見出し画像

親の不仲に怯えてる

もう20歳手前の私は
幼い頃の記憶と出来事を消化できていない。


多分、私の親は優しい。
私を殴ったり叩いたりしない。学校にも行かせてるし。

だからこそ、幼い頃、母に相談した些細なことで喧嘩していた親の声を聞いて怖くなった。
私を怒るときの声量とは比にならない声量だった。


深夜、階段で口を抑えて聞いていた。
聞いてることが知られないように静かに歩いた。


当時、物音がしたから気になって寝室を静かに開けると、
聞こえたのは親の声とは思えない声と脈絡のない言い争いだった。
私が母に相談した些細なことで言い争ってることは、瞬時に理解した。
事の発端は私の存在だったと本気で思っている。
 

その日を境に、親の喧嘩は増えていった。
しかし、私がいる環境で喧嘩や言い争いはしなかった。


私が居れば喧嘩はしない。
私が相談とかしなければ喧嘩は起きない。

私が居れば。親の間に居ればいい。

そんな思いで、親に平等に接することに必死だった。


「私が居ないと喧嘩しちゃうから」
笑って言ってた。友達の約束を断る理由でもあった。


高校生になったとき
私がどんなに平等に接し、機嫌を伺っていても
言い争いをした日があった。

もう、これ以上できない
高校生になってやっと諦めたことだった。

学校から帰ってきたとき、玄関のドアを開けたくなくて
ドアノブを握ったまま静止することが増えていた。
薄っすら聞こえる親の会話が、喧嘩なんじゃないかと思ったら動悸がした。
親だけで外出する日は不安で仕方なかった。

そんな日は決まって寝るのにとても時間が掛かる。

昔のこと、と割り切れない。
今でも同じ景色を夢に見る。
私の部屋に友達を呼んでも、親の会話が少しでも聞こえると気になってしまう。
若干でも親の声が聞こえる夜はイヤホン無しでは眠れない。 


だいぶ時間が経ったのに、親の喧嘩に怯えていることに気づいた私の19歳の誕生日。
誕生日プレゼントをお願い出来ないくらい
自我が分からなかった。

方や、幼稚園からの幼馴染の家庭は
今も変わらず両親、親子共に仲良く見えた。
よく「家に居たいよ〜」と言う。


「家に居たい」なんて思ったことあるかな
最近感じる家庭の温度差。
昔は私みたいな感覚はよくあることだと思っていたから
笑って言えたけど

今は、全然、笑えない。

「羨ましい」と思ってしまう自分と
自分の親に不満があるような思考になることが苦しい。


緊張の糸を張りながら存在する私は
今でも尚、親の不仲に怯えている。


拙い文章を読んで頂き
ありがとうございました。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?