ねものがたり⑨ ひとがた

宝暦のはじめごろの話という。三河国は矢作川に橋を架ける公的事業のために、江戸から多くの役人や職人が派遣された際の出来事である。
ある日、人足頭──労働者の取りまとめ役のひとりが川縁に立っていると、川上から何かが流れてくる。何だ、とよく見てみると、板の上に人形を乗せたものが流れてくるのだ。子どものすることかとも思ったが、どうにもその人形の造形が子どもが玩具にして遊ぶものとも思われない。
奇妙ではあった。が、どことなく興味を引かれた。そこで、川の中から取り上げ、宿へと持って帰って枕元へと置いておいた。


これが喋るというのである。
夜中、夢うつつにうつらうつらとしている枕元で、


『きょうはこんなことがあったけれど、あしたはこんなことがあるよ』
『あしたは○○がびょうきになるよ』
『□□はあした▲▲へいくよ』


などと話す。おもしろいこともあるものだ、歩き巫女か何かの使う外法のようなものかもしれないな、と思って懐に入れて持ち歩くことにした。
その晩もやはり、口をきいた。次の晩もそうだった……さすがにだんだん五月蝿くなってきた。しかし、無下に捨てるというのもそら恐ろしい。
そこで、土地の古老にかくかくと話してみると、大層驚かれてしまった。
「またつまらないものをお拾いになられたものですね。遠江の山に出入りする者でこういうことをする者があると聞いたことがございますが、そういった物品を拾うと悪いことがあると申します……」
そう言われても、と途方にくれた。ではどうすれば、と泣き言を漏らすと、古老はこう言った。


「その人形を拾った時のように、板の上に乗せて川へ行くのです。人形を可愛がるような気持ちで、子どもがおもちゃの船で遊ぶときのようにして、川に背を向けたまま、極々自然に人形を乗せた板を手放すのです。そしてそのまま振り返らずに帰ってくれば、祟りもないと伝え聞いております」


すぐにその通りにした、という。


──そのあと何事もなく済んだかどうかは、原文には記載されていない。



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・「ねものがたり」は、古典文学・古記録などから気に入った話を現代語訳し、こわい話として再構成したシリーズです。
・話としてのおもしろさ・理解しやすさを優先しています。逐語訳ではありませんのでご注意ください。


出典
根岸鎮衛『耳嚢』より「矢作川にて妖物を拾ひ難儀せし事」


底本
根岸鎮衛著、長谷川強校注『耳袋 上』1991年1月16日初版 岩波文庫