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禍話リライト「更地のふたり」

それなりの高級住宅地、だったのだと思う。
例えばどの家の窓にもボタン一つで降りるような鎧戸があって、どの家にも犬の一匹や二匹がいて……という、そんな一区画に、親戚のおじさんが住んでいたのだ、という。おじさんといってももうかなりの年配で、不幸なことに奥さんに先立たれて一人暮らしをしている。一通り身の回りのことができる人ではあったのだが、親戚連中の手の空いた人間が様子見がてら泊まりに行くようになっていたそうだ。

その家の裏手には少し困った家があった。
口の悪いおじさんは「これだから成金は」というような表現をしていた。急に懐が温かくなっていい暮らしができるようになったものだから常識がない。金が入っても元から駄目な奴は駄目だ、とまで言うので、さすがに言い過ぎだろうと苦笑していたのだという。
ただ、確かに困った家ではあった。例えば、夜遅くまで何かしらの音楽らしき物音が漏れ聞こえてくることが多い。防音、といっても完全に防ぎきることは難しい。何かリズムを刻む低音だけが一般的な就寝時間になっても響いている、といった状況があった。いつまでも煌々と家の灯りが点いているのもどうかと思われた。カーテンを閉めるでもないらしく、そこまで家ざかいの塀が高いわけでもないから遅い時間になると気になって仕方がない。どちらにせよ、こちらが取れる手段にも限りはある……
「周りが言ってはいるんだけどねえ、駄目なんだわ」
そういうふうに零すおじさんに、迷惑ですねえ、と返していた。


だからその日泊まった時も、今日も裏の家はああなんだろうな、というふうに思ったそうだ。特におじさんから話を振られたわけでもなかったが、そう思ってしまう程度にはいつもの習いになっていたのだろう。
おじさんと夕食を取ってゆっくり過ごし、良い時間になったのでおやすみなさい、と言って毎回あてがわれている二階の部屋へと向か──おうとして、その前にトイレへと立ち寄った。
トイレの窓からはちらりと裏の家の二階が見える……はずだった。

何もない。

あれ、と思いながら用を足した。
トイレからでは角度が悪い。だから、部屋からもう一度確認してみた。

──家が綺麗になくなっている。全て取り壊されて更地になってしまっていた。

随分急だな、という感じがした。来たときはわからなかったが、一週間前に泊まりに来た時にはまだ家があったはずだ。そもそもそんなに急な取り壊しなら、今日話題に上ってしかるべきではないのだろうか……?
とはいえおじさんは聞き上手なたちだから、今日も自分ばかりが話しすぎてしまったような気がする。言い出すきっかけがなかったのかもしれない。
あの家がないとこれほどに夜は静かだったのか、と思う一方で、取り壊すまでしなくても、という気持ちもあった。良い土地なのだから、貸家にするにしろ売家にするにしろ手段はあったはずだ。
そんなことを考えながら、しばらくぼうっと更地を眺めていたという。自分の部屋の照明がぼんやりと地面へ落ちている……

そこに人影がふたつ、あった。

日付が変わろうかという時間だ。それなのに、彼らは工事の最後の仕上げ──というか、ほんの少しの残置物を撤去しているらしい挙動をしている。大きなものは何も残っていないから、本当にどうでもよさげなこまごましたものをバケツやらカートやらで運んでいるように見えた。
こんな時間に? そもそも今日作業してたっけ? いや何も物音はしていなかったはずだ……
と、窓の明かりに気が付いたのか、二人がこちらを振り仰いだ。そのままぺこり、と頭を下げる。こちらもそれに倣った。
彼らが敷地から去っていくのを見守って、ふと気づいた。
彼らはスーツ姿だった。
家を更地にしたあとの現場に用があるなら、作業服か何かで来るものではないだろうか。現場の人間の忘れものか何かを、近くだから、と別の人間が取りに来たと考えたら辻褄があうのか……?
どうにもこうにも納得がいかなかったが、目が合ってしまったこともあって気まずい思いもある。だから、その日はそのまま床に就いた。

翌朝起きて愕然とした──裏の家がある。

昨晩はアルコールも入らなかったし、もちろん怪しい薬に手を出しているわけもない。馬鹿な話なんだけど……と話すと、おじさんは呵々大笑した。
「そりゃお前疲れてるんだろう。無理して来なくてもよかったんだぞ」
いやでも確かに、と首をかしげていると、とうとう温泉療養や整体まで勧められてしまった。


一週間が過ぎたころ、おじさんから電話があった。
裏の家で不幸があったから来てほしい、と言ったその声が沈んでいた。
仕事が終わって行けば通夜には間に合う勘定になる。ひとまず喪服も用意して、おじさんの家へと向かった。
大丈夫ですか、と聞くと、おじさんは何ともいえない表情でこんな話をした。
「いや、よくわからんのだけどなあ……裏の家に高校生くらいの子どもが二人いただろ。それが二人とも、ってことらしいんだが……」
事故でもなく、病気があったという話でもないらしい。それなのにどうして、と聞くが、おじさんは首を振った。
「それが今いちわからんのよなあ……ただ急だった、ってことで。でも何となく気味が悪くてな……お前変なもの見たっつってただろ、それもあって。まあ一人で行ってもいいんだが、気になっちゃってなあ」
それなら構いませんよ、と二人で通夜に参列した。
高校生の子ども、しかも二人の突然の死、とあって、両親は弔問客に対応するどころではない取り乱し様だったという。まともな応対もできない二人の代わりに、親戚や式場の職員が忙しく立ち働いていた。
ひと通りのあれこれが終わったところで、おじさんが耳打ちしてきた。
「……棺桶の蓋、閉まってたな」
中を見せられる状況にはない、ということだ。こんな状況であの夜見たものの話などできるはずもない。黙っていよう、と二人頷きあった。しかし、あまりにも奇妙ではあった。
席を立ち、出口に向かいながら、何なんでしょうね、俺が見たのは……と言いかけたときのことだった。

出口で、二人の職員が弔問客に頭を下げている──その二人が、どう見てもあの夜の二人だった。
何の疑いの余地もなく、あの二人だ、と理解してしまった。繰り返し頭を下げる、その恰好までが同じだった。

よほど顔に出ていたのか、通りすぎるときには二人ともが怪訝そうな表情をしている。あちらに心当たりはないようだった、という。彼の異変に気付いたおじさんが、少し行ったところで、
「……ひょっとあの二人か?」
と聞いてきた。黙って頷くと、怖いな、とおじさんも身震いした。

「まあ……知らせ、っていうのは必ずしも必要な人間が見るもんでもないらしいからなあ」
怖いな、怖いですね、と繰り返しながら家に帰って、おじさんがそう言った。そんな話をお坊さんから聞いたことがあるらしい。
「虫の知らせってのは親族やら友人やらが見るとも限らんって話らしいからな、変にねじまがってお前のところに行ったんじゃねえのか?」
そうなのだとしても、やはり怖いものは怖かった。


その後、裏の家の家族は引っ越して、家はあの夜見た通りの更地になってしまった、という。
そういう事情から想像するに──おそらく亡くなった子ども二人というのは、家の中で、尋常ではない死に方をしたのかもしれない。

家の跡地は、高級住宅地の中ぽつん、とコインパーキングになっているそうだ。


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出典

ザ・禍話 第三夜 24:30頃~
YouTubeチャンネル「禍話の手先」版


※猟奇ユニットFEAR飯による著作権フリー&無料配信の怖い話ツイキャス「禍話」にて過去配信されたエピソードを、読み物として再構成させていただいたものです。

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