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禍話リライト「開けないの?」

地方の寂れかけた商業施設—―ショッピングセンターだったりショッピングモール――は怖い。そんな話になった時、ある人から聞いた話だ。


彼の地元にも寂れたショッピングモールがあった。往時はかなり賑わった場所だったのだが、今ではテナントも減り、人通りの少ない場所にあるエスカレーターはセンサー式になってしまっている、それくらいの寂れ具合だ。
その一角に妙な手書きの張り紙があったのだという。


『エスカレーターでボストンバッグのようなものを見かけた際は、決してお手を触れたり開けたりせずにお近くの店員・係員をお呼び下さい。……』


爆発物などのような不審物に対する注意喚起にも見えるが、そうではない。それは不審物にまつわる事件が世間を賑わすいくらか前の話で、しかも「不審物を見かけた際は」で済むところをわざわざ「ボストンバッグのようなものを見かけた際は」と指定してあった。それだけではなく、続く部分にどのような形状でどのような色をしているかの説明と、例として写真まで添えられていたのだという。そんな内容の、手書きの――しかも何度か書き変えた様子すらある張り紙。
何かあるのかもしれない、という話になった。
その頃には地元の若者の間では噂になっていて、バッグを開けたら中にバラバラ死体が入っていたとか、中から「こんにちは」と言われたとか、「お前だ!」と叫ばれただとか、内臓がドクンドクンと脈打っていただとか、うろんな話が伝わってきていたのだという。それなら本当のところを確かめてやろうということで、とある夏の日、二駅ばかり離れたところにある件のモールへ友人数名と向かうことになった。
行ってみると、休みの日だというのにおばあちゃんの姿がちらほらあるだけ、そんな具合のショッピングモールだった。実のところ半年先に撤退することが決まっていて、これでもかというくらいに閑散としていたのだという。こっちだという方へ向かっていくと、どんどん空きテナントばかりになっていく。シャッターが下ろされていたり白い布が掛けてあったりで、トイレ程度しか使える場所がないように見えた。もちろん自分たち以外に人の姿はない。
「あ、ここだ」
噂のエスカレーターはきちんと上下揃ったエスカレーターだったという。そこに件の張り紙があった。


『決してお手を触れたり開けたりせずに』……


いや開けないだろう普通は、と思った。あたりに営業している店舗もないので、警備員控室の電話番号が書き添えてあって『ここに連絡して下さい』とある。実際目にしてみると、あまりに奇妙な注意喚起に見えた。が、周囲にボストンバッグらしきものはない。
張り紙だけ見て帰るというのもあんまりだし、時間はたっぷりある。きっとグループでいるのがよくないのだ、ということで、時間を置いて一人ずつエスカレーターに乗ってみることになった。幸い人の目もない。
一人が上っていって、下りてきた。少し時間を置いて、二人目が上っていって――ちょっとちょっと!と慌てながら戻ってきた。
「たぶんアレだ!」
上りきったところにバッグがある、しかも周囲には誰もいなかったと言う。さすがに持ってくるのは気が引けたらしい。
急いで全員で行ってみたが何も無い。下りてきて無いじゃないか、いやあった、と言い合っていると、一人がおい!と指さした。


下りのエスカレーターの一段にボストンバッグが乗っていて、ゆっくり、ゆっくり下りてくる。
呆然とする自分たちの前へ下りてきたボストンバッグは、下りきったところでステップに乗り上げてゴツン……ゴツン……と揺れている。


さすがにそのままにはしておけないので、とりあえず一人が持ち手を掴んで持ち上げた。
……なんとも言えない重さがあった、という。軽くはない。重くもない。すぐに場所を移して手を離したが、絶妙な手応えがあった。
「で、これ、どうする?」
「そりゃ警備員さんに……」
そんな相談をしたときだった。


「開けないの?」


そんな言葉が降ってきた。
顔を上げると、下りエスカレーターの下り口に立った一人の女がこちらを見下ろしている。先程まで誰もいなかったはずだ。
女の首のマフラーが妙に目立っている。それだけではなく、しっかりと着こんでいる――今は夏だ。


「開けないの?」


普通に問いかけるトーンのその言葉。うわっ、と全員を恐怖が包む。すると、一人がその恐怖に耐えかねたらしく、


「開けません!」


と叫んだ。センサーを感知してエスカレーターはごんごんと動き続けている。そのエレベーターの上に、違和感の塊のような女が立っていて「開けないの?」と問いかけてくる……そんな状況を我慢できなかったのだ。
言うなよ!と他のメンバー全員が思った。定石通りなら女が消えるか、こちらに来るか、高笑いするか、そんなところだ。
けれど、そんな考えをよそに女は真顔で、特に声も荒げずにこう言った。


「でも、今開けて見ないと、もっと酷いものを見るわよ?」


その言い方が怖かった。
誰からともなく走り出し、逃げて、逃げて気が付くと、インフォメーションセンターらしい場所の前に行きついたところだった。
「カバン! カバン!!」
それだけしか言えない。インフォメーションセンターにはやる気なさげな若い女性職員が座っていて、彼らを怪訝そうな目で見た。
「カバン!」
「女!」
「冬!」
単語でまくしたてるしかない彼らに、その女性職員は
「はいはい、言っときます」
とだけ答えた。何の確認もなかったらしい。
その時はパニックだったこともあり、その職員に対する怒りもありで考えなかったが、帰る途中で、「あれはもう慣れてるんだろう」ということになった。
何だったんだろうな、と言いあって別れた、その夜のことだ。


全員が「すごいものがボストンバッグから出てくる」夢を見た、という。


それはだいたいバラバラになった人体だった。バラバラのはずのそれが、あのボストンバッグから出てきて自分の体に這い上がり、絡みついてくる。そして「なんで開けて見なかったんだ」「なんで確かめなかったんだ」そう言って責める。
それは例えば恋人だったり、可愛がっている妹だったり、母親だったり、つまるところ一番出てきてほしくない相手だった。
確かに酷いものに違いなかった、という。


それから程なくしてショッピングモールが取り壊されるまで、二度とそこに足を踏み入れることはなかった。跡地には全く関係のない施設が建ち、そこにはエスカレーターもない。だからもうバッグを置く場所はないんだ、と体験者は語る。
ただ、その話を聞いてふと想像してしまった。
女は次に置くべき場所を探してあたりをうろついているのではないだろうか。片手にボストンバッグを持って……
それくらいのことはする存在ではないだろうか、という気がしてならない。


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出典


禍話R 第4回 48:55頃~
http://twitcasting.tv/magabanasi/movie/504096686


※著作権フリー&無料配信の怖い話ツイキャス「禍話」さんにて過去配信されたエピソードを、読み物として再構成させていただいたものです。


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