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禍話リライト「庭の塚」

チャラチャラした感じの人だったから、話してくれたのだろうと思う。
けれど、そんな雰囲気の割にはちゃんとした人だ、ということが話しているうちにわかった。おそらく万事要領がいい人なのだろう、という男性だった。


そんな彼だったから、同じようにチャラチャラした友人たちよりも早く自動車の運転免許を取得していたという。
大学二年生の頃、仲間うちで、お前免許持ってるんだって、という話になった。素直に認めるとすげえな!と言われる。彼は最短で免許を取れたタイプの人間だったが、周りには試験やら何やらの段階でつまづいてそのまま自動車学校を不登校になっているような面々が多かったのだ。
そんな学食での何気ない会話だった。

「お前車は持ってんの?」
と、一人の友人から聞かれたのはそれから数日後の話だ。自分の車、というのではないが、親名義の車を一台、ひとり暮らし先に持ってきてはいる。
「わりいんだけど車出してくんねえかな」
別段問題があるわけではない。大学生にはよくある話だ。
何でも、付き合っている女の子の祖母の家に用事があるのだという。公共交通機関からのアクセスがよくない家で、そこに彼女が何か荷物を取りに行かなければならない。その荷物がかさばるらしいのである。バスやらを使うには遠い。バイクや自転車では荷物が積めない……そういうことだった。
もちろんガソリン代は出す、という話だったが、彼自身運転の練習をしたくもあった。だから気持ちよく引き受けて、次の休日に約束をしたのだという。

そして約束の日になった。
「こう言っちゃなんだけど、結構田舎だね」
カーナビに目的地を入力しながら、そんなことを聞いてみた。友人の彼女さん、というその女の子は、特に気分を害した風もなく事情を話してくれた。
「うん、おばあちゃんが独り暮らししてたんだけど、具合悪くなって入院しちゃって。だから今は無人なんだよね」
「へえ」
「あ、でも庭は綺麗でさ。業者の人が手入れしてくれてるから」
「なるほど、そうなんだ」
……そんなに会話も盛り上がらない。何せその彼女さんとは初対面である。友人も自分に気を使ってか、カップルの会話を楽しもうとはしない。そうしてくれたほうが気が楽ではあったのだが。趣味が判らないから無難な曲が流れる車内に、居心地の悪い空気が満ちていく……
どうしようもないので、おばあちゃんちってどんな感じ?おばあちゃんってどんな人?という質問をしてみた。
曰く、おじいちゃんは彼女が幼いころに亡くなっているのだそうだ。以来、おばあちゃんはひとり暮らしをしていた。彼女の一家は、まとまった休みになるとそんなおばあちゃんちに遊びに行っていた、という。
「田舎の家だから広いおうちなんじゃない? そんな家だとさ、おばけとか出んじゃないの?」
そんなふうに切り返してみた。すると彼女が、
「……そういえば、一回だけ変なこと言われたことがある」
と言った。

それは小学生の頃、いつも通り、和やかな空気の中でおばあちゃんと過ごしていた時のことだという。ふ、と気が付くと、おばあちゃんが険しい顔をして庭の方を見ていた。
それが異様で、その時には何も言えなかった。だから、帰り際にさっきはどうしたの、と聞いたそうだ。するとおばあちゃんはこんなことを言った。

「○○ちゃん、もしうちに来た時に庭に塚が見えたらね、すぐに帰りなさいよ」

──塚。
意味わかんないよね、と彼女は言った。
それって土の墓みたいなやつ? いやもともと無いんだったらそりゃ無いでしょ。何、誰か入ってきて作ってるってこと? それ不法投棄じゃん! そんなことを彼と友人とは言って笑い合った。

そうこうするうちに、目的地であるおばあちゃんの家に到着した。
予想していたままに、田舎に特有の、広くて大きな二階建ての家だった。聞いていた通り、庭はきちんと整えられて掃除もされている。お邪魔します、と家に入ると、電化製品などもまだ生きていて無人の家じみてはいない。
目的の荷物は二階にあるというので、友人カップルが上がって行く、それにくっついていくというのも何だ。彼は居間にちょこなん、と座って、二人を待つことにした。
……広い家だよなあ、と思う。床の間の掛け軸、よくわからない人形……いかにも田舎のおばあちゃんの家、という雰囲気がある。へえ、と思いながら辺りを見回していたが、特に興味を引くものがあるでもない。だから自然に、ふっ、と、視線が庭へ向いた。

一面の芝が美しく保たれた庭で、改めて感心するほどに雑草の一本もない。
その庭の、ちょうど玄関を出たあたりに──、


──こんもりと盛られた、土の山があった。


そこだけ芝が掘り返されて、黒々とした土が盛られている。玄関先だ。入ってくるときに気づかなかったはずがない……これ、来るときに聞いたやつじゃないのか。そう思った。
動揺する心を抑えながら、とりあえず二人に知らせなければならないと立ち上がる。
二階に上がる階段へと玄関の前を通り過ぎる。掘り返されたばかりの土の匂いが玄関周りのスペースに満ち満ちている。いやあ庭いじり大変だったよお、とばかりに誰かが入ってきてもおかしくないほどだ。
……怖い!
ちょっと庭が、とか、塚が、とか、そんな言葉が、二人を見つける前から口をついて出る。狼狽えながらも、でもどうやって伝えればいいんだ、庭に塚があるから帰ろうって何だ、などという考えが頭の中を渦巻いている。
二階への階段を登りきって、彼は奥へと呼びかけた。
「ねえちょっと変だって! 庭がおかしいんだって! 聞いてた話なんだけどさあ!」
……反応がない。二階は奇妙なほどにひっそりと静まり返っている。
自分の呼びかけが聞こえていないはずはない。その上、二人のカップルらしい会話も聞こえない。
「おい! あのさあ! ちょっと変なんだよ!」
奥へと進んでいくと、そこに扉の閉まった部屋があって、どうやら子ども部屋らしいプレートが掛かっている。ここか、とノックをした。が、やはり反応がない。だから扉に耳をあてて様子を伺ってみた。

うめき声。痛い、痛い……という小さな悲鳴。友人の声だ!

バン!とドアを開けて部屋へ踏み込む。
その先で友人が、頭の片側を庇うようにしてうずくまっていた。
「どうした!」
はっとして見ると、友人の彼女が片手に何かを持って立っている──その手が血に塗れていた。きらりと手の中で光る何か……友人が耳につけていたリング状のピアスを、彼女が力任せに耳たぶから引きちぎったのだ、と理解した。
痛い、いたい、なんで、どうして、と口走りながら友人が泣いている。あまりのことに怒ることもできないでいるらしい。
彼女はぼんやりと、血だらけのピアスを手にしたまま立ち尽くしてる。
「ちょっと何してんだよ!」
そう叫んだ。喧嘩でもして神経が昂るとこういう行動に出るような子だったのだろうか。いや、そんな雰囲気はない。机の上には持って帰る荷物がちゃんと整えられている。階下へ降りてさあ帰ろうか、という状況だったらしいことは見て取れた。
「ちょっと……ちょっと!」
いくら呼びかけても反応がない。だから、申し訳ないとは思いつつも、頬を一発平手打ちした。

「これさあ!」

途端、弾けるように彼女が叫んだ……正気に返ったのではない。まるでそのビンタがスイッチになったかのようだった、という。


「これ! これさあ! 牛でいうとさあ! 鼻ぐりみたいなもんだからさあ! これ埋めて手え合わせとけばいいんでしょ!?」


……何を言っているのか分からない。返す言葉もなく黙っていると、彼女は同じことを繰り返し続けた。

「これはさあ! 言ってみれば牛にとっての鼻ぐりみたいなもんなんだからさあ! これを埋めて手を合わせればいいんでしょ!?」

鼻ぐり──牛の鼻輪のことだ。
自分に言っているのではない。彼女と彼とはそこまで背の高さが変わらないのに、その視線は彼を通り越してその背後の上の方を向いていた。振り向いても誰もいない。何もない。けれど、彼女はそこにいる背の高い何かに向かって、直立不動で、血だらけのピアスを持ったまま呼びかけつづけている。

どうしようもない、と思った。


「……だから友人のほうをどうにかしよう、って思ったら痛い痛いってずっと言ってるし、ああもう!って感じで……」
そこでいったん話が終わった。焦りながらちょっと待ってください、それでどうなったんですか、と続きを促す。
「いやー、とにかく救急車呼ばなきゃいけないでしょ?」
と、いたって軽い調子で話が続いた。

友人は酷くショックを受けていた。
穏やかに楽しく会話をしていた彼女がいきなり黙ったので、何?と声を掛けた瞬間、手が伸びてきてピアスを引きちぎられたのだという。完全に足腰が立たなくなってしまっていた。
「で、俺が救急車呼んだんですよ。生まれてはじめて」
やってきた救急隊員も普通の状況ではないと判断したらしい。警察がやってきて薬物の使用を疑われたが、もちろんそんな事実はなかった。
友人の怪我は痕が残る程度で済み、彼女も正気に戻って自分のしたことに怯えていたという。

で、結局その家何なんですか、と聞いてみた。

「結局ね、家族の人たちで何なんだって話になったらしくて。おばあちゃんはそのまま老人ホーム行きってことになっちゃったし、家をどうにかしようって庭を掘り起こしたらしいんですよ。
……そしたら庭のあちこちから指輪やらイヤリングやら……まあ、基本的に装飾品ですね? 随分な年代物も出て来たらしくて」

どうなったんですか、と先を促す。

「今はもう更地です。一応駐車場ってことにはなってるんですけど、入れるところ全部壁とか紐とかで区切って入れないようになってて……駐車場名義だけど実質空き地っていう。変な話っすよね!」

と、その人は笑っていたが、こちらは笑えなかった。
友人カップルはしばらく付き合っていたが、そのうちどうでもいい理由で別れてしまったらしい。だから世に出してもいい話なのだ、ということだった。


結局その家が何だったのか、おばあちゃんはなにか知っていたのか、すべてがわからないままだという。
掘り返された庭から出て来た装飾品は、コンビニでもらえるビニール袋一袋分くらいはあったそうだ。



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出典

THE禍話 第3夜 23:42頃~
https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/560193442


※猟奇ユニットFEAR飯による著作権フリー&無料配信の怖い話ツイキャス「禍話」にて過去配信されたエピソードを、読み物として再構成させていただいたものです。

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