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禍話リライト「あたりまえばあさん」

人智の及ばない世界にも、何らかの決まりごとはあるらしい……という話をとある場で披露したときのことだった。

「オバケってわけわかんないよね」
と、口に出した女性がいた。まさか何か関連する話なのか、と思ったが、彼女は首を振った。そして、
「私の場合はね、〈あたりまえばあさん〉」
そんなことを言った。


高校時代、彼女は事故に遭ったのだという。とは言っても命にかかわるようなものではなかった。ちょっとした荷物を運んでいたトラックに接触して一瞬意識を失ったが、幸い、特に大きな怪我も後遺症もなく済んだらしい。
が、それ以来、繰り返し奇妙な夢を見るようになった。決まった時期があるわけでもないが、それでも一年に一回程度、定期的と言っていい周期で見ていた、という。

それはこんな夢だった。
商店街の人ごみの中を歩いていると、一人のおばあさんに呼び止められる。もちろん知らないおばあさんだ。
「ちょっとちょっと! あんた!」
白髪を長く伸ばし、顔もろくに見えないから年齢も定かではないが、おばあさんであることは確かなのだ、という。そんなおばあさんから名前──しかもフルネームだ──まで呼ばれるので、反応せざるを得ない。
「何ですか?」
そう問うと、例えばこんなことを言われる。

「信号はね、青になってから渡らないかんよ」

……至極あたりまえのこと、なのだそうだ。
信号云々について言うなら、例の事故から人一倍注意している自覚はある。はいもちろん、と返すと、そうかいそうかい、とやり取りが終わる。
そんな夢だ。

「朝起きたら歯ぁ磨かなあかんよ」
「列車乗るときは切符買わなあかんよ」
「バス降りたいときには降りますボタンを押すんだよ」

毎回、そんなあたりまえのことを言われた。それだけのことだから、何だろうなあ、と思うことこそあれ、特に気にも留めずにいたのだという。


そのうち彼女は社会人になったが、相変わらずその夢は見続けていた。
ある夜、やはり例のおばあさんの夢を見た。このときはこう言われた。

「お盆だけど開いてる店もあるからね」

それはそうだ、コンビニなどという便利なお店もあるわけだから……いつも通りにはい、と返した。
と、おばあさんと自分の横を通り過ぎた人がいて、ふと注意が向いた。というのも、それが同僚──同じフロアで働いているというだけで、会えば挨拶する程度の仲だが──の前田さんだったからだ。

「ちょっと、前田○○さん!」

おばあさんは前田さんにもそう声を掛けた。
が、前田さんは無反応だった。呼びかけを完全に黙殺したまま、彼女の後ろ姿が遠のいていく……そこで夢が覚めた。
また変な夢だったな、と思った。


翌日出勤して、いつも通りに女子更衣室で着替えていたときのことだった。偶然その前田さんと背中合わせで着替えているような状況になった。そもそも、どうも、お疲れ様です、くらいのやり取りしかない間柄だ。あんな夢を見たからといって、特段意識することがあるわけでもない。
先に着替え終わった前田さんが、更衣室を出ていく……その手前で足を止めた。

「……あの婆さんにいちいち返事してたら身がもちませんよ」

それだけを言って、前田さんは出ていった。
その一言がとてつもなく恐ろしかった。


「それが今年の話なんで……来年もまた見たら、もう……嫌ですよね」

その〈あたりまえばあさん〉について前田さんに確認することなど、とてもできる気がしない、という。



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出典

震!禍話 二十一夜(独り語り) 1:20:42頃~(YouTubeチャンネル「禍話の手先」版


※猟奇ユニットFEAR飯による著作権フリー&無料配信の怖い話ツイキャス「禍話」にて過去配信されたエピソードを、読み物として再構成させていただいたものです。

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