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禍話リライト「一番そばの母娘」

Tさんは、今でもその体験のことを「何だったんだろうな」と思い返すことがある。
まだ小学校に通わない年齢のころの話だ。
しかも彼の家族も同じ体験を共有していて、やはり何だったんだろうなあ、と口にすることもある。だから決して自分の頭の中で作り上げてしまった出来事ではない、という。


幼いTさんがお母さん、お姉さんと一緒に家の中で遊んでいたときのことだ。
突然、どぉん!という凄まじい音が外から響いた。それまで聞いたことがないような音だったという。
かなり近い音だ、という気がした。家の外は道路になっている……ここにいなさいね、と言って外に出ていったお母さんはすぐに引き返してきた。
「ダメダメ、お外見ちゃダメだからね」
どうしたの、と問う子ども二人に、お母さんは曖昧に答えた。
「今からね、ピーポーピーポー来るけど、お外見に行っちゃダメよ」
Tさんにはよく分からなかったが、小学生になっていたお姉さんはそれで察したらしかった。Tさんも、とりあえず何か事情があってダメなのだ、ということは理解した。
こわいねえ、怖いねえ、とお姉さんとお母さんが言い合っている間にも、外から聞こえる不安の色を帯びたざわめきは大きくなっていった。パトカーや救急車のサイレンの音が近付いてきて、止まる……それでも三人はそのまま家の中にいた。
とはいえ、生理現象を戒められているわけではない。
「ちょっとトイレ」
そう言ってTさんは居間を出た。
トイレの近くには祖父母の生活スペースがある。その日、お祖父さんは体調を崩して奥の寝室で寝ていて、お祖母さんは趣味の集まりで外出していた。だから、その部屋には誰もいないはずだった。
トイレを済ませてふと見ると、その部屋に人影がある。


ひとりは自分の母親くらいの女性、もうひとりは自分のお姉さんくらいの女の子──今まで一度も見たことのない、まったく知らない母娘だった。


ふたりは手をつないで、こちらに背を向けて立っている。庭に面した窓から外を見ているようだった。
「……こんにちは?」
とりあえずそんなふうに声を掛けた。すると、母娘もこちらを振り向いて会釈をした。そしてまた、外へと視線を戻す。その流れがあまりにも自然で、幼いTさんは自分の知らないお客さんがいたのかな、と思ったという。それが奇妙な存在だとは考えなかった。
外の騒ぎはまだ落ち着く気配がない。さっきの人たちも外の様子を見ていたのかもしれない、そうTさんは思ったが、だんだんと違和感を覚え始めた。あれは誰なんだろう、という疑問が強くなっていく。だから、お姉さんに聞いてみた。
「ねえ、おじいちゃんとおばあちゃんのへやにしらないひとがいるんだけど……」
「え? うそでしょ?」
最初はいぶかしんだお姉さんも、弟が本当だと言い募るのでそれじゃあ、と居間を出た。様子を見ていると、例の部屋の前まで行って「……どうも」というような声を掛けただけで戻ってくる。
「ひとがいる……」
「いるでしょ?」
「知らないひとだ……」
さすがにお姉さんがお母さんを呼んだ。何なに?とお母さんが昼食の準備の手を止める。
「知らないひとがいるよ……!」
その言葉に慌ててお母さんが部屋に向かうと、そこには誰もいなかった。
ただ、庭に面した窓と網戸が開け放たれていて誰かが出ていった形跡はあったのだという。それでも、家の外に集まっていた野次馬のうち、そこから出ていった存在を目にした人はいなかった。妙な話ではあるが、庭で消えたとしか思えない……

後日、Tさんは外の騒ぎがひき逃げ事故だったと知った。


それから年月が経ち、たった一度の不可解な出来事を心の中に残したままTさんは成長した。
高校生の頃のことだ。
「……あいつら何してんの?」
放課後になるやいなやいそいそと教室を後にする女子生徒たちの姿に、ふとそんな疑問が口をついて出た。
「あー、こっくりさんだろ」
「こっくりさん?」
男友達のひとりがこっくりさんを知らないTさんのために解説してくれる。
「こっくりさんってのは心霊遊びみたいなもんでさ」
「遊びかよ」
「いやそれが結構当たるらしいよ」
そんな説明を話半分に聞く。どうやら比較的ちゃんと答えが返ってくるこっくりさんが来るらしく、細々としたことを言い当てることもあるという。誘われた男子生徒が面白半分に参加することも間々あるらしかった。

Tくんもどう、と言われたのはそんなことを聞いた後だった。結構馬鹿にしたもんじゃないよ、などという女子たちの感想を笑いつつ、特に断る理由もないTさんもこっくりさんの輪に加わったのだという。
学校行事に関することなど他愛無い質問が飛び交う。運動会はどちらが勝ちますか、などと尋ねながら、思ったよりきちんとした単語で答えが返ってくることにTさんは驚いていた。こっくりさんの存在を信じたわけではないが、誰が動かしているかわかるわけでもないのに紙の上を滑る十円玉の動きは不思議だった。これが自己暗示ってやつかな、と考えながら、示される音を目で追っていた。
すると、女子の一人がこんなことをTさんに言った。
「別にプライベートなことでも聞いていいよ。私たち口堅いし」
言われて少し考えているうちに、オカルトがらみの連想からか、ふと思い出したのは幼いころのあの体験についてだった。
「詳しく言わなくても聞きたいところだけ聞けば大丈夫だから。私たちにわかんないようにぼかしたりしてさ」
それじゃあ、とTさんは口を開いた。

「……あのふたりは何をしてたんでしょうか?」

それだけを聞いた、という。
女子生徒たちも特に追求せず、こっくりさんの回答を待っている……やがて、静かに十円玉が動き出した。


  ”か”  ”ぶ”  ”り”  ”つ”  ”き” 


……〈かぶりつき〉。

「なあに、鶏肉でも食べてたの?」
そんなことを言って女子たちが笑う。けれど、Tさんは──Tさんだけは、背筋が凍ったように思った。

かぶりつき、つまり一番そばで、最前列で、野次馬気分で事故現場を見ていた……?
そう思うとたまらなく恐ろしかった。

当たってた?と女子が尋ねてくる。
「当たってた……と思う……」
かろうじてそう返したが、聞かなければよかった、という気持ちでTさんの頭は一杯だった。


その日家に帰っても、こっくりさんから告げられた言葉の恐怖が薄らぐことはなかった。
よほど顔色が悪くなっていたらしい。両親と大学生になった姉、そしてTさんの四人で食卓を囲みながら、具合が悪そうだが大丈夫か、と聞かれたという。
「……笑われるかもしれないけどさ、」
こっくりさんの件は伏せつつ、あの時のこと思い出しちゃって、と、あの日見た母娘のことをあらためて話題にする。不思議なこともあったよね、などと話すうちに、すっかり夕食は片付いていた……ふと気づくと、両親がともに何とも言えない表情をしている。
「……あの時お前らは小さかったからな、言ってなかったんだが……」
そうお父さんが口を開いた。

「結局な、ひき逃げ犯は捕まってないんだ」

住宅地の中の広くもない道で、どうしてそんなスピードが出たのかというような事故だった。
しかも、数人の通行人がその車の運転手──ひき逃げ犯の顔を見ていた。


母娘だった、という。
運転席に母親、後ろに女の子を乗せた自動車だった。


そんな犯人だからすぐに自首するだろうと思われていたが、結局何の進展もないまま今に至るらしい。

「それで……その二人の特徴っていうのがね、あなたたちが見た親子と、たぶん一致してるのよね……」

そうお母さんが言った。


……つまりあの母娘は、本当の本当にかぶりつきで、その事故を見ていたことになる。


聞かなければよかった、と改めてTさんは思った。
お姉さんに至ってはどうして引っ越さないんだと怒り心頭だったが、結局そんなことがあったのは一回きりだったという。
あの出来事が何だったのかはわからないまま、一家は今もその家に住んでいる。


それにしても、とTさんは言う。

「……こっくりさんも正確に答えすぎですよね」



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出典

ザ・禍話 第二十九夜 36:10頃~
https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/645332399


※猟奇ユニットFEAR飯による著作権フリー&無料配信の怖い話ツイキャス「禍話」にて過去配信されたエピソードを、読み物として再構成させていただいたものです。

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