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留学日記#76 24.3.16.

 近くの川まで散歩する。小さな崖のように切り出ている獣道を通ると橋梁下に着いた。虎のグラフィティアートを背にして川の流れを眺める。鳥が数羽、行ったり来たりしている。橋の裏が青空で挟まれている。似たような光景は日本にもいくらでもあるだろう。それでも今後の人生であと何回ここに来れるかと考えると切ない気分になった。最近、帰国に想いを馳せるようになった。留学も残すところあと三か月と少し。

 ある人を小説家にならしめたことがある。小学生の頃の話だ。彼女はデビューの直前に処女作と手紙を僕に送ってくれた。当時まだ10歳くらいだった僕は、今にしてみればなんて不躾なんだろうと思うけれど、彼女に返事を出さなかった。以来一切の連絡を取っていない。今朝、その本を図書館で見つけたというメッセージを母親からもらった。午後にWEBテストを解いたあと、ふと気になって彼女のペンネームを検索してみた。作品情報以外は見つからない。しかしTwitterで同じ名前を探してみると、本人のアカウントこそないものの、彼女を名指して送ったリプライの痕跡がいくつか残っていた。どれも10年以上前のもので、やり取りの相手は全員いわゆる腐女子のようだ。イラストを描く界隈にいたらしい。たしかに彼女は表紙のイラストも自分で手がけていた。こうして考えてみると作風も本人の雰囲気も少しオタクっぽかったかもしれない。ほとんど覚えていないけれど。そもそも当時のピュアな僕はそんなこと気にしてすらいなかった。彼女と話をしたいと思った。けれど手立てがなかった。僕たちはきっとお互いのことを覚えているのに、本人かどうかも不確かなアカウントすら今や消されてしまっている。あまりに遠すぎて、それでも記憶とインターネットにはかすかな痕跡があって、距離感に掴みどころがなくて不思議になってくる。

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