨二病臭もだいぶする。
ひいていると母が慌てて補足するように、
「ほら、おじいちゃん、農家だったけど、代々その土地の顔役みたいな家柄で、武士ではないけど特別に帯刀を許されてた、って常々自慢してたじゃない?それと関係あるかもね。」とわかるようなわからないような説明をしてくれた。
たしかに、小さな頃、親戚の集まりで誰かから聞いたことがあった。
祖父の家は代々村方地主と言われる農家で、地元で1番先にテレビや三種の神器を手に入れるくらい裕福だった、農家ではあったが、その昔は苗字帯刀も許されていた、とかなんとか。
私が物心つくころの祖父はすでに総入れ歯で、それをカパっと外して見せて孫たちがびっくりするのを喜んでるようなおじいちゃんだったので、あまりピンと来なかった。
だけど厳しい面もあった。私たち外孫や、末娘である母には甘かったが、内孫の従兄弟の男の子兄弟は実の父親より祖父を怖がっていた。
なにしろ言うことをきかないと、線香の先で「おきゅう」をすえるのである。比喩ではない、マジのやつだ。
お仏壇の前で線香を突きつけられ、恐怖で泣き叫ぶ従兄弟を見て震え上がった記憶はいまだに鮮明だ。
若い頃の祖父の写真を見たことがあるが、厳父、という言葉がぴったりの容姿だ。
その時代の男性にしては背も高く、羽織袴をピシリと着こなして庭先に立つ若い祖父は、眉間にすでに深い皺が刻まれていた。頑固一徹。男尊女卑。身分制度。明治憲法。などなどの言葉が浮かぶ。
だからといって、もちろん、カタナはなしだわじいちゃん、と思う。
ちなみに息子であるおじさんたちはごく普通の名前である。ただ、母は少し女性にしては変わった名前かもしれない。どちらかと言うと男性名に多い名前だ。
「おじいちゃんさ、そんなに刀にこだわりあるなら、なんでおじさんたちに付けなかったんだろうね」
というと、
「その時はこだわりなかったんじゃない?」と母はあっけらかんと言った。
「私が生まれたくらいから妙にこだわり出てきたのかもねえ。女の子にねえ。不思議だねえ」と首を捻っていた。
いったい何があったんだ。
思いつつ、カタナにならなくてよかった、と心底思った。
低レベル男子たちに抜刀スタイルでやーいやーい、チャンバラオンナーとからかわれる小学生時代を送る羽目になるところだった。そんなトラウマいやだ。
しかしそれから数十年後、とあることで祖父の意図がようやくわかる事件が起こることになる。
(次回に続く)