ねものがたり⑥「縁の下」

寛政七年(1795)、小倉藩主小笠原家の屋敷でのことである。

屋敷の奥向きに勤める女中に、とりわけ美しい女がいた。女中たちの中でも一、二を争うほどだったといわれているから、誰もが認める美貌の持ち主であっただろうと思われる。

この女が突如姿を消したのである。
駆け落ち──いわゆる男女のそれではなく──つまり出奔したものと見なされて、彼女の実家にまで捜索の手は及んだ。
しかし、一向に女の行方は知れなかった。
小笠原家は大名家である。もちろんその屋敷構えはありふれたものではなく、厳重な警備の元にある。大名家に仕えるからには分別ある奥女中がひとり、そんな場所から消失するとは想像しがたい。おそらくは様々な意味から想像したくないたちの物事でもあっただろう。
様々な手が尽くされたが、それでも彼女の行方は杳として知れなかった。

二十日ばかりが過ぎた。
ある女中が、縁側から手水鉢の水を使っていた時のことだった。彼女は行方知れずになった女と近しく寝起きしていた者だったという。


手水鉢の水は鉢を溢れ、その側面を伝って流れ落ちていく。

その流れへと、縁の下から白い手が伸びていた。
その手は貝殻をひとつ握っている。どうやらそれで水を汲んでいるらしかった。


女中は一声叫び声を上げると卒倒した。
彼女と同室の者はもちろん、騒ぎを聞きつけた者たちが駆けつけてみると、女らしい何者かが縁の下、その奥へと逃げ込もうとしている。
寄ってたかって取り押さえると、身なりは酷い有り様になっていたが行方知れずのあの女中に違いなかった。
湯やら水やらを与えて介抱しながら一体どうしていたのかと尋ねたが、首を振って答えない。それでもあれこれ諭し、なだめすかしするうちに、やっと口を開いた。

「わたくしは良縁に恵まれまして、すばらしいお家に嫁ぐことになり、今では夫を持ちましてございます」

そんなことを言うのである。
「どこの家なのか」と当然聞き返したが、言葉を濁すばかりで要領を得ない。それでも優しく丁寧に尋ね続けていると、とうとう、

「それではわたくしの住まいへとご案内申し上げましょう」

と言い出した……そしてそのまま、縁の下へと這い入っていく。
今のそれとは違い、当時の武家屋敷の縁はかなりの高さがある。とはいえ床下には違いない。二、三人が身を屈めながらその後を追った。
かなり床下の奥まで入ったところで彼女は足を止めた。

……そこにはむしろが引かれている。その上に古い碗、茶碗などが並べてあった。

「こちらが住まいでございます」

彼女は躊躇いもせずそう言った。
夫の名は何というのか、と尋ねてみたが、以前申し上げた通りの殿方にございます、の一点張りだ。

あきらかに狂人の振る舞いだった。


どうしようもないのでしかるべき筋へと届け出た上で解雇し、実家の者を呼んで引き取らせることになった。
そんな状態ではあっても、娘が手元に戻ってきたのは喜ばしいことだったのだろう。両親は医師や薬の力を借りてあれこれと療養させたらしい。

けれど無駄だった。治療の甲斐なく、程なくして女は死んだ、という。



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・「ねものがたり」は、古典文学・古記録などから気に入った話を現代語訳し、こわい話として再構成したシリーズです。
・話としてのおもしろさ・理解しやすさを優先しています。逐語訳ではありませんのでご注意ください。

出典
根岸鎮衛『耳袋』巻之四より「狐狸の為に狂死せし女の事」

底本
根岸鎮衛著、長谷川強校注『耳袋 中』1991年3月18日初版 岩波文庫