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禍話リライト「かわわら」(怪談手帳より)

形五六歳の小児のごとく、遍身に毛ありて猿に似て眼するどし。常に浜辺へ出て相撲を取也。人を恐るゝことなし。され共間ちかくよれば水中に飛入也。時としては人にとりつきて、水中へ引き入レて其人を殺すことあり。河太郎と相撲を取たる人は、たとへ勝ても正気を失ひ大病をうくると云。(略)河太郎、豊後国に多し。其外九州の中所々に有。関東に多し。関東にては河童(かはわらは)と云也。

『日本山海名物図絵 三』より「豊後河太郎」


小学生の頃の、とある夏休みの話だ。
おばけ好きのAくんは、その夏、「地元のおばけ」を自由研究のテーマに決めたのだという。
図書館で調べてみると、どうやら彼の住む町には河童伝説に類する昔話があるらしい。子どもを対象としたその本には「おじいちゃんやおばあちゃんにも話を聞いてみよう!」という一文があった。それに当てはまる一番身近な話し手は……地元に長く住む、母方のお祖父さんだ。Aくんは喜び勇んで話を聞きに行くことにした。

けれど、休みを利用して会いに行ったお祖父さんは、困ったような顔をしてこう言った。
「カッパの話なんぞ聞いたことがないし、ましてや見たことなんて一度もないよ」
Aくんは酷くがっかりした。
落胆した様子の孫をかわいそうに思ったらしい。お祖父さんはしばらく考えていたが、ぽつり、と零した。

「……かわわらの話なら、ある」

……〈かわわら〉?
何それ、と聞き返した。お祖父さんはやはり戸惑っているような、言いづらそうな、なんともいえない表情をしていたが、やがてぽつぽつと語り始めた。

──曰く。
〈かわわら〉は、家々からほど遠い川にいて、人間や動物に悪さをする。
犬や猫を川の中に引っ張り込んで溺れさせることもあれば、時には牛舎まで忍んできて牛に痣をつけたり、引きずり出したりすることもある。
川辺を歩く人に向かって両腕を広げ、そのまま抱きついてきたりもする。組み付いてそのまま転ばせようとするのである。転ばされた人は病気になる、と言われている。だいたい何匹もが連れ立っているから、一匹をかわせても次が、また次がぞろぞろと集まってきて埒が明かない。その上〈かわわら〉は酷く臭うのである。近づかれただけで吐き気を催すほどの臭さだった。
胡瓜や茄子といった生野菜を好む〈かわわら〉が、群れをなして畑まで出てくることもあった。一口でもかじられた野菜は「〈かわわら〉の手がついた」と言って、わざわざ川に出向いて捨てなければならなかった。
道を歩いていて、びしょ濡れの足跡だけが点々と残されているのに行き合うこともある。そうなると、しばらくはその場所を通るのも憚られた。
夜に川の側を通ると、岸に〈かわわら〉が何匹も背を並べて、低い声で何やら歌のようなものを歌っているのを見ることもあった──等々。

お祖父さんの話を遮ってAくんは言った。

「それ河童じゃん!」

人や動物を川に引き込み、相撲を取り、胡瓜を食べ……要するによく耳にする河童の話である。
なんだ、うちの地元の河童はこういう名前だよ、と教えてくれればよかったじゃないか。そう文句を言う彼に、お祖父さんはもう一度同じようなことを言った。

「いやカッパの話なんぞ知らん。カッパとは違う。かわわらは、かわわらだ」

からかわれているのだとAくんは思った。だから一層むきになった。どう考えても河童だよ、と言い募ると、お祖父さんはやはり困ったような顔でこう言った。

「かわわらは……全部同じ顔でな、」

え、と聞き返す。同じ顔、とはどういうことだろう。

「子どもがな……ずらあっと何人も川ん中に立っとるんじゃ。青い顔でな、それがみんな同じ顔なんだ」

……子ども?

「どこの誰かもわかっとった。○○ん家の××って言ってなあ。おれの親父やおふくろが生まれるよりずっと前に川で溺れ死んだんだと。写真見せられたら本当にその顔だった」

頭が追いつかないAくんを尻目にお祖父さんは淡々と語り続ける。

「姿かたちがそのまんまで何年も何十年もずっとなあ……そんなもんが何人も何十人も川ん中からぞろぞろ出て来よるんじゃ。本人じゃあない。本人は仏さまがきちんとしてくださった、だからあれは相手せんでいい、そう大人から言われとったがな。かわわらはそういうもんだと……」

一瞬、お祖父さんは黙った。そして押し出すように、ただなあ、と言った。

「ただなあ……口が。口が……まるで真っ黒い三日月みたいにな、揃いも揃ってきれいに裂けとってなあ……おれはかわわらの口がいちばん怖くてなあ……」

お祖父さんの声はしみじみとした色を帯びていた。が、Aくんは手にしていたメモ帳を投げ出してその語りを打ち切った。
そのまま、彼の自由研究はお流れになってしまった。


相撲を取ったり、野菜をかじったり、牛の尻を引っ張ったりしている愉快な河童たちの姿が、想像の中で、青白い顔を、まったく同じ顔をした子どもたちの群れに置き換わる。
その瞬間、見たこともないその子どもたちの顔が、いっせいにこちらを向いた。


「……そんな気がして、震えが止まらなくなったんですよ」

当時を思い出しながらそう語ってくれたAくんの身体が、小さく、ちいさく、震えていた。


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出典
シン・禍話 第一夜 35:15頃~ (採話:余寒さん)
https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/672088968

参考
平瀬徹斎著、長谷川光信画『日本山海名物図会』宝暦四年(1754)初版 国立国会図書館デジタルコレクションより https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2606906?tocOpened=1(寛政九年(1797)版)
 

※猟奇ユニットFEAR飯による著作権フリー&無料配信の怖い話ツイキャス「禍話」にて過去配信されたエピソードを、読み物として再構成させていただいたものです。

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