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禍話リライト「ものを言う岩」(怪談手帳より)

それはいわゆる〈こそこそ岩〉の話なのだという。
〈こそこそ岩〉とは、水木しげるによって取り上げられたこともある民話で、簡単に言ってしまえば夜その岩の前を通るとこそこそと何か話すような物音がしたというような話だ。〈こそこそ岩〉という名前ではなくても、岩が異音を発する、ものを言う、またはすすり泣くというような話は日本各地に分布している。


Aさんという女性が幼いころの話だ。
彼女の父方の祖父母は、ある低い山の上に住んでいた。祖父母の家のそばにある畑から少し藪の中に入ったあたり、草に埋もれるようにしてその岩はあったのだという。大きさは小さな子どもくらい、黒い岩で、ざらざらとした手触りをしていた。
その岩が勝手に音を立てることがあった。
遊んでいると不意にその岩が視界に入ることがある。そんなときにふと耳を澄ます。すると、どうやら岩の肌あたりからぶつぶつと何かを言う人の声が漏れ聞こえてくる。内容は覚えていない。何を言っているか理解した記憶もない。けれど、それは確かに人の声だった。
不思議なもので、子どものころのAさんはそれを怖いものだとは認識していなかった。それはちょうどラジオから外国語の放送が聞こえるようなもので、Aさんは弟を誘い、二人で面白がってその声を聞いた。そんな思い出があるのだという。


実のところ、Aさんはそれをすっかり忘れてしまっていた。最近になってアルバムを広げながら昔を懐かしんでいると、祖父母の家で撮った写真が出てきた。それで思い出したのだった。
「そういえば、おじいちゃんちにはしゃべる岩があったよねえ」
あれって妖怪図鑑に載ってる〈こそこそ岩〉ってやつだ、覚えてる?と弟に話を振った瞬間、

「やめてくれよ」

と遮られた。突然曇った表情になった彼は、思い出したくねえんだよそれ、と続けた。
「え、あんただって面白がってたじゃん」
「……姉ちゃん本当に覚えてねえのかよ」
まったく思い当たることがないAさんに、弟はこんな話をした。

その日までは確かに面白がって岩の声を聞きに行っていたのだという。けれど、二人ははじめて祖母に見つかってしまったのだ。
孫たちの目的を察した祖母の顔はみるみるうちに青ざめた。
「おじいさん!!」
その声を聞きつけてやってきた祖父は――普段は温厚な祖父は――烈火のように怒っていた。
「どこにあったんだ!!」
てっきり知っているものと思っていたから、戸惑いながらもそこにある、と指さした。聞くや否や物置に駆け込み、戻ってきた祖父の手の中にはノミと金槌が握られていた。
あまりの異様な雰囲気に後を追うと、祖父は藪に体を突っ込んで岩を叩き割っていた……

「……覚えてないのかよ。いつもは優しいおじいちゃんがさ、『死ね!』とか『お前まだ懲りないのか!』とか言いながら滅茶苦茶に岩を叩き割ってたじゃないか……」

弟の話はそれで終わらなかった。

「しかもそれを見てた姉ちゃん、俺の横で、聞いたことない男みたいな低い声でわめきだしたじゃねえか」

なんで覚えてないんだよ、俺その両方が怖くてトラウマになってんのに……
そこまで聞いてもAさんは何も思い出せなかった。


今はもうその祖父母の家も存在しないという。



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出典

真・禍話/激闘編 第一夜 1:23:16頃~ 怪談手帳のコーナー(採話:余寒さん)より (元タイトル「こそこそ岩」)


※著作権フリー&無料配信の怖い話ツイキャス「禍話」さんにて過去配信されたエピソードを、読み物として再構成させていただいたものです。

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