ねものがたり はじめに

古典の怖い話を読みやすい形にして公開してみよう、と思い立ったはいいが、何かシリーズのタイトルが必要だ。
それで、「寝物語」というのを考えた。
そのままの表記では遊びがない。だから安直にひらがな表記にしてみる。「ね」は自分のペンネームに通じる音でもあるからちょうどいい。
「ねものがたり」にしよう。

……寝物語、というものに思い出がないでもない。
それは幼いころ、一緒に昼寝をしていた母親が話してくれた話だった。
「昔々、あるところにお母さんと小さな子どもがいて……」
そんな語り出しだったと思われる。
しかし、当時の私にとってはこれがとてつもなく怖い話だったのである。
幼い子どもと母親が眠っている時、という場面がそのまま自分たちに重なることは当時の私にもよくわかっていた。その話の中で現れた怪異は、母親の機転によって姿を消す。けれど、私の母はこの話をし終わってすぐ私より先にすやすや寝息を立てはじめたのである。
寝室は日陰の和室で、電気は消されていた。休日の午後の光が廊下に差していたけれど、かえって室内はものの輪郭が見える程度に暗かった。次の間との境の襖が開いていて、部屋の境にある棚越しに向こうの部屋が同じ暗さに沈んでいるのが見える……私はそこから、母が寝物語に語った異形が姿を現わすのではないかと気が気でなかった。
その異形じたいが怖かったわけではないだろう、と思う。その怪異の正体が何もわからないまま、登場人物の行動によってもたらされたとある一つの異変だけがぽつん、と放り出されて終わってしまった、それがおそろしくてならなかったのだ、と思う。
そしてそれからかなり経った頃、もう成人しようかと言う時に、『今昔物語集』の中に母が話してくれた話を見つけ出した。聞いた話の中で「母親」だった人物は本来「乳母」だったらしい。自分の母の小技が憎い。後日その話をしたら母は完全にその話をした事実を忘れていた。憎い……

そんなことを思えばこれは「ねものがたり」で間違いないのかもしれない。
誠実な現代語訳をするでなし、ただ私の楽しみのための、誰かの寝物語になるならば御の字の、古い、怖い話。それくらいでちょうどいいだろう。
せっかくだから、母から聞いたその話をまず掲載しようと思う。

→ ねものがたり①「米をまいた話」