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禍話リライト「木霊」(怪談手帳より)

百年の木には神ありてかたちをあらはすといふ。

鳥山石燕『画図百鬼夜行』より「木魅こだま

「小学一年生の時のことなんですけど……」
と、Aさんは懐かしそうな顔で口を開いた。


Aさんの通っていた小学校の校庭の隅の、木々の密集した場所、そのさらに奥に、小学校ができるより前から生えていると伝わる一本の古い松の木があった。それが、彼らの間で〈お化けの木〉と呼ばれていたのだという。
「松って表面が鱗みたいになってるでしょう? その模様が人に見えるんですよ……こう、腰をかがめて立ってるお爺さんの全身像に。また苔なんかがうまい具合に髪や髭のところに生えてて……それがうちの校長先生そっくりだったんですよ」
しかもそれは喋った、という。木の前に長いあいだ立っていると、どこからともなくお爺さんのような声が聞こえてくる。それは軽い説教や挨拶、朝礼の時のあいさつのような、ひどくのんびりした調子をしていた。
木の模様は日によって僅かに形が変わっていくようで、校長先生の姿も一定していなかった、という。座ったり、後ろを向いていることもあったそうだ。
「今思えば、ちょうどいたずら盛りの時期じゃないですか。そんなものを見たらもっと騒いだり弄ったり、面白がりそうなもんですけど……妙にみんな〈お化けの木〉には丁寧に接していたように思うんですよね」
Aさんはふと思い出したように付け加えた。
「……あ、そういえば、〈お化けの木〉の噂してたの、当時の僕たちみたいな低学年の子どもだけでしたよ。高学年の子たちがそんな話をしてたって記憶はないから……」
Aさんたちは時々様子を見に行っては今日はこうだった、今日はこんな形だった、とまるでその日の天気を語るような調子で話題にしていた。

「その一方で本物の校長先生は何だか影が薄かったんですよね。ああ、僕たちの記憶の中で、って言ったほうがいいかな……低学年でまだ小さかったから、ってのもありますけど、校内で何をしていたかとか、行事のときどうだったとか、具体的な印象が残ってないんです。だから僕たちにとってはむしろ、校庭の奥の……言ってみれば木の校長先生ですか、そっちのほうがなじみ深かったくらいで」

しかし、ちょうどその年が終わる時期のことだった。
「〈お化けの木〉がお化けになっちゃった、って……誰だったかな、よく覚えてないんですが、泣きながら報告してきた子がいて」
それで、休み時間にみんなで見に行った。
木の模様はあまりにも急激に変わり果てていた。表皮はボロボロにささくれ、お爺さんに見えていたその姿のはすっかり崩れてしまっていた。両目に見える部分は特に大きく膨れ上がり、それぞれ違うかたちに歪んでいる。幹の真ん中は腐って虚ろに開いた穴らしきものがができていて──、
「まるで校長先生が大口を開けているような有様でした」
その〈お化けの木〉が喋る声も、ほとんど内容の判別のつかない、低い唸りのようになっていた。今まである種の親しみを持って木に接していた子どもたちも、それを見てすっかり近づかなくなってしまった。
そして次の休み明け、何故か〈お化けの木〉は切り倒されていた。
「まったく何の前触れもなくですよ……」

さらに奇妙なことに、現実の校長先生のほうも別人になっていた、という。
まるで何かのスイッチを切り替えたかのように、あの影の薄いお爺さんではなく、太った見知らぬおじさんが校長先生だということになっていた。もちろん、前の校長先生は、と先生に訊いた。が、先生は怪訝な顔をするばかりで、ずっと前からあの人が校長先生だろう、と言う。証拠として持ち出されてきた学校のアルバムには、確かにあの太ったおじさんが数年前から校長として載っていた。

「まあ、ここで終わってれば、僕たちが集団で思い込みでもしてたって話なんですけど……」
そうやって先生が持ってきたアルバムの中に、あのお爺さんが写り込んでいる写真が、何枚も何枚も紛れ込んでいた、という。子どもたちが遊んでいる校庭の背景にある校舎、その端の窓から、見慣れたあの校長先生が無表情な顔を覗かせている写真を見て、Aさんたちはそれに気づいた。この人です!と彼らが指さしてはじめて、先生たちもその存在を知ったようだった。
もちろん、誰だこれは、という騒ぎになった。よくよく調べてみると、学校が作ったアルバムだけでなく、子どもたちそれぞれの家庭が撮影したような写真にも、あのお爺さんが写り込んでいるものがあるとわかった。
「……子ども心にわけがわかりませんでしたね……みんなそうだったんじゃないかな。泣き出す子だっていたし……」
彼らの半ば錯乱したような説明を受けて、校庭の隅の〈お化けの木〉についてもなんらかの調査が行われたらしかった。けれど、先生たちはその結果について不自然なほどに口をつぐんでいた。
「ほとぼりが冷めたころに見に行ったらね、切り株だけが残ってて……その切り株に注連縄が張られてたんです。ええ、少なくとも僕たちが卒業するまで、ずっと」

その後、彼らが断片的に聞いた話によって、おぼろげながら判明したことが二つだけある。
一つ、〈お化けの木〉──例の松の木はどうやら樹木の病気にかかっていたらしく、表皮にささくれや穴ができて切り倒されたのはその病気のためらしいということ。
二つ、これは真偽がはっきりしないことだが、彼らが〈お化けの木〉について噂し始めたのは、その松の木が植えられてからちょうど百年目だったらしい、ということ。
それ以上のことはわからない、という。

取材の終わり際、Aさんは尋ねるとも呟くともなくこう言った。

「……あれって木が助けを求めてたんですかね。それとも……まあ、そんなことはないと思うんですけど……もしかして、木が、何かをやろうとしてうまく行かなかった……ってことなんですかね?」


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出典

シン・禍話 第三十一夜 45:06頃~(採話:余寒さん)

参考

『鳥山石燕「画図百鬼夜行全画集」』角川ソフィア文庫/平成17年7月25日


※猟奇ユニットFEAR飯による著作権フリー&無料配信の怖い話ツイキャス「禍話」にて過去配信されたエピソードを、読み物として再構成させていただいたものです。

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